REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.62 カタストロフィ(2)

 

「――そ、そんなッ!」

 

 ウインドウに叫んだユキトは半壊したフロアから離れ、がれきを踏みながら近くの扉に走って脱衣所、そして一面ゴールドのバスルームへ駆け込み、右こぶしで窓ガラスとシャッターをぶち破って大穴を開け、湿った風が暴徒のように吹き込む最上階から見下ろして絶句した。

 醜い混沌のるつぼ――血みどろの大渦が、地上に出現していた。

 ルル・ガーディアンズが、元ヤマト軍兵士が……肌の色や服装が多様な若者たちがやぐら門前で刃と銃撃の応酬を繰り広げ、オートマトンもそれぞれの所有者に従って破壊し合う――それは実に醜悪な闘争のフェスティバルだった。

 

「……ヤマトが倒れた途端、これなの……?」

 

 隣に立ったジョンナが黒髪を吹き乱されると、2人のコネクトで額から流血する阿須見ノエルが叫ぶ。

 

『オレらもびっくりしてんだよ! いきなりこんなことになってさ!』

『キングダムがきっかけでござる!』コネクト中のミリセントが説明する。『ローラースケートの一団が元ヤマト軍部隊に奇襲をかけたでござる!』

「ルル・ガーディアンズが、後藤さんたちの部隊を?」と、ユキトが瞬き。

『ああ、それでヤマトの連中も反撃したんだけど、その一部がオレたちまで攻撃して……オレらの中からも坂本みたいにわめきながら無差別攻撃するのが出て来るし、もう何が何だか――おわっ! このヤロォッ!』

 

 画面が阿須見の正面から脇に回り、銃声と怒号、風のうなりに操る十文字槍の刃音を激しく加える姿を映す。ミリセントもバリアとプレートアーマーで弾丸をはじきながら大剣を振るって息を弾ませ、面頬の隙間から灰色の瞳をユキトとジョンナに合わせた。

 

『この戦場には狂気が渦巻いており申す……飲み込まれたらお陀仏でござるッ!』

『オレたちは坂本たちを取り押さえて一足先に離脱する! 斯波君たちも逃げろッ!』

「ミリー! 阿須見さんっ!」

 

 両名とのイメージ・コネクトが切れるとユキトは踵を返し、バスルームと脱衣所を走り出て階段に飛び込みながら相争う同盟軍のメンバーにコネクトを試みたが、倒れた入谷たちの脇を駆け下りて5階踊り場を過ぎても応答する者はいなかった。

 

「ユキト、どうするの?」後を追って来たジョンナが問う。

「やめさせるんだっ!」振り返らず返すユキト。「手を組めば、少しは溝が埋まるかと思ったけど……! くそっ!」

「ちょっと待って!」

 

 ユキトの左腕がつかまれ、急ぐ足を階段の途中で止めさせる。

 

「どうしたんだよ? 早くやめさせないと!」

「この状況……霧の魔人が遺跡を襲ったときと似てない?」

「まさか――だけど、上から見たとき霧は見えなかった……そういえば、コリア・トンジョクは?」

「ヘブンズ・アイズで見ると、争いの外にいるわ」

 

 ユキトがコリア・トンジョクメンバーに呼び出しをかけると、ユン・ハジンこと王生雅哉がうろたえた顔で応答した。赤ベストの肩越しにファンやホンたちの当惑顔も見える。

 

「王生君、君らは巻き込まれていないのか?」

『は、はい、幸いぼくらは外れにいたので……』

「そこにメンバー全員いるのよね?」ジョンナが脇からウインドウをのぞく。「クォンさんもいるの?」

『もちろんです。族長も近くにいますよ』

「じゃあ、ちょっとコネクトしてもらってくれないか?」

『分かりました。――族長、クォン族長、斯波さんが――』

 

 ユンが呼ぶと、間も無くウインドウが少し大きくなって画面が左右二分割され、クォンのいやにクールなキツネ顔が並んで表示される。

 

「クォンさん、仲間割れを止めるのに協力して下さい。僕たちもすぐ合流しますから」

『断るよ』

 

 突き離す即答にユキトは鼻を突かれたような顔になり、隣の画面でユンが目をぱちぱちさせる。

 

『ど、どうしてですか、族長?』

『ちっ、横からうるさいヤツだ。それはな、ボクの仕業だからだよ。ボクがこうなるように仕向けたんだ』

『ええっ?』

 

 ユンが驚きを破裂させ、コリア・トンジョクメンバーのざわめきがウインドウ越しに聞こえる。

 

「ミストを使ったのね」

『ふふふ……』

 

 クォンは薄笑いを浮かべ、両手の人差し指でジョンナを指差した。

 

『――その通りだよ、トゥ・ジョンナ。ビンゴ~』 

「あんた……!」ユキトの眉間に亀裂が走る。「だけど、いつの間に……? さっき上から見たときも……」

『見えないくらい薄めて噴霧したんだ。惑乱効果は弱いが、風に乗せてボクら以外の連中にうまいこと吸わせてやったよ。勝利に浮かれてバリアを緩めた隙にバッチリと。どういうつもりかって? ふふん、断っておくが、これは同胞のためにやったことなんだ。やむにやまれず、仕方なく、ね』

「どういうことだよ?」

『共通の敵が倒れれば、矛先が転じられるのは分かり切っていた。案の定、ツインテールどもはさっそくボクらに奇襲をかけようとしたよ。ガスマスクをつけてミスト対策したのが何よりの証拠さ。もっとも、残念ながらすでに惑わされていたせいで別のところに突っ込んじゃったがね! はははっ!』

「クォン!」

『おおっと、落ち着けよ』

 

 にやにや笑うクォンは抑えろとジェスチャーし、再び階段を駆け下りるペアに続けた。

 

『――今言ったようにミストの効果は弱いんだ。心の隙に付け入ってアジテートするくらい。つまり、ボクは共通の敵がいなくなったヤツらの本心をむき出しにさせただけ。賢いキミなら分かるだろう、斯波ユキト?』

「黙れッ!」

『ぞ、族長、こんなことやめて下さい!』

『中坊が生意気な口を利くな』

 

 映像の中でクォンは腕組みをしてユンを、それから他のメンバーをじろっとにらんだ。

 

『――ふん、噴霧はとっくのとうにやめているよ。言っておくが、ボクは族長としてお前らを守ってやったんだぞ。感謝してもらいたいもんだな!――おっ、どうやらこっちまで火の粉が飛んで来るらしい。ま、それも想定していたことだが。――おしゃべりはここまでだ、斯波、イ・ジョンナ。ボクらはおさらばするんでね。下りて来るのなら巻き込まれないようにした方がいいぞ』

「待て、クォンッ!」

 

 クォンが消えるとほぼ同時にコネクトからときの声と銃声が津波のように押し寄せ、浮足立ったユンたちの顔が消える。2階踊り場を回りながらヘブンズ・アイズを横目でチェックすると、戦線離脱しようとするコリア・トンジョクに元ヤマト軍メンバーの一部が襲いかかっていた。

 

「……コネクトも通じないし、力尽くでやめさせるしかないのか……!」

「だけど、あなたはもうかなりバーストした……立っているのもつらんじゃないの?」

「だからって寝込める状況じゃない……やるしかないんだ……!」

 

 1階についたユキトたちが黒光る床を蹴ってエレベーター前に回り、横たわってうめく親衛隊員の間を走って扉が破壊されたエントランスから飛び出すと、ごうごうと荒れる風が2人を飲み込みにかかり、空をどす黒く覆い尽くした暗雲から斜めにぱらつく小雨がバリアにぶつかる。そのときには、門扉がぶち破られたやぐら門から狂人たちのぶつかり合いが垣間見えていた。

 

「――やめろぉッ!」

 

 叫びながら倒れた門扉を踏んでやぐら門をくぐったユキトは、眼前で繰り広げられる悪夢にひどいめまいを覚えてふらついた。少し前まで一緒に戦っていた仲間同士が――ミストで狂わされているとはいえ――血走った目で銃器を撃ち合い、刃を振り回して血しぶきを飛ばし合う光景は雷鳴とともに波頭砕ける嵐の海原に似て、ジョンナと立ち尽くすユキトの視界をそのうねりで無残に断絶していた。

 

「……やめろって言ってるだろォッッ!」

「ユキト!」

 

 たまりかねて飛び込むやオートマトンの背中を膨れた右こぶしで粉砕――ショットガンを抱えて倒れたガーディアンの少年に振り下ろされる日本刀を右腕でガッと受け止め、白軍服少女の憑かれた眼光とせめぎ合う――

 

「聞こえないのかよッ!」

「邪魔をするなッ!」

 

 青筋立てて怒鳴った杉原みずきという名の黒髪ベリーショートヘア少女は、ヘルメットの左のツインテールが折れた少年をかばうユキトに歯をむき、日本刀に体重をかけた。

 

「――こんなツインテールどもに黒の十字架を渡してたまるか! あたしたちがヤマトを再興するために使うんだからなッ!」

「勝手なことばかり、言ってェッ!」

「危ない、ユキトッ!」

 

 滝夜叉から複数の氷柱が飛び、ワイシャツの背中に銃口を向けるガーディアン少年を直撃して気絶させる。助けられたユキトは力任せに杉原みずきを押し返し、よろけた相手のみぞおちにこぶしをドッとめり込ませ、左あごにガッとフックを食らわせてノックダウンさせた。

 

「すまない、ジョンナ」

「いいのよ。それよりまた敵が――」

「――おッ前ェらああァッッッ!」

 

 ガスマスク越しの叫びがとどろき、レザーファッションの巨体がオートマトンや白軍服をはね飛ばしながらジョンナへ滑って巨大鉄球と見まごう鋼のこぶしをゴオォッと繰り出す。横から割り込んだユキトは光の尾を引く右ストレートでメガ・ナックル・ガントレットをはじき、間髪入れず左こぶしを右脇腹にドンッと打ち込んでインラインスケートを履いた北倉を後退させた。

 

「……むむうッ、斯波ァッッッ!」

「北倉さん! キングダムのみんなにやめるよう言って下さいッ!」

「うるさいッッッ!」

 

 殺気をたぎらせた北倉は鋼の両こぶしを振り上げ、鼻息荒く恫喝した。

 

「――ゴッデス・ルルフ様に従わない者は、すべて敵だッッッ! お前らも叩き潰してやるゥッッッ!」

「無駄よ、ユキト! こいつ、狂っているわ!」

「ほざくなァァッッッ! 食らえェェッッッ、必殺のォォォ――」

 

 スペシャル・スキルのモーションに入ったところで金レザーの背中にグレネードが連続炸裂――驚愕の叫びを吐いた北倉をうつ伏せにドドォォンと倒す。ジョンナと飛びのいて下敷きを免れたユキトは、濡れた舗装の上でうめいて手足をもぞもぞ動かす巨体の向こうにガスマスク装備の後藤アンジェラ――そして両手で柄を握られた、切っ先から柄頭の長さが彼女のすらりとした長身と同じくらいの大剣にグレネード・マシンガンが合体した、白い翼の女神がモチーフの麗しいベヨネッタ〈ワルキューレ〉を認めた。

 

「後藤さん……」

「もう同盟は終わりよ、斯波君」

 

 風雨をバリアではじく後藤はワルキューレを脇に引いて冷たく言い、ブラックメタルフレームのメガネ越しに争いを見回した。

 

「――この様子からすると、どうやらクォン・ギュンジの仕業のようね。私は抜けるわ。あなたたちもさっさと見切りを付けなさい」

「このまま捨てておけって言うの?」

 

 かみつくジョンナに後藤は目を僅かに細め、憐れむような、蔑むような色を瞳に現した。

 

「遅かれ早かれこうなっていたのよ。そんな輩に価値など無いわ」

「そんな――ッッ?」

 

 ユキトが声を上げ、後藤が赤毛を躍らせて身を翻したとき、乱戦を繰り広げる者たちの頭上から不意に小型ミサイル群が降り注ぎ、着弾して一帯を爆発で覆い尽くす。ドドドドドドォォッッーっと連続する轟音、爆炎――コンクリート片とともに皆吹き飛び、破壊のスコールが過ぎ去った後現れた大小無数のクレーターの上にずたぼろの姿を横たえ、うめき声を重ねる。

 

「……無事か、ジョンナ……?」

 

 バリアを強めて耐えたユキトはワイシャツとスラックスが多少焼け、破れた姿をでこぼこの地面から起こし、近くに倒れているジョンナを案じて近寄った。後藤は難を逃れたのか見当たらず、追い打ちを食らった北倉は白目をむいて意識を失っていた。

 

「どうにかね……」

 

 起きたジョンナはダメージを負った体を手際良くポーションで治癒させ、両手に滝夜叉を握ってサッと立ち上がると、周囲のあばたから昇って風に吹き散らされる煙の向こうへ目を走らせた。

 

「――ユキトッ!」

「!――」

 

 ジョンナが構えて警告したとき、すでにユキトは全身を貫くしびれと寒気でその存在を感じ取っていた。

 粗暴な風と横殴りに変わった雨中に浮かぶ、ぞっとするような赤い点――

 北西に小さく見えたそれは亡霊のような動きで少しずつ大きくなり、傷だらけの赤い仮面を、ぼさぼさの汚い金髪といぼいぼに膨れた黒い上半身、ぼろぼろのカーゴパンツを見せつけた。そして全身が暗い光を帯びるや右腕がビームキャノンに変わってズウッと上がり、よろよろ起き上がって左右に逃げ散る手負いの間からユキトたちに砲口を向けて地面を踏みつけ、腰を落とした。

 

「――ジョンナ、僕の後ろにッ!」

 

 全身の光を強めて前に出たユキトが両腕を胸の前でクロスさせた直後、凶猛な赤いビームがバリアに激突――幾筋にも拡散して後方に飛ぶ。再び黒い素足を前に出すシンはビームキャノンを手に戻して上半身からたくさんのトゲ――小型ミサイルを生やし、ドオッと発射した。

 

「――くッッ!」

 

 ガードするユキトとジョンナめがけて上と左右から数多の小型ミサイルが排気煙を絡み合わせて飛来、次々と炸裂する。猛り狂う爆炎は巻き添えを避ける者たちをやぐら門前から追い払い、倒れている者たちと抵抗するがゆえに標的にされる2人だけを残した。

 

「――いい加減にしなさいよッ!」

 

 爆発に耐え、横たわる北倉を飛び越えて炎を突き抜けたジョンナの滝夜叉が二回り肥大化した筋肉質の両腕にはじかれる。オーガ・フィストを発動させたシン相手に奮戦するジョンナは、黒い腕や肩を斬りつける二刀流が強力なバリアに阻まれているのを見て取ると、鋭く後ろに跳んで間合いを取り、滝夜叉を力強く舞わせて刀身に光をみなぎらせた。

 

「――はあッッ!」

 

 気合をとどろかせ、繰り出される緋修羅――光の斬撃が滅多斬りにし、切り裂かれた腫瘍から血を飛ばして仮面越しに苦悶の歯ぎしりを漏れさせる。

 

「――こォのババアァッ!」

「あぐッ!――」

 

 黒い影が地を蹴り、左脇腹にめり込んだキックがジョンナを横に飛ばして片膝を突かせる。そこへ岩塊のようなこぶしを叩き込もうとしたシンは、「やめろォッ!」と制止するユキトに脇からエネルギーを凝縮させた右こぶし――ブレイキング・ソウルを食らってよろめき、雨水がたまった窪みで尻を打った。

 

「ジョンナッ!」

「大丈夫……大したことないわ……」

 

 ジョンナを助け起こしたユキトは立ち上がる傷だらけの仮面少年に向き直り、構えを解いて両腕を開いた。

 

「もうやめてくれ! 僕たちはあの動画を見た……矢萩から何もかも聞いたんだ……こうなったのは、ジュリアがあんな目に遭った上に僕らに誤解されたせいなんだろ? 悪かった……許してくれなんて言えないけど、でも――」

「しね……!」

 

 光がすさみを増し、ガトリング・グレネードランチャーに変化した両腕がユキトとジョンナを狙って高速回転する。近距離から連射されるグレネード――バリアを強めて踏ん張るユキトは、爆発に耐えながら叫んだ。

 

「やめてくれって言ってるだろ! こんな無茶をしていたら、お前の命はどんどん削られてしまうんだぞッ!」

「――しねェェェッッ!」

 

 回転が速まり、連射速度を増して撃ち出されるグレネードが凶暴に拒み、容赦ない連続爆発でじりじりと後退させる。

 

「ユ、ユキト! あいつは、まともじゃ、な、ないッ!」防御に徹するジョンナが衝撃で声を震わせる。「な、情けをかけて、いたら、こっ、こっちがやられるわッ!」

「だ、だけどっ!」

「――きえうせろッ、どいつもこいつもォッッ!」

 

 ガトリング・グレネードランチャーの両腕がビームキャノンに変わり、砲身から現れたレールガンを始めとする兵器の数々が周りを病的に飾り立てる。デストロイ・ブーケ発動で形成された狂気のウェポンが暴発するようにビームや弾を発射し、ユキトとジョンナがフルパワーでバリアを強めたそのとき、風雨荒れる薄暗い世界が急激に陰りながら輝いた――