REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.69 彼岸から(1)

 魔物の胃壁然とした暗雲を、ただれ、いびつに膨れた感の溶岩流を半狂乱に波立たせ、世界をきしませる激震――苦悶に似た地鳴りに爆発のビートが連続し、空間のうねりでゆがみ、暴風に引き千切られる爆炎が闇から次々噴き出して急斜面を頂の方へと移動していく。

 

「――しッねェェッッ!――」

 

 傷だらけの赤仮面が絶叫し、連射されるグレネードが空間の激流を遡るユキトを斜め後ろからかすめ、バリアに炸裂する。

 

「――もうやめろッ! そんなことしてたら持たないぞッ!」

「るせェェェ――――ッッッ!」

 

 ガトリング・グレネードランチャーの右腕がビームキャノンに変わり、噴き出した赤い奔流がバリアを強めた左腕にぶつかって血しぶきのごとく飛び散る。

 

「――こっのォッ!」

 

 ビームの衝撃でよろけた体を瞬時に立て直し、光たぎる右こぶしをリロードして飛び出すと、グレネードの群れが凶暴に迎え撃つ。

 

 ――ブレイキングッ、バッシュッッ!――

 

 光燃えるこぶしの連打が生む、爆発の幕――突き抜けてユキトは間合いに飛び込み、燦然と輝くストレートを真正面からレッドデスマスクにぶちかました。

 

「――ぐがぅああァッッ!」

 

 砲撃を超える破壊力によろめき、足を窪みに取られて転がったシンは左手の赤黒い爪を岩肌に突き立てて滑落を止め、立ち上がると元に戻した右手で仮面をさすり、岩石をすり潰すような歯ぎしりを漏らした。

 

「……ブレイキング・ソウルを叩き込んだのに……」

 

 こぶしを作る右手の指がもぞと動き、硬く膨れた皮膚がこすれ合う。脂汗まみれの眉根のしわを深めたユキトは斜め下十数メートルにかすみがちな目を凝らし、鬼火を思わせる光を発していっそう濃くなる影と赤い呪いをはっきりとらえようとした。鼓動が爆ぜ続け、焼けるように熱い全身が絶え間ない疼痛とともに少しずつ滅びていく。

 

(……まだだ……! 篠沢のところに着くまではッ……!)

「――しッねェェッッ!」

 

 両腕を爆発的に膨張させ、シンがのめったとき――その右斜め後ろ、斜面下の闇をトルネード状のエネルギー波が突き破り、溶岩流を削りながら獲物に食らいついて五体をねじ切り、ばらばらにしようとする。20メートルほど離れたその源では、突き出されたドッペルアドラーがすさまじい渦に翻弄されまいとしながら震え、スペシャル・スキル〈メイルストロム〉に全力を注ぐぼろぼろの韓服姿があった。

 

「――こいつはミサイルの礼だ! 厄介な狂犬め! ここで始末してやるッ!」

「――うおォォォアアアアアアッッッッッッ――――――――――!」

 

 腫瘍体が燃え輝き、筋肉肥大した両腕がくねるトルネードを左右に引き裂く。飛び散るエネルギーが暴風を狂わせ、岩肌の激浪を砕き散らして空間をえぐる。

 

「――うッッ!」

 

 手綱を切られたようによろけるクォンにフルメタルジャケット弾が浴びせられ、ガトリングガンに変わった右腕が高速回転して薬莢を吐き続ける。止めようとするユキトを背中から発射したホーミング・ミサイルで吹き飛ばしたシンはクォンの懐に躍り込んで岩塊のような左こぶしで殴りつけ、揺らいだバリアにガトリングガンを突っ込んで高速回転させた。

 

「――ぐゴッ、ぅぶオオッッ!」

 

 腹部から火花と血しぶきを飛散させるクォン――その左腕が上がり、指先からミストが噴き出たが、レッドデスマスクに取り憑かれたシンには目くらましにしかならなかった。それでも回転速度が落ちた僅かな隙に斜面を転がって銃撃から逃れたクォンは、跳ね起きたところで暴風に吹き散らされるミストから現れたビームキャノンにロックオンされた。

 

「――ッ!」

「しッね――」

 

 言い切る前に炸裂したグレネードが砲身を横にぐらつかせ、それたビームが闇の濁流に吸い込まれた数瞬後に爆炎を噴く。僅かによろめいたシンは、斜面下からグレネードを連射して果敢に駆け上がって来るユン・ハジン――王生雅哉の勢いに押されて頂の方へ後退し、ミサイル攻撃から立ち直ったユキトを加えて二方向からけん制された。

 

「はぁ、はぁ……斯波さん、クォンさん……!」

「王生君!」

「……お前……!」

「下がって、クォンさん!」

 

 イジゲンポケットにしまったグレネードランチャーの代わりに両刃直剣――近肖古を握り、ユンはクォンの前に素早く移動した。ベストとパジチョゴリがずたぼろ、全身創傷だらけにもかかわらず自分を切り捨てた者の盾になる姿にクォンは動揺し、同時に辱められたように感じて激高した。

 

「――何のつもりだッ!」

 

 幾重にも切り裂かれた背中に怒声を叩きつけ、肩にぶつかって脇によろめかせたクォンがぐちゃぐちゃの腹から血をあふれさせながらシンに突撃、ドッペルアドラーの穂先からエネルギーを渦巻かせる。再び襲いかかるメイルストロム――だが、それは巨腕にあえなくぶち破られ、飛び出した影の膨れた右こぶしが空間の流れをゆがめながらクォンの顔面に激突、砕けた鼻から血を飛ばしてのけぞる前でレールガンに形を変える。

 

「――やめろォッ!」

 

 ユンがクォンの脇から突きかかり、刃がバリアにはじかれて横にそれる。しかし、その勢いのまま食らわせた体当たりが腫瘍の体をぐらつかせ、呪いの仮面から激情をほとばしらせる。

 

「――クッソがァァァァッッ!」

 

 カーゴパンツの裂け目から出た右膝がユンの腹部にめり込み、続いて電流走るレールガンから撃ち出された砲弾がみぞおちを直撃――吹っ飛んだユンは溶岩流に頭から突っ込んで斜面を斜めに削り、勢いが鈍ると流動に飲まれて転がり、闇へと滑落した。

 

「王生君ッ!――シンッッ!」

 

 流動を蹴散らして跳ぶユキトのブレイキング・ソウルが巨腕に戻った右腕にはじかれ、衝撃が空間を砕き散らす。猛る光を闇のうねりに躍らせ、ラッシュし合う二つの魂――その激闘から数十メートル下まで落ちていたクォンは頭を振ってめまいを払い、腹から血を滴らせつつ起き上がると、砕けた鼻から流れ出る血を左手の甲で拭った。そしてよろよろ立ち上がり、右手に握るドッペルアドラーをトレッキングポール代わりに突いて流動の急流を下り、起動させたライトンの光をあちこち動かした。

 

「……!」

 

 醜く波打つ溶岩流の窪みに引っかかった赤いぼろ雑巾――死にかけた昆虫の動きでうつ伏せから体を起こそうともがくそれを照らして一歩一歩下ったクォンは、重傷を負ったユンを忌々しげに見下ろした。

 

「……ふん、しぶといガキめ。こっちがもたついてる間にのぼってきやがって……!」

「……すみ……ま……せん……」

 

 どうにか起き上がったユンの上半身は、ベストとチョゴリがべろりとむけた皮膚のように垂れ下がり、みぞおちがえぐれ、血でひどく汚れた傷だらけの肌をあらわにしていた。そのままへたり込んだ少年を避けて空間が流れ、溶岩流が闇に飲まれていく。両名のはるか上方では、雷神同士が激闘を繰り広げているような閃光ととどろきの狂乱が一帯を震撼させていた。

 

「……ボクにあんなことされたくせに……どういうつもりだ?」

「……クォンさんの言う通りです……」

「あん?」

「ぼくらは仲間なんかじゃなかった……あなたがキムさんたちにひどい目に遭わされているのを傍観して、それをきちんと謝りもせずうやむやにしてきたぼくら……ぼくは……本当に、すみませんでした……」

 

 深々と垂れる頭にクォンはドッペルアドラーを握った右手を胸の前に動かし、左の口角を鈍くつり上げた。

 

「……北韓を憐れんでの償いか。ありがたいことだね。感激だ」

「……もうやめて下さい」顔を上げ、曇った瞳を真っ直ぐ見つめるユン。「こんなことしてたって救われませんよ……」

 

 眉間の溝が揺れ、みじめなまでのダメージをさらす紫の韓服姿が斜になる。つかの間黙り込んだクォンはドッペルアドラーを消した右手にメガポーションを出現させ、横目でユンを一瞥して膝元に放った。

 

「……恩を着せられたままってのは嫌いなんでね。あいにくギガは使い切ってしまったし 追加購入するだけの手持ちも無いんだ。それで勘弁しろ」

「何言ってるんですか! クォンさんだってひどいダメージを受けているじゃないですか。自分で使って下さいよ」

「ふん、この程度の傷、わざわざ治すまでもない。そのうち勝手に塞がるさ」

 

 鼻を鳴らしたクォンは腹を左手で隠して溶岩流を踏み、淡々と山を下り始めた。

 

「……どこへ行くんです?」

「残念だが、どうやらここから上はレベルが違うらしい。付け入る隙さえ無さそうだからな。つまり引き時ってことさ」

 

 クォンはライトンを消灯させ、震える闇のうねりに姿を消した。それを見送ったユンの膝元では、流動にたゆたう銀の瓶が静かにきらめいていた。