REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.67 絶望と希望と

 

 ――それは、頂へと走る彗星――

 雪崩のような流動の闇にヘッドライトを輝かせて突貫し、荒ぶる暴風をはね飛ばす白いマシン――震える山腹を疾走するATVの上からひらめき、繰り出される刃とこぶしが群がるモンスターを光のちりに変え、きらめく尾を引いて溶岩流の瘢痕を照らす。

 

「――突破するわ! つかまってッ!」

 

 滝夜叉を消したジョンナが両手でハンドルをしっかと握り、ユキトが素早くセーラーブレザーの腹部に両腕を回すと、吠え猛ったATVは行く手を遮るドゥモ・スティデとカーヴ・オビオマたちに突っ込んではね飛ばし、群れを突き抜けて爆走した。

 

「……だんだん傾斜がきつくなってきたわね」

 

 悪路で跳ねるATVを操り、黒髪を躍らせるジョンナがちらっと振り返る。

 

「――今のうちに一息ついて。じきに歩いてのぼらなければなりそうだから。体、すごく熱いわよ」

「平気だよ、まだ」

「無理しないで。それじゃ、私だって休めないでしょ」

「分かったよ。じゃ、――」

 

 鼻と口を覆うガスマスクを消したユキトは熱い息を抑え気味に吐き、疼痛とうつうにさいなまれる右手をジョンナから離した。醜く膨れた指を動かすだけで響き、全身のひびを深める痛みを眉間に刻んだ闘志でねじ伏せ、出現させた水筒をつかみ、キャップを歯で外して吸い口をくわえると、スポーツドリンクが五臓六腑ごぞうろっぷに染み渡って脂汗にまみれた体をいくらか冷まし、生き急ぐような鼓動を少し落ち着かせた。

 

(……持てよ……篠沢のところまで……!)

 

 一旦離した吸い口にかみつき、ユキトは挑むように吸った。ルルフを捜しに走るジョアンと別れ、モンスターの大渦に飲まれた戦場からジョンナと抜け出し――ヘブンズ・アイズで確認すると、現在位置は中間地点を越えた辺りだった。

 

「ありがとう、もういいよ」

 

 水筒を消したユキトがシートに両手を置いて体を支えると、ジョンナはハンドルから離した右手に水筒を出し、ガスマスクを消して吸い口をくわえた。

 

「……気付いてる? 世界そのものが震え出しているって……」

「うん……この感じはあのとき――HALYがすべてを消滅させようとしたときと似ている……」

「私もそう感じるわ」ジョンナは水筒をしまい、ハンドルを握り締めた。「HALYを抑えられなくなっているのかもね……急ぎま――ッ!」

 

 ドドドドドーッッとグレネードの一群が闇の奔流を飛び出し、右斜め後ろを振り返った2人に突っ込む。噴き上がる爆炎が黒い石片をまき散らし、火だるまになったATVが流れに飲まれて斜面を転がり、跳ねて麓へ落ちていく。煙をたなびかせるクレーターそばにジョンナと着地したユキトは、両目を燃え上がらせて跳びかかって来る猛獣――否、ドライバー不在の赤いATVを目にしてとっさに斜面を蹴った。

 

「このマシンはッ!――」

 

 左右に跳ぶ2人の間をマシンが抜けるや天衝く光刃が闇を断ち切りながら振り下ろされ、クロスした腫瘍の両腕とぶつかって、踏ん張るユキトの足元にズガァッンッッと亀裂を走らせる。

 

「――抜け出して来たのか、あんたもッ!」

 

 両腕の輝きを強めて光刃をはねのけると、うねる闇で赤毛が躍り、ガスマスクの上でメガネのフレームを黒光らせる後藤アンジェラが飛び出す。そして、はじかれた光の刃を消すベヨネッタ――ワルキューレの柄から左手が離れ、しなやかに後ろへ一回転した右腕が2メートル超の大剣と合体したグレネード・マシンガンの銃口をユキトに向ける。

 それは巨大な光刃の斬撃――スペシャル・スキル〈バルムンク・ヘリグカィト〉からほんの数秒――

 ジョンナが助けに入る間も無く輝くグレネードの連射――スペシャル・スキル〈ヴァルハラ・ジーン〉を食らったユキトは吹き飛ばされて斜面に叩きつけられ、凶暴な流れに引きずられて滑落した。

 

「ユキトッ!――こッのォッッ!」

 

 緋修羅を繰り出し、斬撃の猛攻で後藤を足止めしたジョンナは斜面を滑り下り、溶岩流に赤黒い爪を食い込ませて流動に抗うユキトをライトンで照らすと、手早くギガ・ポーションを取り出した。光の粒子がほとんど燃えカスのワイシャツに、黒い皮膚が裂けて垂れ下がった上半身にかかって元通りにしていく。

 

「ユキトっ! しっかり!」

「……ごめん、ありがとう」

 

 完全回復したユキトはゆがみ流れる空間に立ち上がり、斜面の斜め上から貫く光をにらんだ。右の肩章の上に浮かぶライトンで照らし、冷徹に溶岩流を踏んで斜めに下りて来る白軍服の麗人……と、その視界に光を帯びた滝夜叉を握るジョンナの後ろ姿が割って入る。

 

「ジョンナ?」

「行って」振り返らず、ジョンナは急かした。「こんなところでもたついていられないでしょ」

「だけど――」

「いいから。篠沢さんとは決着をつけなきゃいけないことがあるの。だから任せたわよ」

「篠沢と?」

「いいから、早く」

「……分かった。先に行ってるからな」

「ええ、きっと追い付くわ。――ッ!」

 

 ワルキューレから連射されるグレネードを斬撃が迎え撃ち、前方に生じる爆発の壁がジョンナの黒髪を激しくなびかせる。その爆炎から躍り出た幅広の分厚い刃を一対の刀ではじき、斬り結んだジョンナは流れに逆らって斜面を駆けのぼるユキトを横目で一瞥し、気合を発して後藤を間合いの外に押し飛ばした。

 

「邪魔をするのはやめなさい」

 

 滝夜叉を中段十字に構えるジョンナをメガネレンズ越しにとらえ、後藤は鼻と口を隠していたガスマスクを消して錦の御旗を掲げた。

 

「――私は、佐伯軍将の遺志を継いでいるのよ」

「よくそんなたわごとが吐けるわね」

 

 顔を朱に染め、ジョンナはワルキューレを胸の前に突き出す後藤を☓の形に重ねた刃越しににらみつけた。

 

「――佐伯さんはヤマト主義を否定した。それを何度もコネクトで伝えたのに……!」

「あなたたちはそう吹聴しているわね。でも、それを証明するものは無い。ヤマトの団結を乱すための作り話に耳を貸す必要などないわ」

「そうやって人をたぶらかしてッ!――」

 

 激したジョンナが溶岩流を蹴るより早く後藤がクルッとターン、光噴き出す大剣から複数の霊体――鎧兜で身を固め、背中に生える白鳥の翼をはばたかせる女騎士たちが召喚され、ジョンナへ飛んで剣で斬りかかる。

 

「――ずあァッ!」

 

 二刀流で立ち向かい、セーラーブレザーを切り裂かれながら9体の半神を次々斬り捨てたジョンナは、空間をぶった切って振り下ろされるワルキューレを受け止めて刃音をとどろかせた。

 

「――〈ワルキューレ・アングリフ〉を打ち破るとは、大したものね」

「佐伯さんの名を利用して何をたくらんでいるのッ?」切れ長の目がメガネレンズを射抜く。「ヤマト再興なんか本当は考えていないんでしょッ!――」

 

 闇に火花を散らして影がはじき合い、崩れるように流れ落ちる空間に抗って立つ互いをカッとライトンで照らす。

 

「……ふふ……」

 

 前髪を流動で揺らす後藤が苦笑を漏らし、ワルキューレを自分の前で斜めに構える。

 

「……トゥ・ジョンナさん、あなた、自殺しようとしたHALYをどう思って?」

「は? いきなり何?」

「私は、HALYに共感できるわ」

 

 赤い唇が、冷たい蔑みで飾られる。

 

「――人間なんて愚かな生物を見続けていたら、絶望するのは当然。でも、私は自分もろとも世界を葬るなんてことはしない。その代わり、黒の十字架の力であなたたちを今よりましにしてあげる。真ヤマト軍は――」

 

 後藤は銃声がとめどなく響き、炎や爆発の光がゆがんでちらつく下を見ずに言った。

 

「――そのための駒に過ぎないわ」

「……前から好きになれなかったのよね」

「ん?」

「それよ。ときどきふっと見せる、すごい高みから眺めているような目付き」

「ふふ、つい出てしまうようね。実家がタワーマンションの最上階で、小さい頃から下界を眺めていたから、そういう癖が付いてしまったのだわ。――」

 

 後藤がやにわに踏み出し、間合いを詰める。

 

「――断っておくけど、私は地上に下りて人と交わったし、このゾーンでもとりあえずあなたたちに協力した。その上で見限ったのよッ!――」

 

 巨大な刃が荒れる風と空間の激流を斜めに断ち、ひらめく二筋の剣光と打ち合って鮮烈な火花を連続させる。

 

「――黒の十字架でみんなを――思い通りにしようなんてッッ!――」

「――私のロボットになった方がはるかに上等よッ!――再生同盟が無残なことになったのに、まだ悟れないのッ!――」

「――そんなことないッッ!」滝夜叉が全力でワルキューレをはじく。「確かにこんな現実は私たちの力不足に違いない。だけど、人間は変わることができる。この私が何よりの証拠よッ!――」

「そんなケースは一握りに過ぎない。その証左がリアルであり、このゾーン――夢は寝て見るのねッ!」

「――勝手な絶望を押し付けないでよッ!――」

「――見解の相違ね。もういいわ。――」

 

 後藤は冷ややかに飛びすさり、ワルキューレの刀身に闘気をみなぎらせて振りかざした。

 

「――私は人知れず研鑽を重ねてきた。あなたでは私を止められないわよ」

「どうかしらねッ!」

 

 十字に重なる一対の白刃が凄絶に輝き、そのまま大上段の構えへ移行する。

 

「――その台詞は、初披露するこの〈陰陽一刃おんみょういちじん〉を破ってから言うのね」

「それがあなたの切り札ね。いいでしょう、私のバルムンク・ヘリグカィトと勝負してみましょう……!」

 

 ワルキューレが――白い翼を生やす戦乙女が光を猛らせて赫耀かくやくたる巨刃を闇に噴き上げ、右手に握られた滝夜叉が燦然と、対になる左の刃が高貴な暗黒の輝きを放つ。二つの極から生じる激浪が暴風と空間の奔流をかき乱してぶつかり合い、周囲を激しく波立たせながら溶岩流にまみれた山を揺らす。渦巻くエネルギーはいよいよ激烈さを増し、そしてついに極点へ――

 

 ――はァァァあァッッッ!――

 

 壮烈な気合が双方からとどろき、高速で振り下ろされる光刃が激突した瞬間、すさまじい輝きが巨輪の華を咲かせ、闇を駆逐する花弁が山腹をえぐって両者を吹き飛ばす。そして狂乱が散り、滑落途中でごつごつした溶岩流に引っかかった二つの肉体が急流にさらされる川底の石のごとく流動にずるずる引きずられ……やがて、その片方が――

 

「……」

 

 ずたずたに裂けた軍服姿を起こし、ワルキューレ片手に立ち上がった後藤は存在の錨を世界に食い込ませ、ライトンの光を自分の斜め下、数十メートル隔ててうつ伏せに倒れるジョンナ――セーラーブレザーとミニスカート、タイツがずたぼろになった――に当て、四肢が動かないのを確かめた。その顔からはメガネが失われ、冷酷な神を思わせる美貌がむき出しになっていた。

 

「精神論で実力差をひっくり返すことはできないわよ」

 

 後藤は赤い前髪を左手でかき上げ、左肩の後ろに落ちたポニーテールを戻して胸に流すと、ふっと息を漏らした

 

「――とは言え、想定以上に消耗させられた……それは評価に値するわ」

 

 後藤はワルキューレを消して手にしたメガギガドリンクのキャップをひねってグイッと飲み干し、次いでギガ・ポーションを自身にかけた。肉体と軍服が元に戻って空き瓶が手の中から消滅すると、後藤はイジゲンポケットから出した予備のATVにサッとまたがり、浜辺から沖へだんだんと運ばれていくように滑落する姿を斜めに眺めた。

 

「黒の十字架を手に入れたら、もっと素直な良い子に変えてあげるわ。楽しみにしていなさい」

 

 イグニッション・スイッチがオンになってエンジンがうなり、ヘッドライトが強烈に輝いてライトンが消える。赤いマシンが頂へと走り出した後では、押し流されていくジョンナが闇に飲まれ、見えなくなった。