REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.64 劣化(2)

「――ああッ、もうッッ!」

 

 わしづかみにしたクッキーを投げ付け、ルルフは鎌田たちが閉めた扉をにらんで呼吸を荒らげた。

 

「……あいつら、口答えするなんて……!」

『キャハキャハッ♪』

 

 空中にロココ調デザインの楕円型ミラー――ミラが現れ、くるくる踊りながら黄色い声で笑う。

 

『――レベルが下がったからだよ♪ キープに必要なポイントをチャージできなかったからねっ♪ キャハキャハッ♪』

「うるさいッ!」

 

 ゴールドの袖を揺らして振られた右腕をくるっとかわし、ミラはいら立ちたぎるルルフを斜め上から映した。

 

『そんなにカリカリしないでよぉ。しょうがないじゃん。キャハキャハ♪』

「少しダウンしただけなのにどうしてよ? もっとレベルが低いときでも批判なんて口にしなかったわよっ!」

『そ・れ・はっ、ちょっぴり冷めたからだよっ! キャハッ♪』

「冷めた?」

『そ! ずっと右肩上がりだったのに陰りが見えたら何となくテンション下がるじゃん? それにさぁ~最近人使いチョー荒いしね~♪ キャハキャハ♪』

「どうすればいいのよ!」

『クッキー投げようとしちゃヤダよ、キャハキャハ♪』

 

 ミラは右に左にくるくるくるくる飛び回った。

 

『――レベルアップすればいいだけじゃん♪ そうしてまた盲従させればさ♪ キャハキャハ♪』

「簡単に言うけどね、ポイントが足りないのよ! ポイントが! シャイロック金融には返済しなきゃいけないし、あんたにチャージしなきゃいけないポイントはレベルが上がるほど増えていくし!」

『大変ならやめればぁ♪ 資産全部売り払って、つつましく生きながら地道に働いて返済すればいいよ。キャハキャハ♪』

「冗談じゃないわ!」ルルフはバケットを両腕で抱え、豊満な胸に押し付けた。「どれだけ苦労してここまでビッグになったと思ってるのよ! 何一つ手放したりするもんですかっ!」

『そっか、そっかあ♪ でも、このままだとジリ貧。カリスマレベルが下がれば求心力も低下してコミュニティの瓦解につながっちゃう♪ 黒の十字架で本物の神になるしか一発逆転は無いね♪ ディテオちゃんこと篠沢・エリサ・紗季ちゃんを殺してさっ♪』

「……しょせんALでしょ……」目が伏せられ、陰影の中で横にそらされる。「要するにアニメやコミックのキャラクターと同じ……実在してるんじゃないんだから……」

 

 色の悪い顔の前でシャイロック金融が起動、紙幣や硬貨、金のインゴットで縁取られたウインドウが開く。画面内では黒革の椅子にふんぞり返った三頭身の小太り中年男――グレースーツ姿のゴンザレス・ナニワが葉巻の煙をくゆらせ、机越しに顧客へ横柄な一瞥をくれると大儀たいぎそうに煙を吐いて背もたれに寄りかかった。

 

『まいどおおきに、高峰はん。今日はどういったご用件でっしゃろ?』

『返済の猶予ゆうよ? それとも追加融資? キャハキャハッ♪』

「あんたは黙ってなさいよ!――それでその……」

 

 ルルフはバケットを胸にしっかり抱え、結んだ唇の左端をぴくつかせてから挑むように言った。

 

「……ちょっと待ってもらえるかな? 返済。この戦争が終わるまででいいから」

『あきまへんな~』もわあっと、たらこ唇の間から煙が吐き出される。『契約通り、キチッキチッと支払うてもらいまっせ』

「あっそ! そんなこと言うのなら返済やめるわよ!」

『そんなら差し押さえまっせ。コミュニティの資産はもちろん、メンバーとあんさん個人のもや。そないなことになったら困るんと違いまっか?』

「く……! じゃ、じゃあ、もう少し融資してよ! 当面今のレベルを維持できる額でいいから!」

『正念場なのは分かりまっけど、返済をやめるなんて言い出すお人にこれ以上融通するのはどうかと……』

「ちゃんと返すわよ! それなら文句ないでしょ!」

『文句も何も、そんなの当たり前のことやがな……』

『キャハキャハ♪ 借りたら返すだね! キャハキャハ♪』

「うるさいわね!――とにかく貸して! 黒の十字架を手に入れたら何兆倍にもして返してやるから!」

『大きく出はりましたな~ ま、確かに黒の十字架があれば、ポイントを無限に生み出すことでも何でもできますさかいな』

 

 ゴンザレスは腕組みし、ルルフを斜にじろりと見据えた。

 

『……よろしゅうおます、融資させていただきまひょ。けど、ルルフキャッスルもハイパーゴッデス号も何もかも担保にしまっせ。もしも返済が見込めんようなったときは――』

「いいから、つべこべ言わずにさっさと振り込んでよ!」

『分かりましたがな。おー怖い』

 

 ゴンザレスがゲジゲジ眉を八の字にして手続きを踏むと、新たに開いたウインドウが振込み完了を知らせ、上気していたルルフの顔からいくらか赤味が引く。

 

「……これでどうにかなりそうね。取りあえず……」

 

 肩の力が抜けてソファにドサッと腰を下ろし、バケットを抱く腕を緩める。

 

『ほんなら、わてはこれで失礼させてもらいます。返済の方、くれぐれもよろしゅうたのんまっせ』

『よかったね、キャハキャハッ♪』

 

 シャイロック金融が閉じると、ミラがはしゃぐ。

 

『――だけどだけど~油断してちゃダメだよ。そのうちレベルキープとかに消えて無くなっていっちゃうからね♪ それと、ポイントを大量消費するブームの起こし過ぎには要注意~♪ キャハキャハッ♪』

「分かってるわよ……いつまでもにらみ合ってられないわ……!――」

 

 バケットを抱えたまま再び立ち上がり、クリスタルテーブルを避けてドレスの裾を引きずりながらルルフはベランダに続く両開きのガラス扉に近付き、レースカーテンを右手で左右に引っ張って扉を押し開けた。宵の闇に侵されたベランダにパンプスを踏み出して手すりに手をかけると、空間のさざ波がブロンドのツインテールとこわばって微熱をはらんだ頬をバリア越しに打つ。窮した双眸は、その波動の源――月と星々を飲み込んだ黒雲へとそびえる円錐形の山、窪んだ頂の揺らめきにすがった。

 

「……やるしかない……悪いけど……」

 

 退路を断つように歯をかみ締め、ルルフは先程追い出した鎌田たちを至急呼び戻すべくコネクトを起動させた。