REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Epilogue 嵐の後

 ――番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。『666トリプルシックス』――昨年9月19日、一斉に行方不明になった若者たちがワールド・ジャパンエリアのあちこちに現れ、ワールド・ポリスに保護されているということです。繰り返します。――

 

 『HOTEL Brave New World』――銀の弓張り月と星々が彩る宵にきらめく文字……迎えられたユキトは、王宮のそれと見まごう優雅なエントランスを前に瞬きし、隣に立つジョンナに視線を転じた。

 

「……いいんだよな、ここで?」

「招待メールに記載されていたリンクを踏んで来たのよ。主催者にも確認したじゃないの」

「そうだけどさ、実際に目の前にすると圧倒されるな」

「ほら、いつまでも立っていないで行きましょう」

 

 促され、下ろし立ての革靴を進める。ユキトは黒のスーツにシルバーのネクタイをきっちり締め、ジョンナはミディアムの黒髪と調和したネイビーのワンピースにシフォンを合わせ、ベージュのエナメルパンプスでまとめている。左右に開いて迎え入れる自動ドアから大広間のようなエントランスホールに足を踏み入れた2人はカウンターに近付き、緊張した面持ちのユキトがフロントクラークに尋ねる。

 

「あの、OCC主催の出版記念パーティ会場は、このホテルで間違いないですよね?」

「はい」

 

 ぴっちりとしたスーツ姿の若い男性ALはにこやかに答え、ユキトたちの前に館内マップが映る3Dスクリーンを表示させ、ルートを示して丁寧に説明した。

 

「当ホテル3階のホール『ローズ』で19時より予定されております。マップデータをお送り致しますので直接ジャンプなさるか、あちらのエレベーターからお上がり下さい」

「ありがとう」

 

 礼を言ってカウンターから離れたユキトは時計アプリを起動させ、受け付け開始時刻にまだ少し早いのでトばずに行くことにし、人影まばらなフロアをジョンナと並んで歩いた。

 

「早めに来たけど、もう誰かいるかしら?」

「ジョアンはもういるだろ。主催者だし。主役のエリーも来てるんじゃないかな」

「服役中のメンバー以外全員に招待メールを送っているのよね? どれくらいの人が出席するでしょうね?」

「ジョアン情報だと、けっこういるらしい。リアルボディがダメになってリアル復活できなかったメンバーに配慮してワールドでの開催にしたんだから、その気があればトんで来れるはずさ」

「どうする? もし後藤アンジェラが来たら?」

「来ないよ。もし来ても、どうするつもりもない。あの人は、あの人なりにうれいて行動したんだ。独善的過ぎるけどね」

「冷静ね。私は手を出さずにいられるか分からないけど」

「やめときなよ。殺人未遂と教唆きょうさで起訴された自分を自分で弁護して執行猶予をもぎ取り、かつての部下の裁判にも出廷して検事をやり込めるようなやり手だよ? 復学した大学に通いながらメディア活動している相手にうかつなことはしない方がいい」

「何よ、ずいぶんおとなしいわね」

「無闇にけんかすべきじゃないってことだよ。その代わり、やらなきゃいけないときはとことんやるつもりさ」

「ふふ、あなたらしいわ。それにしても、強制転送されてから1年半……早いものね」

「うん。テンペスト2.0に閉じ込められていたときもそうだけど、こっちに戻ってからも嵐のような日々だったよな。警察の事情聴取、アストラルのダメージプラス1年くらい寝たきりだったリアルボディのリハビリ、裁判に証人としてたびたび呼ばれて……」

 

 帰還した『666』の口から語られた事実……それは事件の背後にあったワールド・ビジネス界と政財界の癒着を暴いて多数の逮捕者を出すセンセーショナルな大事件に発展し、同時に『666』の中からも暴行や殺人罪で起訴される者を多数出すことになった。ユキトたちはそれら一連の裁判――いわゆる『テンペスト裁判』に証人として何度も出廷していた。

 

「――ワールドで開廷されるから移動はWT‐Driveを装着してトぶだけだけど、裁判にはけっこう時間取られるよな。受験勉強とか〈ERISAエリサ〉の活動とかもあって、てんてこ舞いだよ」

「そうね。でも裁判はほとんど終わったし、ALを奴隷化し続けるために事件を無理矢理風化させようとしたワールド・ビジネス界、ロビー活動を受けて大手メディアに圧力をかけた政財界の方は特捜部が追い詰めているから、呼ばれることはそうないんじゃないかしら」

 

 話しながらエレベーターに乗り、3階に着いた2人は館内マップを頼りに歩き、『TEM†PEST出版記念プライベートパーティ会場』と表示された案内板に目をとめ、外側に開け放たれた扉脇の受付に座るスーツ姿の女性スタッフにテーブル越しに声をかけた。

 

「すみません、僕たち招待されているんですが」

「お待ちしておりました」

 

 落ち着きある微笑みをたたえた20代後半と見える受付の女性――ALは髪を後ろで上品にまとめた頭を下げ、来賓らいひんを澄んだ瞳に映した。

 

「では、本人確認の手続きを取らせていただきます。アストラルはノーマルでしょうか?」

「はい。僕らのアストラルはノーマル――デザってはいません」

「ありがとうございます。それでは認証を開始致します」

 

 ユキトとジョンナの体――アストラルがスキャンされて本人確認及び参加者リストへの照会が無事済むと、受付の女性ALの目が明るさを増し、飛び立つようにイスから立ち上がってかしこまった。

 

「やはりELISA代表の斯波ユキト様と副代表のトゥ・ジョンナ様ですね? お会いできて光栄です」

「そんなにかしこまらないで下さい。――ねぇ、ユキト?」

 

 ユキトは笑顔で首肯し、恐縮する女性スタッフを座らせた。2人が中心になって立ち上げたコミュニティ『ELISA』は実質的に奴隷扱いされてきたALの地位向上のために活動しており、少しずつ潮流を作り始めていた。

 

「本当に感激です。私でお役に立てることはありませんか?」

「ありがとうございます」ユキトは謙虚に頭を下げた。「ELISAは誰でも大歓迎です。いつでも遊びに来て下さい」

 

 ユキトとジョンナはそれぞれ女性スタッフと握手をし、開け放たれた扉からホール・ローズに入った。中は舞踏会場並みに広々としていて、純白のテーブルクロスがかけられた円卓が今にもロンドを踊り出しそうな雰囲気で並び、ホテルスタッフが数名壁際に控えていたが、招待客の姿はまだほとんど無かった。

 

「あ、ジョアンだ」

「葉さんもいるわね」

 

 ユキトたちが円卓の間を縫って近付くと、壇前にいたジョアンとエリーも気付いて体を向け、笑顔で迎えた。

 

「やあ。earlyだな、ERISA代表&副代表」

 

 ブラックスーツにストライプの赤ネクタイを締めたジョアンが小麦色の右手で2人と握手をし、褐色の肌を引き立てるライトベージュの大人びたパーティドレスを着たエリーがしとやかに挨拶をする。

 

「ご出席ありがとうございます。斯波さん、ジョンナさん」

「葉さんがみんなに取材して書いた本の出版記念パーティですもの。来ない訳にはいかないわ」

「そうだよ。収益は全額新田さんたちのために寄付するんだってね」

「はい。アストラルに深刻なダメージを受けて障害が残った人たちの治療やリハビリ、在宅ケアのために役立ててもらいます。テンペストでお身内を亡くされた遺族の方々のためにも」

「立派だね。――それにしても、ずいぶんすごいところ借りたよな」

 

 ユキトはライトアップされた宮殿大広間のようなホールを見回して感嘆し、ジョアンに目をやった。

 

「さすがはシャルマ社長。OCC――『OVERCOME・CORPORATION』の代表取締役だな」

「やめろよ~ ボクたちの間でそんな呼び方ticklesじゃんか~」

 

 照れ、くすぐったそうに身をくねらせるジョアン。

 

「だけど大したものよ。起業してまだ間も無いのにメディアから引っ張りだこなんて」

「テンペスト特需ってヤツだよ。ま、注目されているうちにmake the flowってみるさ」

 

 ジョアンは、胸の前に力強く固めた右こぶしを挙げた。彼は差別や貧富の格差などの問題について講演会を開いたりメディアにコメンテーターとして出演したりしており、エリーの本のプロデュースもしていた。

 

「頑張ってるよな、2人とも。ところで高峰さんは? 来てないのか?」

「ああ、ルルりん? 本当に申し訳ないけど、受験の追い込みで寸暇すんかを惜しんでるからね。みんなによろしくって言ってたよ」

「看護師を目指しているのよね?」

「そう、将来は白衣のツインテールangelさ。――あ、見ろ、王生君が来たぞ」

 

 ジョアンがホールに入って来たユンを見つけ、右手をぶんぶん振って呼び寄せる。

 

「――よう、王生代表! How’s it going?」

「代表はやめて下さいよ」

 

 スーツが似合うようになったばかりのユンがはにかみ、輪に加わる。

 

「――いつも通り王生かユンでいいですから。――皆さん、早いですね。――葉さん、おめでとうございます」

「ありがとうございます。王生さんも『우애ウエ』の活動、順調そうで何よりです」

「いえ、何しろぼくが未熟なので斯波さんたちに教わることが多くて、いつも迷惑かけてばかりですよ」

「そんなことないよ」

 

 ユキトは隣に立つ少年の肩に右手をかけた。

 

「――差別の無い社会を目指す頑張りは僕たちも見習っているんだ。ERISAと우애は協力関係、メンバーもほとんど重複しているんだから、これからもよろしく頼むよ」

「はい、ありがとうございます」

「おい、ユキト。OCCもdon’t forgetだぞ」

「忘れはしないわよ。OCCは大事なスポンサーだもの」

「はは……しっかりしてるな、ジョンナ」

 

 苦笑いするジョアンにつられ、笑いの花輪ができる。

 

「それにしても……」エリーがしみじみ言う。「テンペスト2.0から解き放たれて半年、状況は大きく変わりましたね。――王生さん、クォンさんはお元気ですか?」

「定期的に面会しているけど、葉さんが取材で会ったときと変わってないよ。ワールドに新設された少年刑務所で真面目に刑期を務めようとしている。そうでなければ、キムさんたちを殺害したって自首したりしないよね」

「あいつもreformった訳だ。そういや執行猶予になったシンは、こっそりERISAと우애に寄付してるんだって?」

「ああ、SRGで稼いだ仮想通貨を換金して寄付してくれてる。だけど、礼を言おうと連絡しても応答しないんだよな」

「はは、あいつらしいのかもな」

「だけど、リアル復活できなくてアストラルの余命もあとどれくらいか分からないのに……申し訳ないわね」

「……だから、前を向いて精一杯生きているんだと思います。それをジュリアちゃんも望んでいるって分かっているから……」

 

 瞳の潤みを瞬きで拭い、エリーはユキトに焦点を合わせて、幾分ためらいがちに問いかけた。

 

「……どうしているんでしょうね、篠沢さん……」

「……帰って来るよ、あいつは」

 

 彼方を想うように言い、ユキトはもう醜い腫瘍ではなくなった両手の平をじっと見つめた。

 

「……あのとき……テンペスト2.0が光に消えたとき、僕はあいつのぬくもりを感じた。あいつは生きている。だから、帰って来るって信じているんだ」

「きっと頭を冷やしているのよ」ジョンナが優しく触れるように言う。「そのときの熱情に流されるのではなく、冷静に考えて答えを出すには時間が必要だから」

「なるほど」腕組みする、訳知り顔のジョアン。「もう一度ユキトの前に現れるには、それなりの覚悟が必要か。ジョンナもいるし」

「それもあるでしょうね」

 

 さらっと返して微笑むジョンナ。それを見たユンはユキトに『何だか大変なことになりそうですね……』とでも言いたげなまなざしをそっと送った。

 

「はは……――あ、ミリーたちだ。みんな、どんどん来るぞ」

 

 定刻が近付くほどホールに続々入って来る友人知人と挨拶をし、握手をしたりハグしたりするユキトたち。それは同窓会さながらの様相を呈した。ホールに300人ほどが集まってざわめきが一段落ついた頃、目の前に表示されるデジタル時計をチェックしたジョアンはエリーに声をかけ、壇上を示した。

 

「そろそろ時間だ。スタンバろうか」

「は、はい」

 

 小さな目が緊張でぱっちり開かれ、結ばれる唇に合わせて顔が引き締まる。エリーは招待客たちの視線を集めながら壇上に上がり、マイクの前に立った。扉がスタッフの手で閉められ、ホール内が凪ぐ。銘々ドレスアップして凛々しく、華やかな立ち姿の若者たち……最前列中央の円卓を囲むユキトたちの注目を一身に浴びるエリーは背筋をしっかり伸ばし、落ち着いた声を響かせた。

 

『皆さん、こんばんは。本日はお忙しいところご出席いただき、ありがとうございます。皆さんのお元気な姿をこうして間近に見ることができて、とても嬉しく思います』

 

 言葉を区切ったエリーの胸の前に『TEM†PEST』と印刷されたハードカバー本がパッと出現し、褐色の両手にしっかとつかまれる。

 

『――今回上梓じょうししたのは、私たちの物語です。1年半前のあの日、私たちは突然見知らぬゲーム・ゾーンに強制転送され、流動する世界で様々な体験をしました。恐ろしいモンスターとの戦い、仲間との協力と分裂、そして友人の死……』

 

 エリーはTEM†PESTを両手で胸に抱き、かみ締めるように続けた。

 

『……振り返ってみると、つらいことの方が多かったように思います。でも、その大半は私たちの至らなさが招いたこと。そして、それらはこのリアルでも日々目にすることごとでもあります。――』

 

 そのとき、だった。後ろの扉が静かに開き、光る聖霊がホールの中へスウッと入って来た。驚き顔の若者たちの間を曙光しょこう色のパーティドレスの裾を揺らして歩いた少女は、ユンがスッと脇にどいて作ったスペース――自分を熱く見つめるユキトの右隣に収まった。

 

「……篠沢……!」

「……久しぶりだね、斯波」

 

 はにかんで言い、ユキトの左隣に立つジョンナと視線を交わし、微笑み合う紗季……思わぬ、そして待ち望んでいた仲間の帰還で静かに沸くホール。感極まって立ち尽くしていたエリーは紗季の光をはらんだブラウンの瞳に見つめられて我に返り、いっそう張りのある声で締めくくった。

 

『――私は自分が体験し、学んだことをたくさんの人に伝え、命が互いに尊重し合える世界に近付くためにこの物語を届けたいと思います。ご清聴ありがとうございました』――