「……はぁ、ゼぁ……――うおおッ!」
北東からの強風にあおられて石の縁を踏み外し、崩れた石垣の坂をごろごろ転げ落ちて荒野に投げ出される矢萩――
「……ぐ……ヂクしょオッ……!」
悪態をついてよろよろ体を起こし、振り返って斜面の上をうかがう
「グゾッ、ハァ、ごのままでズむと思うなよ……!」
フェイス・スポットの外――揺らめきへと急ぎながら回らぬ舌で呪い、唇をもだえさせる色の悪い顔は張りつやを失い、頬がこけていっそう目立つ頬骨がドクロを連想させる。ようやくゆがみの領域に足を踏み入れたところで深く息を吐き、泥の中を進むような感覚に鈍る歩み……ステルス・モードにしているからヘブンズ・アイズで現在位置を特定されはしないし、流動に紛れているため目視でも見つけにくい。これで逃げられる……笑みを漏らした矢萩はこみ上げる強烈な羞恥と怒りに顔を赤らめ、胸の石の塊を引きつったまなざしで見つめると割れ目に右手の指を這わせた。
「……ごんな……割れたグラいでェ……!」
『大変なことになっているようですね、矢萩あすろ』
「――ワ、ワンッ!」
見上げると、頭上数メートルの高さからきらめきが目に刺さる。驚き、落ち延びようとしている無様な姿を見られて気色ばむ顔で表情筋がもがいた。
「の、のんきナこと言っデんジャねえッ! こ、ごれを見ろッ!」胸が指差される。「これを元ドオりにズるにはどオすりャいいンダァ!」
『どうすることもできません。破壊されたウルトラオーブをよみがえらせることは不可能。あなたは力を失ったのです』
「ジョ、冗談ダねーぞォォッ! そレじゃ、どうヤッてクズどもをぶっゴロせばイいンだヨォッ! 復元デキねーッてのナら、新じいのをヨこしヤガれ! ゾレくらいできルンだロウガァ!」
『一度でも幸運をつかめたことを感謝すべきではありませんか、矢萩あすろ? 大半の人間は望んでも叶わないのですよ』
「ウルッせェェッ、このヤロォォォッッ!――」
怒鳴りつけ、頭上に向かって唾を飛ばしながら口汚くののしり、是が非でも要求を通そうとわめき立てられる自分勝手な理屈――
「――デメエらが俺にウルドラオォブを与えダガらこんなことにナッてんダぞ! その責任ヲ最後マでトレッてンだよ! もウ一度オーブをよゴせ! よこしヤガレッてんだ、クサレALゥッ!」
『……あいにく、そういったクレームは受け付けておりません。では、失礼致します』
「あっ、おい、デメエッッ!」
上昇する光球に指をそろえた右手が突き上げられたが、ブラッド・アローを放つことはできなかった。こぶしを固めて地団太を踏んだ矢萩は、ワンが濁った雲の流れに消えてもなお罵詈雑言を噴き上げ続けた。
「――ウジ虫めェ! いいガ、デメエら一匹残らずぶち殺しデやるガラなッッ! ALごドきがヂョウジに乗りヤがってェッッ!――」
不意の寒気――ゾッとして視線を下ろし、矢萩は凍り付いた。自分が向かっていた先、前方20歩ほどのところで影が揺らめいていた。それは立ちすくむ矢萩にひどく汚れたカーゴパンツから出た黒い素足で一歩一歩近付き、傷だらけの奇怪な赤仮面を流動から浮かび上がらせた。
「……なにピカピカしてやがるかとおもえば……!」
「……デッ、デメェッ!」
風にあおられ、流動に押されてよろめき、後ずさる矢萩……血の気が失せた顔から冷たい汗が噴き出て頬をたらたら伝う。遺跡一帯から風と流動に乗って伝わる争乱の気配、そしてワンのきらめきに引き寄せられた魔人シン・リュソン……黒い上半身の半分以上がいびつに盛り上がった破壊者は、おののく仇敵――石になった胸のウルトラオーブを仮面越しににらみつけた。
「……ナンだ、それは……!」
「――ッ!」
「……そうかよ……ふっ、ふふふふふふふ……」
「ちょ、ま――」
暗い光を発して水平に上がった黒い異形の両腕がズオオッッと大型の高出力ビーム砲に変形――その砲身から盛り上がって現れたレールガンやガトリングガン、リヴォルヴィング・グレネードランチャーなどの兵器にグルッと囲まれる。さらに肩、胸、腹、背中から小型ミサイルのとげを突き出したシンはグッと腰を落とし、流れる地面を踏み締めた。
「おッ、おいッッ、やメりょッ!」
矢萩は手の平を向けて両手を突き出し、自分をロックオンした殺意に浮き腰で叫んだ。
「――やめレくれッ! 同じ人間ラろうッ?」
「しね……!――」
兵器が一斉に弾を、ビームを撃つ反動で足が地面を削り、小型ミサイル群がおびただしい排煙の尾を引いて立て続けにターゲットへ炸裂――必死にバリアを強める矢萩だったが、ウルトラパワー無しで防ぎ切ることはできず、どんどん血肉が飛び散って輪郭が崩れていく。
「――た、だッ、ダスげでッ! ダスケでぐれえェェッ! ダレか、ジャレかああアアアアッッッッ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――……………… 」
空間を揺るがす破壊の狂気が治まり、爆発の炎と煙が落ち着いたとき、そこにはわずかな光のちりさえ見えなかった。かたきを仕留めた赤い仮面の少年は南西に吹き流される煙越しにコンコルディ遺跡をとらえ、呪いの糸に操られるまま歩き出した。