REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.63 決闘(1)

 

 蒼い黎明を席巻する黒雲……その僅かな雲間で輝く赤い星の下、頂が落ちくぼんだ標高約4000メートルの黒い円錐形の山が揺らめき、怒りのような、嘆きのような地鳴りを重く響かせる。その麓でユキトは混沌と流れるれきだらけの地面をスニーカーで踏み、ざらついた冷気に芯まで冷やされないように時折スウェットパーカーの上から二の腕をこすり、熱を込めた息を薄暗がりに吐きながら頂を仰いでいた。

 HALYをその身に封じた紗季が北に流れてから、6度目の夜明け――

 空間の流動と闇の残滓ざんしのせいで肉眼では見えないが、南麓に立つユキトの左斜め前――南西麓には神聖ルルりんキングダム、その反対側――南東麓には後藤アンジェラを頭にヤマト軍人が再結集した〈真ヤマト軍〉、東麓にはコリア・トンジョクが陣を張り、それらの間にユキトたちハーモニー再生同盟軍や新たに結成された少人数のコミュニティが入り込んで、それぞれ偵察を出して他勢力の動きを監視し合っている。山の北側が急峻だったので東から南、西のエリアに布陣することになったのだ。互いにけん制しながら先駆けの機会をうかがうこう着状態が崩れたとき、若者たちは我先にと争って紗季――ディテオがいる頂を目指すだろう。

 

(……リアル復活のため……覇権を握るため……)

 

 腕組みしたユキトは全身に力を込め、バリアにぶつかる流動、胸に当たる硬く肥大した右腕と左腕を感じながら黙考した。

 

(……僕だって死にたくない……だけど……それを分かってくれるのは、エリーたちだけ……他は説得しようにもコネクトを無視し、キャンプに近付こうとすると問答無用で攻撃してきて……――)

 

 鉄球をぶつけられたような頭痛に襲われ、うめいてしわでひび割れた顔を赤黒い爪が生える両手で覆い、うつむく……脱力した足が流動に引きずられ、よろけた体をしゃがませる。今や体は常時だるさにさいなまれ、頭痛やめまいといった症状が断続的に拷問を加えていた。

 

(……あと、どれくらい持つんだ?……)

 

 袖をまくり、上腕まで変わり果てた右腕に焦りと怒りのまなざしを注ぐと、血が凍り付くような寒気が体を駆け巡る。

 黒の十字架でリアル復活するか呪いを解くかしなければ、早晩自分は消滅して死ぬ。

 その事実と天秤にかけた上で決めたはずなのに、骨身にこたえる苦しみを味わうたびにぐらつく気持ちに腹立ち、ユキトは自分を叱りつけた。

 

(……みんなと決めただろ。篠沢を守って、HALYが自死を思いとどまるような世界を作るんだって……!)

 

 立ち上がって両手の平を胸の前で合わせ、太い指をがっちり組み合わせたユキトは、背後――プレハブハウスが20軒ほど集まったキャンプの方から近付いて来る足音に気付いて袖を戻し、振り返ってライトンの光を認めた。

 

「……エリー?」

「おはようございます、斯波さん」

 

 足元を照らしながら新田の手を引くエリーが浮かび上がり、頭を下げる。

 

「散歩か、エリー?」微笑の幕を下ろし、ユキトは向き直った。「今日はずいぶん早いんだな」

「はい」

 

 うつろな表情の新田を連れてユキトの前に立ったエリーはライトンを消し、純朴な目を和らげた。エリーはパーカーとスウェットパンツ、少女の左手とつながった新田は上下ジャージのラフな格好。新田の運動不足解消を目的とした日課の途中だった。

 

「――何となく目が覚めてしまって……それが新田さんにも伝わったみたいで……」

「一触即発だからな……」辺りに目をやるユキト。「今、ジョンナと坂本君が偵察に出ているけど、それは他の陣営も同じ……どこかが抜け駆けしようとすれば、たちまち大戦が勃発する……」

「……それで斯波さんもこんなところに?」

「まあね……落ち着かなくてさ」

「……斯波さん、今度はわたしも戦います」

「えっ?」

 

 緊張した面持ちで見上げ、エリーは胸に右こぶしを当てて繰り返した。

 

「ヤマト軍とのときは新田さんと後方にいましたけど、今度はわたしも一緒に戦わせて下さい。足手まといにならないようにしますから」

「エリー……」

 

 けなげな申し出にユキトはそっと左腕を伸ばし、エリーの肩に優しく手を置いた。

 

「……ありがとう。だけど、許可はできない。今度は死闘になる……各陣営ともここぞとばかりにポイントをつぎ込んで武装を強化し、オートマトンを大量投入してくるだろう。エリーのレベルじゃ危険が大き過ぎるよ」

「で、でも……」

「戦場で争うことがすべてじゃない。エリーには新田さんと僕たちの帰るところを守って欲しいんだ。それは僕らの支えになる大事な役目なんだよ」

「……はい、分かりました」

 

 素直にうなずいたエリーは、手が肩から離れるとユキトをじっと見上げた。

 

「……どうかした?」

「いえ、その……」新田を一瞥するエリー。「……最近の斯波さん、何となく新田さんと似ているって思って……」

「え? そんなことないよ」

 

 右手を振ってユキトは否定し、ぼんやり虚空を見る新田に目を向けた。

 

「……新田さんは大人だし、僕なんかよりずっとしっかりしていたさ」

「そんなことないですよ。確かに最初の頃は、その、人のこと言える立場じゃないですけど、斯波さんって頼りない人だなって思ったこともありますけど……」

「はは、そうだろうね……」

「でっ、でも、今は新田さんに負けていないと思います。本当です」

「そうかな……エリーもずいぶんたくましくなったよな」

「あ、ありがとうございます……あの、斯波さん……落ち着いたら時間もらえますか?」

「時間? いいけど、どうして?」

「わたし、少しずつみんなに話を聞いて書き留めているんです。ここでのこと、ちゃんとまとめておこうと思って……」

「……そっか……そうだよな……ここで何が起きたか、ちゃんと残しておかないとな……それ、でき上がったら見せてくれないか?」

「は、はい。書くの下手だから恥ずかしいですけど……」

「そんなことないよ。エリーが作成したテキストはいつもきれいにまとまっているじゃないか。みんなに見てもらおう。そして、これからに生かすんだ。どうしてこんなふうになってしまったのか、そして――」

 

 言葉を切ったユキトが視線を横に転じ、つられてそちらを見たエリーが小さな目を細める。朝日が雲越しにぼんやり映る東の地平に浮かび、揺らめきながら接近する人影……偵察に出ていた仲間が戻って来たのかと目を凝らしたユキトは、意外な人物の登場に驚いた。

 

「……ジョアン……!」

 

 黒ストライプのベストに白いドレスシャツ――左手をグレーのデニムジーンズのポケットに半分突っ込み、流れる礫を赤茶のレザーブーツで踏んで歩み寄ったジョアン・シャルマは、ばつの悪そうな褐色顔がはっきり見える位置で足を止め、下げていた右手を軽く挙げた。

 

「やあ、been a while」

「シャルマさん……」

「……お前、今までどうしてたんだ? コネクトには応答せず、メッセージにもリプライが無いから心配してたんだぞ」

「いや……」

 

 口ごもって濃い眉を下げ、ジョアンは短い黒髪を右手でいじった。

 

「……ずっと漂流していたんだ……同盟の誘いも無視して、本当にsorry……」

「いいんだよ。色々事情があるんだろうし」

「そんな大したものは無いよ。結局、ボクはつまらないことにいつまでもこだわるfoolだったんだ……」

「fool……おバカさん?」

 

 目をぱちくりさせるエリーにジョアンはうなずき、左手をポケットから抜くとユキトを正面からまじまじと見つめ、感慨深げに言った。

 

「……ユキトは、本当にサキLOVEなんだな……」

「はっ? い、いきなり何言ってんだよ?」

「え、違うんですか?」

「ちょっと、エリーまで……あのな、ぼ、僕は別にそんな……」

「隠さなくてもいいよ。heartは、ユキトがみんなに送ったメッセージからひしひし伝わってくる……サキを大切に思ってる、守りたいって気持ちが……それを見てたら、つくづく自分が情けなくなったよ……」

「……どういうことだよ?」

「うん……」

 

 ジョアンはかき上げた髪を撫で付け、目を落とした。

 

「……ボクは、ユキトほどpureじゃなかったんだ……」

「高峰さんとのことですか?」と、エリー。

「そう……ボクは彼女を改心させるためって言ってきたけど、それはどっちかっていうと立前でさ、本当は自分の思い通りにしたくて追いかけてたんだ……それってegoなんだよな……」

 

 うなだれて嘆息し、そして顔を上げたジョアンはユキトをビシッと指差した。

 

「……だから、ボクはそんな自分をchangeするためここに来た! まずはユキト、君にduelを申し込むっ!」

「えっ? 僕と決闘?」

「そうさ! ボクらの間のもやもやを払しょくするためにもなっ!」

「……分かったよ。――エリー、僕らは向こうでバトるから、誰か来たら説明を頼む」

「は、はい」

 

 戸惑うエリーと新田を残してユキトたちは北に移動し、仲間たちが休むキャンプから十分離れると、距離を取って対峙した。