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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.61 影との再会(3)

「……え? さ、佐伯さん?」

 

 半信半疑のユキトの隣で、言葉を失うジョンナ……矢萩が放ったブラッド・レイインフィニティの光に消え去るのを目撃していては無理もなく、佐伯がユキトの横に立ったところでようやく瞬きをした。

 

「軍将……」

「佐伯さん……」

 

 ユキトは並んだ相手を見上げた。金の肩章とボタンが映える白軍服、ブーツもあのとき――峡谷でハーモニー軍とコリア・トンジョクが交戦したときと同じ。違うのは鬼気みなぎる羅神に替わって手にしている厳かな輝き……白銀の刃に群雲むらくもが彫られたつばをはめ、純白の柄糸がきつく巻かれた柄と一つにした、雄々しくも美しい日本刀と憑き物が落ちたかのように澄んだ顔。存在を確かに感じるユキトは薄く笑う矢萩に焦点を合わせ、目を見張っているジョンナを横目で見てから尋ねた。

 

「――あいつにやられたって聞いてたんですけど……無事だったんですね」

「ああ、どうにかな」答え、佐伯はユキト越しにジョンナを見た。「加賀美――いやトゥ・ジョンナ、今まで苦労をかけてすまなかったな」

「佐伯……さん……本当に生きて……」

「ゲハハハハッッ!」

 

 辺りに突き刺さる、狂的なせせら笑い。右肩――高い治癒能力によって傷は癒え、跡形も無く消えていた――から左手を離した矢萩は腕を組んであごを上げ、うねった髪を風で逆立てながら唇を鎌の刃状に曲げた。

 

「知ってたゲ、きザまが生きているってゴとはな。死ねばオレざマにボーらスポイントが入るはずだもンなァ。大方バリアMAXで耐エ切って、ステルスにじて姿をくラましたんだろ? 死に損なヒが今ザらノコノゴ出て来てきやガッて。まさかこのクソガキどもの手を借りてリベンジじようなんて無駄なこと考えデンのかァ?」

「……決着をつけるぞ、矢萩」

 

 並々ならぬ覚悟がこもる声で告げ、佐伯は前に出てユキトたちを背にすると得物の日本刀〈天叢雲あまのむらくも〉を正眼に構えた。

 

「佐伯さん、僕たちもやります!」

「ええ、一緒にあいつを――」

「手を出すな」

 

 矢萩をにらんだまま、佐伯は断固たる口調で押しとどめた。

 

「――こいつを討つため今までひたすら己を磨き、この天叢雲をグロウスで強化してきたのだ」

「で、ですが……」

「……分かりました。――ジョンナ」

 

 ユキトはためらうジョンナを促し、それぞれ右と左に離れた。翻心させることはできないと感じてのことだった。

 

「へっ、ホザキやがっデッ!」

 

 腕組みが解かれ、赤黒い六芒星型の光に包まれた右手からズオッッと刃が伸びる。アスタブレイドを剣状にした矢萩はそれを水平に上げて狙いをつけ、両目に映る佐伯を憎悪で焼いた。

 

「一ゲキで消ジ飛ばしたりハしねェ……! ゴの手で切りキザんでちりにしてやラァ。ゾうすりャ下らネえ幻も二度と出ねえェッッ!――」

 

 ズオ――ッッと伸びて串刺しにしようとしたアスタブレイドを白刃ではじき、駿馬のごとくじゅうたんを蹴った佐伯は逆さまのローテーブルを飛び越え、その間にブレイドを短くした矢萩と斬り結んだ。いきなりクライマックスに突入した感の、息もつかせぬ斬撃のハードロック――息を詰めて見つめるユキトたちの目の前で高速の舞踏のごとく足をさばいて身をこなし、光を散らして刃をはじき合う熾烈な攻防――矢萩の薄ら笑いはすぐに斬り飛ばされ、手こずるいら立ちから怒りが荒れ狂い出す。

 

「――このクゾがァ! さっざとぐたばれやァッ!」

「――ハアァッッ!」

 

 激情に駆られた刃をしのいで突き出された白刃が、バリアを破って矢萩の右頬を切る。尖った頬骨の辺りから血を流す敵に佐伯はたたみかけ、白刃から闘気の猛虎群――九虎流――を放って襲いかからせた。

 

「ぬグうッッ!――この、堕らぐ者の分際ぜェェッッ!――」

 

 後ずさりながら猛虎たちを斬り飛ばした矢萩のそばに小鳥サイズのハチ型マシン――動画撮影アプリ・MoBeeがパッと現れ、開いた洗面鏡大のウインドウが間合いを詰める相手側にクルッと回転――大音量で流される映像が佐伯の目を捕らえた刹那――

 

「――ぐうッ!」

 

 腹部に深々と突き刺さる、赤黒い刃――そして力任せに引き抜かれた佐伯は、振り下ろされる袈裟掛けの斬撃を飛びのいてかわし、加勢しようとするユキトたちを制して正眼の構えを取ると、激痛をこらえながらMoBeeのウインドウを凝視した。

 ジュリアが――後ろ手に封印の手錠をはめられ、口に猿ぐつわをかまされた吉原ジュリアが『けだもの』の凌辱りょうじょくから逃れようと必死に身をよじり、叫びにならない声を上げながらけがされていく、直視に耐えない惨状――それは離れている2人にもむなしい悲鳴とそれにかぶさる矢萩の下劣な興奮、入谷の耳障りなはしゃぎ声で大まかな内容を知らせ、色を失ったジョンナの唇をぶるぶる震わせた。

 

「……どういう……ことだ?……」

 

 あえぎ、軍服の赤い染みを広げながら問う佐伯……それをしてやったりという顔でにやにや眺める矢萩はMoBeeを消し、加虐の快感に舌を跳ねさせながら両手をめった打つごとく振り回した。

 

「ドウもゴウもねえよ! 見たマンマは! キハハハハハッッ! こんなイぢンのクゾガキに熱を上げやばってよォ! お前もあのクズガキ――シン・リュほンとおんなじだナァ。あいづもこれを見テ逆上しやがっダヨ。ソォマに吸われてロクに動げもじない体で俺様だちに向かっべ来ようとじやがってさ。じゃからボゴボコにしてやったぜェッ! ゲヘヘッ! そんなこどをヤッていたせいれ、あの黒ウロコミミズどもの奇襲を許してしラったのは悪いと思っゼるぜェ! アはハハッ、ガハはハはハハハッッ!」

「……まさか……」

 

 眉間を割られたような顔をするユキト。

 

「――お前、あの夜……」

「ああ、ぞーだよ。俺様たちハなァ、あノ晩クズガキに制裁をくわエてやってダんダ。見張りの相方をSOMAで釣ッてなァッ! 言ってみりゃ、あンなメヂャグチャになって死人が出たのは俺様だちのぜいだなァ! フフ、ゲヘヘヘッ、ザマあねェーな、お前ラ全員ッ! ヘェハハハハハハハハハハハハハァァッ!」

 

 饒舌じょうぜつ悪行あくぎょうをぶちまけた矢萩は、絶句し、そしてこみ上げる怒りでわなわな震える三者に頬骨が張った頬を紅潮させ、卑しげに緩んだ口角からよだれを垂らした。

 

「……貴様……!」

 

 天叢雲の切っ先が震え、血の気が失せていく佐伯の顔で両目が紅蓮ぐれんに染まる。

 

「クケケ、激おこガい? けど、腹に穴が開いたテメエにはどおすることモできねえなァ。ゲヘッ!」

 

 矢萩は噴き出し、血の染みを指差した。

 

「――おもらししたミテえに濡れ濡れダぞォ! グヘ、ヒヒャハハ! 言っドくが、ポーションとかを使う隙なんゾやらネえ! そのままクタバっちマエッッ!――」

 

 踏み込んで振り下ろされたブレイドが白刃とぶつかり、バヂィッッと響く爆音――深手を負って苦闘する佐伯を殺しにかかる赤黒い光刃――

 

「佐伯さん!」

「私たちも――」

「手出し無用だッ!」

 

 拒んだ佐伯は矢萩に斬りつけ、そのままドオッと体当たりしてよろめかせると間合いを取り、強弓ごうきゅうを引き絞るように突きの構えに入って白刃を凄絶に光らせた。

 

「――この手で仕留めなければ、死んでも死にきれない……!――一緒に地獄に落ちるぞ、矢萩ッ!」

「ゲハハッ! やゲるもんじゃらやっデみろよッ、佐べきィッ!」

 

 ウルトラオーブが地獄の太陽のごとく輝いてフロアをぎらぎら照らし、アスタブレイドのエネルギーが凶暴に増幅する。伸び上がる赤黒い影――壁と天井で亀裂の稲妻が幾重にも交差し、窓ガラスとシャッターは吹き飛び、ソファとローテーブルが血の海のごとき赤じゅうたんの上に倒れた空間――固唾を飲んで死闘を見守るユキトとジョンナを意識から消し去り、佐伯は全身全霊を注ぎ込んでスペシャル・スキル――素戔嗚すさのおを発動、闘気を猛々しく噴き上がらせた。

 刃と刃――

 影と影――

 佐伯と矢萩――

 狂おしい相克が吹き込む風を巻き込んでごうごうと渦巻き、ヤマト王城を震動させて――

 

「――ハアァァァッッッッッ!」

 

 猛る気が爆発――矢萩めがけて飛んだ佐伯の胸部にアスタブレイドが刺さり、赤黒い切っ先が背から突き出る。がく然とするユキト、悲鳴を詰まらせるジョンナの視界で血を吐いた佐伯の目は、赤黒い塊に食い込んだ切っ先をにらんでいた。

 

「……ガ、ぎ、ぎザま……ッ!」

 

 胸に天叢雲が刺さる矢萩の右手から刃が消え、胸と背からどっとあふれ出した鮮血が白軍服を染め上げんとする。それでもなおとどめを刺さんと佐伯が踏み込みかけたとき、割れたウルトラオーブ――矢萩が強烈な閃光を発して目をくらませ、続く爆炎がフロアを瞬時に席巻――

 スペシャル・スキル〈ウルトラ・エクスプロージョン〉――

 爆発は天井と瓦屋根を突き破って炎を噴き上げ、かろうじて窓枠が残っていた壁を砕き散らして数メートル四方の床をドッと崩落させた。ヤマト王城6階の北東部分は、巨大なパワーショベルがとち狂って突っ込んだような有様だった。

 

「……く……!」

 

 つかの間飛んだ意識を取り戻したユキトは左頬がくっ付いた床に手を突き、ワイシャツとスラックスをずたずたにされ、半壊した中央区域の壁に叩きつけられた体を起こして辺りを見回した。

 

「――ジョンナ! 佐伯さんっ!」

 

 立ち上がるユキトのほど近くで制服と黒タイツがところどころ裂けたジョンナがうめき、体を起こして四つん這いになる。その前方――崩落して大穴が開いた床の縁では、仰向けに倒れた軍服姿ががれきの下敷きに……少年と少女は自分たちの手当てそっちのけでがれきを踏み越え、半ば埋もれた佐伯に近寄って救助に取りかかった。

 

「佐伯さん!」

 

 ユキトはがれきを払い、つかんで脇に放り投げた。

 

「――今、助けますから!」

「佐伯さん! 佐伯さんっ!」

 

 風に髪を吹き乱されながらがれきを取り除いて2人が左右に膝を突くと、ずたぼろの軍服を濡らす血臭が鼻を突く。深手を負った上に至近距離で矢萩の自爆攻撃を受けてなお佐伯は右手に天叢雲を握り締めていたが、半ば落ちたまぶたの地平に瞳は沈みかけ、絶え絶えの呼吸とともに体が光のちりに変わり始めた。

 

「佐伯さん、ギガポーションです! しっかりして下さい!」

 

 ユキトはイジゲンポケットから出した金の瓶の蓋を取って光の粒子を全身にかけたが、消滅は止まらなかった。

 

「……無駄だ、斯波……もう……手遅れだ……」

「そんなことないですッ!」

 

 打ち消そうとするジョンナが胸と腹部の傷にギガポーションを2本、3本とかけたが、効果は無かった。白くなった顔をなすすべなく見つめる2人……佐伯は目尻を和らげ、血で染まった唇で力無く自嘲した。

 

「……とどめを刺し損なった……けじめを付けられず……終わるとはな……」

「な、何を言っているんです!」ジョンナが消えゆく右腕をつかむ。「そんな諦め、らしくありませんよ!」

「そ、そうですよ!」

「……お前たちには本当にすまないことをした……手本になるどころか……後は頼む……良い世界を……作ってくれ……」

 

 涙ぐむ2人に後事を託すと、佐伯は視線を虚空に向け、消えゆく瞳に映る何者かをじっと見つめた。

 

「……すまなかったな……」

 

 つぶやいた肉体が薄れ、光のちりが天に昇る途中で消える……残されたユキトとジョンナの涙に送られ、佐伯修爾の魂は散った。