REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.64 劣化(1)

「……今日もハイパーにノルマ未達だね」

 

 目の前に表示された総納付額から転じたとげとげしい目――クリスタルテーブルを飛び越え、ローズカラーの絨毯の外に縮こまって立つ鎌田と北倉に突き付けられる。シャンパンゴールドのソファに座して飾り羽が威嚇する肩を怒らせ、組んだ脚で黄金のサテンの峰と断崖を形作るゴッデス・ルルフは、雷雲で陰った美貌の眉間に稲妻を走らせた。

 

「――ねぇ、どうしてちゃんと収められないの?」

 

 舌の鞭がビシィッと鳴り、レーストリムグローブの右手が胸に抱えたバケットに突っ込んでクッキーをわしづかみにする。ゆがんだ唇の間から詰め込んだそれらをガリガリかみ砕いて飲み込むと、ルルフはここ数週間でシロップからハバネロソースに変質した辛辣な口調でうなだれた両幹部を追求した。

 

「どうしてって聞いてるんだけど? 答えてくれる?」

「は、はい……」

「もッ、申し訳ございませんッッ、ゴッデス・ルルフ様ッッッ!」

 

 北倉が頭から飛び込む勢いでレザーの膝を折って土下座する横――角ばった紫の帽子ごと頭を下げる鎌田は、雷鳴うならせるツインテールの女神を陰から恐る恐るうかがった。天井のライトがやや過剰にハイパー・ゴッデス号2階応接室を照らし、成金趣味という感が拭えない高級ブランド尽くしの調度品や宵の闇を隠すワインカラーのカーテンを、銀のクラウンを頂き、ゴールドのドレスをまとって袖口とレースの襟から飾り羽を広げるゴッデス・ルルフを燦然とデコレートしている。そのまばゆさにジト目を細めた鎌田は、何か幻惑されているような違和感を覚えて目元にしわを寄せた。

 

「――何よ、カマック、その目は? 言いたいことがあるんならはっきり言いなさいよ」

「えっ? いえ、その、そんな……何と言いますか……」

 

 うろたえた鎌田は両手の平を前に向け、金のひだ襟の中に首をすくめながらこれまでに何度も口にしている言い訳を繰り返した。崩壊したヤマトから一部が流入してメンバーは増えたものの、新規加入者の大半はベース・ギャランティ制度対象者かそれに近いレベルの者たち、あるいはSOMA中毒で使い物にならない連中だったため戦力強化にはほとんどつながっておらず、一方、黒の大流動でほぼ全壊したルルフ・キャッスル再建のためシャイロック金融から受けた膨大な額の融資と戦闘続きで膨れ上がる戦費が重い負債となって台所事情を苦しいものにしている、と。

 

「――メンバーから最低限の食料や弾薬等の購入に必要なポイント以外を徴収し、そこからシャイロック金融への返済分を引いた残りすべてを献上しているのですが……狩りでを稼ごうにもこの辺りはモンスターが少ないですし、ときには他の勢力と出くわして余計な損害を被る始末……そのような状況ですので、当然プリティ・ルルも赤字経営になっていて……」

「だから? それをどうにかするのがあなたたちの役目じゃないの?」

「おっしゃる通りですッッ!」額を床にゴリゴリこすりつける北倉。「弁解の余地はッッ! これっぽっちもありませんッッッ!」

「申し訳ありません……」

 

 赤ジャケットとドレスシャツの上から痛む胃の辺りをさすった鎌田は、ここのところずっと喉元までこみ上げていた疑念をつい吐き出した。

 

「……ゴッデス・ルルフ様、僕たちが収めている多額のポイントは、いったい何にお使いになっているのですか?」

「はあっ?」

「い、いえ、その、このハイパーゴッデス号はもとより、これらのインテリアやゴッデス・ルルフ様のドレス、アクセサリーといったものはすべて経費で落としているのに、その他にどういった使途があるのかと思いまして……もしよろしければ、右肩上がりに増えてきたその一部をメンバーの強化費としていただけませんか? 戦力強化できれば事態を好転させることも可能かと……――ね、ねえ、北倉さん?」

「お、おうっ……――い、いかがでしょうかッ、ゴッデス・ルルフ様ッ?」

「あのさあ!」

 

 表情を燃え上がらせたルルフは右手でつかんだクッキーをグシッと握り潰し、組んでいた脚を解いて身を乗り出すと震え上がったでこぼこコンビにズガガガガガァンッッと雷を落とした。

 

「――あんたたちの稼ぎが悪いせいでルルは満足できてないんだよ! ポイントが足りてないの! 相当借りてるせいでシャイロック金融からこれ以上融通すんのは難しいって知ってんでしょ? なのに、しっかり稼ごうとするどころかルルの懐に手を突っ込もうってどういうことッ?」 

「も、申し訳ありません! で、ですが――」

「ダメなのよォッ!」

 

 怒鳴ったルルフは火柱のごとくソファから立ち上がり、ブロンドの両翼を揺らしながら2人にクッキーを思いっきり投げ付けた。

 

「――ごちゃごちゃ言ってるヒマがあったら、みんなを連れてモンスター狩るなり他のコミュニティのメンバーを追いはぎするなりしてきなさいよッ! だけど、いつも言ってるようにアザース・キルするんじゃないわよ! 人殺しなんかしたら寝覚めが悪いんだからッ! 分かったわねッ! ほら、早くゥッ!」

「はっ、はい! ハイパーディバイン!」

「ハイパーディバインッッ、ゴッデス・ルルフ様ッッッ!」

 

 飛んで来るクッキーから逃げて両名は応接室を飛び出し、ヒステリーの天変地異を起こしたカリスマを扉の向こうに封じると、人気の無い通路に並ぶ尖頭アーチの窓を染める暗闇を見てため息を漏らした。

 

「……残業ですね、今夜も……」

「おう……」

 

 見合される、疲労が沈着した顔……重なるため息……

 

「……だから進言したんです。キャッスルの再建は黒の十字架を手にするまで待とうって……」

 

 鎌田は足元の薄い影を見ながらぼやいた。

 

「……なのに体面を気にして……そのせいで二重ローンになって負債がとんでもない額に……利息もバカにならない……」

「お、おいッ、鎌田ッッ! ゴッデス・ルルフ様を批判するなんて大罪だぞッッ!」

「ですけど……北倉さん、ちょっと……」

「ん、どうしたッ?」

 

 鎌田は扉から離れて窓際に寄り、そばに来た北倉にやましげな横顔をガラスに映しながらひそひそささやいた。

 

「……その、ゴッデス・ルルフ様なんですが……気のせいかもしれませんけど、前よりも輝きが無くなってませんか?……」

「おッ、お前ェッッ! な、な、な、何という冒涜をォッッ!」

「おっ、大きな声出さないで下さいよっ!」鎌田はおびえた目を扉に走らせ、身をすくめた。「そんな気がしたから、ちょっと聞いてみただけですよ……」

「バッ、バカなことを言うなッ! 行くぞッ! ハイパーディバインだッッ!」

 

 体をそらした北倉は振り切るように大股で歩き出し、コネクトでメンバーを呼び出しながら通路奥の下り階段へそそくさと向かった。そのジャケットからシューズまでレザー尽くしの後ろ姿を鎌田は陰ったジト目で追い、重いため息をつくと黒ブーツをそちらへずるずる動かした。