REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

夏みかんの帰郷

 延々と続く、針葉樹と枯れ木の連なり……重い曇天の下を走る高速バスのガラス窓に頭をもたれ、リュックサックを抱えた君は高速で流れるグレーの防音壁と晩冬ばんとうの山並みを気だるげに眺めて、帰郷する東北の町を思う。

 二年ぶり……憂鬱ゆううつなのは、実家で待っている君の両親のせいだ。浮気や株という名のギャンブルで家族を振り回した父、混沌とした現実の羅針盤らしんばんを得ようと占いにのめり込んだ母……そんな二人の間で屈折した君の時間……大学進学を機に上京、そして就職した君は、好んで実家に帰ることは無い。

 今回、君が急に帰郷を思い立ったのは夏みかんのせいだ。幼少の頃に母の知人がくれた、今はタイトルさえ思い出せない短編小説に出てくる、淡く光る夏みかん……それがあるとき、無感覚に消えていく日常の中でふと君の心を捉え、もう一度読み返したいと動かしたからだ。




 他人行儀な挨拶をして、君は敷居をまたぐ。今は空き家になっている生家から数百メートル離れたところに立つ、新しい家。しかし、それは開発で様変わりした町並み同様、君には馴染みの無い空間だ。

 老いが進んだ父は、いっそう遠慮がちに君へ声をかける。母は相変わらず、あなたはこんな人間でこの先の人生はこうだとまくし立てる。それは母なりの親心かもしれないが、勝手に決め付けられたくないと思っている君には煩わしいものでしかなく、不快げに聞き流しながら目当ての本がある生家の鍵を受け取って居心地の悪い新居を出る。



 門の塗装がところどころはげ落ち、外壁やトタン屋根はすっかり色あせ、庭が落ち葉と雑草で荒れた生家……わずかにめまいを覚えた君の目に、変わらず咲く梅――濃い桃色が焼き付く。

 がらんとしたほこり臭い家に入り、ギシギシときしむ階段で二階、かつての自室に上がって……くすんだダンボールをいくつかあさった君は、見覚えがある文庫本に目を止める。

 《月売りの話》……それが君の捜していた物語。

 読み返してみると、正確には夏みかんの話ではなかった。旅人が、ふと立ち寄った町で月売りの老人から月を買い、不思議な夢を見て故郷や親を思い出す話……引き込まれるように文字を追い、君はページをめくった……




 翌夕……君は黄昏たそがれを浴びる高速バスに揺られ、故郷を後にしている。次第に蒼くなる空とぼんやりとした照明が混じり合う車内……隣の座席に置かれたリュックサックには、あの文庫本が入っている。

 物語が引き出したかのようによみがえった遠い日々……夕暮れ、庭で父とキャッチボールをしたこと、母に手を引かれて買い物に出かけたこと、家族三人で車に乗り、動物園へ行ったこと……

 だからといって、父母との関係が目に見えて修復されてはいない。現実は物語とは違う。世界も人も、それほど器用に変わりはしない。とりわけ君のような人間は……それでも、別れ際の君の挨拶は、どこか柔らかさを帯びていた。

 ふと、窓辺から見上げた夜空に丸い月が浮かんでいる。君は半ば無意識に、それを受けるように手を伸ばした。ほのかに甘酸っぱい光がてのひらからあふれる。いつかこの光を持ち続けていけるだろうかと思い、君はそっと目を閉じる……

 

 

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