REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.70 心

 かつて噴き出たマグマが破竹はちくの勢いで山腹を侵し、麓まで版図を広げようとして果たせず冷え固まった黒岩の層……それは今や暴れ馬のように跳ね、時化しけのごとくうねる流動に盲従し、ライトンの光を供に空間の嵐と苦闘するユキトの足をはじき、滑り落とそうと血眼ちまなこになっていた。

 

「――ぜぇ、はぁ、――ぐゥッッ!」

 

 暴風と流動にあおられる体、両腕から爆裂する激痛――倒れ込んだユキトは溶岩流に両手の爪を食い込ませ、押し流そうとする激流に逆らった。

 

「……冗談……じゃない……あ、あと一息、なんだ……!」

 

 高熱で半ば朦朧とした意識に、もがくような山鳴りが響く。崩れかけた目を眉根でぎりぎり締め付け、まつ毛から滴る脂汗をごつい手の甲で拭って立ち上がり、光を帯びた両足で急斜面を踏み締めながら遡上そじょう……

 

(……空間震が刻一刻とひどくなっている……HALYの力が漏れ出しているんだ……!)

 

 激震に揺さぶられ、うねりにゆがめられてきしみ、少しずつ崩壊していく世界……デモン・カーズに骨の髄まで蝕まれている自分とどちらが早いのか――そんな考えを奥歯ですり潰してにらんだ3Dマップでは、間欠泉のごとく空間を噴き出して麓へ侵攻させるぼやけたカルデラが揺らめいており、直径1000メートル前後ある窪みの中央でモンスターを意味する赤い光点――通常のものより二回りほど大きい――が明滅していた。

 

「……待ってろ、篠沢……!」

 

 一歩――また一歩――流れ落ちる急斜面をひたすらのぼっていくと、やがてライトンの光の先にあふれ出る空間のゆがみが現れる。はやる心に急かされて流動にぶつかり、突破し続けてついに縁に立ったユキトは髪を炎のごとく吹き乱されながら波立つ闇に沈むカルデラを俯瞰した。

 

「……篠沢……」

 

 イジゲンポケットから現れた信号拳銃が右手に握られ、照明弾がカルデラ上空に発射される。流動に翻弄されて軌道をぐねぐね曲げながら飛んだ照明弾はひらめいて光を降らし、町がいくつか収まる広さの窪地が激浪にゆがむさまを照らす。ライトンを消したユキトはのめって斜面を下り、溶岩流を踏んでゆがみの源流へ足を速めた。

 

「……あれは……!」

 

 窪みの中央に近付く双眸が、流動の嵐のただ中に浮かぶ巨大な楕円体をとらえる。縦およそ15メートル、横は10メートル弱あるゆがみの塊――底が目の高さのそれに歩を進めると、塊が不意に形を崩して黒い輝きがはじけ、受難の象徴がおごそかに形作られる。

 

「――黒い、十字架……!」

 

 空間震が強まり、ふらつくユキトの足元で溶岩流が光のちりに変わり始め、対象を荘厳に映えさせる。無骨な神聖さを表すゴシック調の、黒光るラテン十字……縦のアームはユキトの身長の6倍強、横のアームは両手を広げた長さの約5倍、太さは広げた両手の肘を少し曲げた程度……そこから鈍色にびいろの装甲に覆われた上半身が生え、広げた両腕の先で鉄杭が手の平に突き刺さってはりつけにしている。フルフェイスヘルメットを装着したような頭部はうなだれ、のっぺりした面を崩れていく地面へ伏せていた。

 

「……これがディテオ……篠沢なのか?……――ッ!」

 

 両手を穿った左右の鉄杭が発光し、その周囲に縁を重ねながら複数浮かび上がる径1メートルほどの結晶然とした文様――暗く光る魔方円から一斉にビームが放たれる。光の筋は横に跳んで転がるユキトを追ってギュンッッと曲がり、バリアをかすめて溶岩流を吹き飛ばし、黒い礫をばらばら降らせた。

 

「――篠沢なんだろ? 話があるん――」

 

 浮遊する十字架が呼びかけの方にクルッと向きを変え、上下左右にぎょろぎょろ動く魔方円が問答無用で狙い撃つ。

 

「――ぐうッッ!」

 

 バリアを強めて胸でクロスした腕にビームが集中、爆発し、流動にもまれながら吹っ飛んだユキトは粒子化する溶岩流のさざ波を削りながら転がった。そして、跳ね起きて上げた目に上空の十字が飛び込み、ビームの集中豪雨が爆炎の荒海に沈める。

 

「――モ、モンスター化して、心を、な、無くしたのか? それとも、HALYに、い、意識を、乗っ取られたッ?――」

 

 光を懸命に燃え上がらせ、じゅうたん爆撃さながらの攻撃に耐え――不意に生じた空隙に仰いだターゲットめがけて黒十字が急降下し、えぐれた溶岩流に突き立って激震を起こす。紙一重で飛びすさったユキトは反射的に右こぶしを引き絞り、躍動する地を蹴ろうとしてローファーをガッとめり込ませた。

 

「……そうか……」

 

 踏みとどまり、乱れ揺らめく空間を貫くまなざしが地上すれすれに浮かぶディテオをとらえる。光り燃える左右のこぶしを下げ、真っ直ぐ向き合った少年は、魔方円をいくつも重ね、無秩序に並べて構築される壁に確信を撃ち込んだ。

 

「……そうやって僕に討たせようとしているのか?……そうなんだろ、篠沢?」

 

 発光する魔方円から数十条のビームが襲いかかり、近付こうとする歩みを爆発の連続が拒む。

 

「――そ、そんなことをしたってェッ!」

 

 輝く両こぶしが燃え上がり、ブレイキング・バッシュの猛攻が横殴りの熱線雨に突貫する。爆発を突破し続けて間合いを詰めたユキトは上昇しようとするディテオに跳び、黒光る十字架の下部にしがみついた。

 

「――つかまえたぞッ!」

 

 振り落とそうと振り子のように揺れながら高度を上げる黒十字――だが、赤黒い爪を食い込ませ、靴底を引っかけてよじのぼるユキトは十字架から生える鈍色の装甲体に達し、肥大した腕を後ろに回して腹部に取りついた。

 

「そんな姿でだまそうったってダメだ! 見え見えなんだよッ!」

 

 空間が乱流する百数十メートル上空で燃え輝く命――その背後に回った魔方円のビームがワイシャツを焼き散らし、むき出しの黒い背中に爆発の華を咲かせる。

 

「……ぐ……お、追い詰めてるつもりかよ……!」

 

 執拗な攻撃にかすれ、飛び散りそうになる意識を必死に抑えて――内部からはデモン・カーズ、外からはビームを絶え間無く浴びて滅びていく恐怖に焼かれながらユキトはうなだれた凹凸のない顔を見上げ、コネクトを起動させると激動する空間の咆哮に叫びのカウンターを叩き込んだ。

 

「……僕だって死にたくなんかない! こんな苦しみから逃れたいと思うよ! みんなの中にも家族や友人のところに帰りたいとか、戻ってかなえたい夢があるって人がいるのは分かってる! だ、だけど――」

 

 硬い皮膚が焼け焦げ、ただれた背中が爆発のたびに血肉を飛び散らせる。窮地に追い込まれて途切れた声は、あえぎながら息を吸い込んだ胸から再び、狂おしい切望となって噴き出した。

 

「……だけど、僕にはできない! ALだろうと何だろうと、命は命じゃないか! それをいけにえにして得た救いなんて、呪われているとしか思えないッ! 自分が空っぽだなんて言うなよ! お前には僕たちと生きた月日があるじゃないか! 僕を何度も助けてくれた心があるじゃないかッ! だから、僕はお前を含めたみんなで生きていきたい! 残された時間を一緒に過ごしたいんだ! お前は大切な仲間だからッ!――そうだろ、みんなッッ!」

 

 嵐の空に、そしてコネクトを通じてとどろく魂の雷鳴――それはカルデラ上空の輝きを見上げるずたぼろの若者たちに、ルルフに寄り添うジョアン、深手を負った体を引きずって山を登るジョンナ、カルデラの縁に身を潜めて漁夫の利を狙っていた後藤に響き渡った。

 

『そうです、篠沢さんッ!』

 

 キャンプに残ったエリーが一番にレスポンスし、ユキトの意思でディテオ側を向いたウインドウから呼びかける。

 

『――新田さんも帰って来て欲しいって思っています! だから、お願いですッ!』

『サキッ!』

 

 ユキトの脇でウインドウがワイドになり、ジョアンが左右二分割画面でエリーと並ぶ。

 

『――come back! ボクたち、待っているんだぞ!』

『篠沢さん』

 

 左手で黒髪を押さえるジョンナが、さらにウインドウを広げる。

 

『――勝手に退場なんて許さないわよ。戻って私に今までのことをちゃんと謝らせて』

『皆さんの言う通りですッ!』

 

 ユンの声が激流のうなりを吹き飛ばす。ミリセントや阿須見たち、叫びに賛同する者たちを加えて拡大していくウインドウはユキトの輝きと光を一つにしてディテオを強く、強く照らした。

 

「お前にも聞こえているんだろ、HALYッ! 確かに僕たちはたくさん過ちを犯してしまった。だけど、希望はある……間違いを改めながら人はより良く変わっていけるんだ! それをもう少し信じてくれッ!」

 

 滅びていくユキトは這い上がってディテオの首に両手を回し、強く抱き締めて鈍色の装甲に思いを響かせた。

 

「生きよう、一緒に……!――」

 

 その刹那、磔者と黒い十字架がすさまじい光をほとばしらせ、星が爆発したかのような衝撃と輝きの怒涛がすべてを一瞬のうちに飲み込み、跡形も無く――