REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.68 夢の終わり(1)

 濁流のごとき黒岩の波を踏み、震動しながら押し流そうとする空間に全力でぶつかって――黒ずんだ肌から汗を噴き、ユキトは光をゆがめられながらライトンが照らす急勾配を一心不乱にのぼった。夜陰にそびえる独立峰は空間もろとも縦に横にぐらぐら震え、吹き下ろす暴風を含んだ流動が頂へ向かう者を拒み、溶岩流が足をさらって滑落させようとする。

 

「――はぁ、はぁ……」

 

 あえいで重いまぶたを強引に上げ、右斜め前の3Dマップにぼやけがちな目の焦点を合わせる。

 

「……4分の3くらいのぼったか……空間震がだんだんひどくなってくる……急がないと……!――ぅぐッ……!」

 

 肉が鉄に変わったようにヘビーな全身が激痛でひびを深め、食いしばった歯越しにうめきが漏れる。両こぶしを固めて押し殺したユキトは右手で額の汗を拭い、濡れた髪をかき上げて後ろに強く撫で付けた。そして両袖をまくったずたずたのワイシャツとスラックスが脂汗でべったり張りついた黒い体を前のめらせ、傷だらけのローファーを岩のひだに踏ん張らせて、半ば這うように登頂を目指した。足を滑らせたら麓まで転がり落ちかねないほど傾斜はきつくなっており、波打つ空間の激流と相まってATVでは横転事故を起こしかねない。

 

(……とにかく頂上に一番乗りして、篠沢とHALYを説得する……それから――)

 

 暴風の狂声を蹴散らして急接近する爆走音――左斜め後ろを振り返ったユキトは跳ねながら猛スピードで突っ込んで来るマシンのヘッドライトで一瞬目をくらまされた。

 

「――う、わッ?」

 

 不意打ちかと身構える前で急ハンドルが切られ、ブロンドの両翼をなびかせて脇を走り抜けたATVは溶岩流の波頭に右前輪をすくわれてドライバーを放り出し、横転すると斜面を転がり落ちて揺らめく闇に消えた。

 

「――高峰さん?」

 

 ライトンで照らしながら駆け寄ったユキトは、横たわって流動に洗われるツインテール少女を助け起こし、座らせた。腰を下ろした場所は存在の重みで押さえられ、彼女をよけて空間が流れていく。ブロンドは風と流動に荒らされ、頭を飾っていた銀のクラウンはどこかで落としたのか無くなっていた。

 

「……大丈夫? 高峰さん?」

「『大丈夫?』じゃないわよ……!」

 

 しゃがんで案じるユキトに渋面を見せ、ルルフはきらめきがくすみ、そこここが擦り切れたゴールドドレスの上から腕や膝をさすった。

 

「走ってく先にいないでよ、まったく……いたた……」

「ごめん……これを使ってよ」

 

 申し訳なさそうに差し出されるギガポーションをレーストリムグローブの手が引っつかみ、蓋をひねって開ける。無言で光の粒子を浴びて打撲を治し、痛んだドレスを元通りにしたルルフはひん曲がった唇を緩めて立ち上がり、白い両手で前髪、サイド、ヘアリングでまとめたツインテール、そして襟と袖口から広がる飾り羽をささっと整えると、斜面の上――少し見下ろす高さ――から微笑んだ。

 

「ありがとう、ユッキー。相変わらず優しいね」

「いや、僕も前にいて悪かったから……無事だったんだね。ハイパーゴッデス号がゴキブリモンスターの群れに襲われたから気になっていたんだけど……今、1人? キングダムのメンバーは?」

「知らない」

 

 微笑が翻って不機嫌になり、そっぽを向いたルルフはチョーカーの飾りを右手でいら立たしげにいじった。

 

「……モンスターにやられて散り散りばらばら、ルルをほったらかしてどっか行っちゃったよ。だから、StoreZで調達したATVを走らせてきたんだけどさ。流動のせいか誰もコネクトに応答しないし……」

「そうなんだ……ジョアンとは会わなかった? 助けに走っていったんだけど」

「さあ? こっちはモンスターの嵐を抜けるので精一杯だったから。彼のことはコネクト拒否したままだし。それよりも、さ――」

 

 裾を引きずって斜面を下り、食いつくように前かがみになったルルフの顔があごを引くユキトの眼前を塞ぐ。そしてワイシャツがべったり張りついた胸に白手袋越しの右手の平が触れ、開いた歯の間から濡れた舌がのぞいた。

 

「――ポイントちょうだい、ユッキー」

「……は? ポイントならメンバーからいっぱい吸い上げてるんじゃないの?」

「そんなこと言ったって、足りないんだからしょうがないじゃん」左頬が僅かに引きつる。「黒の十字架で本物の神になるのに必要なの。ユッキーはキングダムにまだ籍が残っているんだからね、ちゃんと協力しなさいよ」

 

 頬を膨らませたルルフは体を真っ直ぐに戻し、いくらか反り返らせ、腰に両手を当ててにらみつけた。先のブーム暴走でポイントをほとんど失った彼女はミラへのチャージが満足にできなかったためまたレベルダウンさせられており、心身の疲労もあってカリスマの輝きが著しく失われていた。それが頼みのルル・ガーディアンズ崩壊の決定打だった。

 

「……悪いけど、先を急ぐから――」

「待ちなさいよッ!」

 

 脇を抜けようとしたユキトの左腕が左右から白手袋にかみつかれ、肉を引き裂くような痺れに合わせてポイントが奪われていく。ポイント・ドレイン――高峰ルルフのスペシャル・スキル――

 

「……た、高峰さんっ!――」

「ポイントがいるって言ってるでしょッ! 行くんなら、持ってるポイントとアイテム全部置いて行きなさいよッ!」

「――やめろよッ!」

 

 腕を振り払うと、よろけたルルフは尻もちをつき、レーストリムグローブ越しに両手の爪を冷え固まったマグマに立てると、切なげに眉をひそめるユキトにうなった。

 

「……浅ましいよ、高峰さん……今の自分がどれだけひどいか、鏡をよく見たほうがいいよ。それじゃ――」

「――待てって言ってるでしょッッ!」

 

 のぼりかけた足を止め、振り返ったユキトは、イジゲンポケットから出した携帯兵器を右肩に担ぐ姿を見た。ツインテールを風と流動とでおどろおどろしく揺らして構えるのは、ロケット・ランチャー〈RPG‐7 Rvo〉。おぼつかない指はユキトが斜に見つめる前でハンマーをコックし、安全装置を解除して、トリガーを引けば弾頭が発射できる状態にした。

 

「……これはハイパーな破壊力だからね。至近距離から食らったら、あんただってただじゃ済まないはず……さあ、何もかも全部よこすのよッ!」

『――キャハハッ! ルルりん、めっちゃエクストリームッ! キャハハハッ!』

 

 姿を現したミラが、くるくる回転しながらツインテールの頭上を右に左に飛ぶ。

 

「……それが君に取り憑いているものか……?」

「関係ないでしょ! 撃たれたくなかったら早くしなさいよッ!」

「……無理だよ、高峰さん」

「はあっ?」

『はあ? はあ? はあ? キャハハハッ♪』

「君にはできないよ。そんなこと」

 

 ユキトは向き直り、はしゃぐミラを無視してライトンを下に傾け、ルルフを照らした。

 

「……ハイパーゴッデスキャノンで僕たちを殺せる機会が二度もあったのに、君はそうしなかった。ポイントがたくさん欲しいなら、アザース・キルしてボーナスをもらえばよかったのに……キングダムのメンバーがそういったことをしたって話も耳にしていない。それは高峰さんが許さなかったからだろ? 君にはできない。篠沢を殺すことも。そんなことができる人間じゃないって僕は思っている」

「なっ、なめないでよッ! あたしは……あたしは、やるときはハイパーにやるわよッ! やらなきゃ、あたしは――」

「――危ないッ!」

 

 叫んでルルフの右横に飛び込むユキト――数条の熱線が震え流れる漆黒を貫き、強めたバリアにぶつかって光を飛び散らせる。

 

『――キャハキャハッ♪ 刺激的ィ♪ キャハハハッ♪』

「――クォンかッ!」

 

 盾になったユキトめがけてクォンがドッペルアドラー片手に夜陰から飛び出し、暴風で髪を逆立てながら連続突きを繰り出して光る腫瘍のこぶしとはじき合う。

 

「――やめろ、クォンッ!」

「ふん、そんな悪女わるをかばうなんて、とんだお人好しだなッ!――」

 

 光の尾を引く右フックを飛びのいてかわしたクォンの左手が炎を発し、円環を描きながら火炎弾を連射する。ロケットランチャーを担いだままうろたえるルルフをかばい、両腕を胸の前でクロスさせるユキト――その隙にクォンは双頭鷲の槍を握った右手を額に当ててコンセントレイションを発動、高めたパワーを左手の中に生まれて伸びる光の槍〈グングニル〉に注ぎ込んだ。

 

「――まとめて吹き飛ばしてやるッ!――」

 

 投げつけようとするモーションが急に崩れ、一瞬遅れて四方から飛ぶ炎の塊が韓服姿の残像を焼く。黒岩の波上を跳びはねるクォンを追って宙を滑り、ファイヤー・ブリッドを放つ4体のスタイリッシュな『巻貝』――

 

「――あれは、ジョアンのフェアリー!」

 

 ユキトが視線を転じた先からヘッドライトのビームがクォンに走り、エンジンを勇ましく咆哮させるATVがいびつな斜面を跳ねながら颯爽と駆け上がって来る。

 

「――仲間にnastyなことは許さないぞ、クォン・ギュンジッ!」

 

 のめったジョアンがATVを操ってユキトたちの視界を大胆に横切り、複数のシールドで前後左右からの攻撃を防ぐクォンに突撃する。と、猛るノビータイヤがガム状物質に変わった岩肌にとらわれ、ATVから投げ出されて溶岩流に叩きつけられたジョアンは斜面を滑りながら体勢を立て直し、暗闇のうねりをズオオッッと貫きながら飛んで来た光の槍を横に転がってかわした。

 

「ジョアン!」

「――Don‘t worry……!」

 

 起き上がったジョアンはユキトたちに軽く手を上げ、クォンが発動させた補助魔法マット・グラウンドで四輪をがっちり固められたATVを一瞥し、苦い顔で嘆息した。

 

「ローンがa lot残ってるのに……――よくもやってくれたな」

 

 ジョアンは数十メートル上で薄笑いを浮かべるクォンを警戒しながら斜面を小走りに上がり、こぶしを構えるユキト、RPG‐7 Rvoを肩からずり落としたルルフに合流した。

 

「無事で何よりだ、ユキト。――ルルりんも。ハイパーゴッデス号があんなことになったからworriedでさ」

「ジョビー……」

『キャハッ♪ 憎いね、ルルりーん♪ キャハハッ♪』

「うわっ? 何だ、この空飛ぶmirrorは?」

「ジョアン」ユキトがクォンから目を離さずに言う。「まずはこっちが先だ」

「sorry、そうだったな」

 

 光たぎる構えを引き締め、そばに戻したフェアリーを左右でスタンバイさせる2人。彼等のライトンに二方向からライトアップされるクォンはドッペルアドラーを真ん中から分離させて一対のショートスピアにし、いかめしい鷲をかたどった柄を左右の手それぞれに握って穂先をぎらつかせた。

 

「ミストはどうした?」ジョアンが間合いをはかりながら探る。「下で派手にやってrun out? それともworn outでもう出せないか?」

「黙れ。ほざくんじゃない。こっちはディテオ討伐を控えているんだ。お前たちなんかこいつで十分なんだよ。――」

 

 左右の刃が宙をのたくり、黒カプシンが溶岩流の波の上をズウッと滑って間合いを詰める。

 

「――ボクは甘ちゃんじゃないからな。必要とあれば人殺しだってするぞ。容赦なく、ためらわずに。覚悟し――ッ!」

 

 前に出かけたカプシンがサッと引っ込められ、仰いだユキトが叫んでルルフをしゃがませ、フェアリーが瞬時に狙いを転じる。排気煙を、飛行音を無軌道に絡ませて横殴りに叩きつける小型ミサイル群――それらは輝く連打とフェアリーが放つ火炎弾の迎撃を数で圧倒して辺りを蹂躙し、爆発で空間を激しく波立たせた。そして噴き上がった炎は無数のクレーターで醜く変わった山肌の上で吹き流され、ゆがみ乱れる闇を荒ぶるままに焼いた。

 

「――っう……ジョアン、高峰さん!」

 

 耳鳴り響く頭を振り、落としていた腰を戻してガードを解いたユキトは、ともに盾になった相棒と保護対象の安否を確かめた。

 

「ボクは大したことない。――ルルりん、damageはないか?」

「え、ええ……」

『何ともないよっ、キャハハッ♪』

「クォンは?――ッッ!」

 

 右斜め下――南西の方角から二筋のビームが流動をぶち抜いて飛び、前に出て2人をかばうユキトのバリアに激突してバアッと拡散する。

 

「――シンッ……!」

 

 ユキトのライトンが光を走らせ、殺ばつとした光を帯びる影を浮かび上がらせる。ごうごうと流れ落ちる溶岩流を踏みつけ、おこりのように震える空間を割きながら斜めにのぼって来る狂気――首筋から胸、腹、背中、そして肩と上腕がぼこぼこ盛り上がった真っ黒な上半身、汚く変色したずたぼろのカーゴパンツ、蛮人のような乱れ髪がかかる傷だらけの赤いデスマスク――魔人シン・リュソンは下げた両前腕から先のビームキャノンを自分の身長以上の全長がある大型ガトリング・グレネードランチャーに変えた。

 

「……しね……どいつもこいつも……!」

 

 呪いが吐き捨てられ、左右の腕が上がって高速回転を始めると、バリアを強めたターゲットに連続炸裂するグレネードが闇を赤々と、まるで火炎地獄が噴き出したかのように焦がした――