REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.61 影との再会(1)

 戦端を開いたのは、北東からすさぶ風に踊る歌声――

 次第にかさと濁りを増し、中天によろよろ昇る陽をかき消そうとする雲の下で高慢にきらめくハイパーゴッデス号の高みから勇壮な歌声が色あせた平原に響いてウェーブを起こすと、コンコルディ遺跡を背に陣を張っていたヤマト軍にルル・ガーディアンズがときの声をとどろかせて先駆け、それに続いてオートマトンを加えた他の部隊が流動に乗って突撃を開始――

 ヤマトから離脱した者たちを取り込み、膨れ上がった同盟軍――

 ポイントをつぎ込んで購入したブラックカラーのオートマトンで戦力減を補って迎え撃つ、矢萩に指揮をまかされた真木と中塚両名が率いるヤマト軍――

 双方から押し寄せる怒涛と怒涛が激突し、さながら猛る2頭の巨大な獣が互いに牙を突き立て、爪で切り裂きながら絡み合うように渦を巻いて――敵味方入り乱れて刃と火薬、炎や氷、いかずちといったもので闘争の交響曲を奏でて世界を揺さぶる、1000強の人と機械人形のオーケストラ――火ぶたが切られた当初こそ一進一退の攻防を繰り広げていた両軍だったが、やがて同盟軍の勢いに押されてヤマト軍が崩れ始めた。暴虐な矢萩への忠誠心が低く、SOMAに毒された者が多数を占めるヤマト軍には、ユキトやジョンナ、ミリセント、阿須見、遠山、坂本……に沢城等を加えた面々、ゴッデス・ルルフと彼女に熱狂するルルラー、クォン・ギュンジが族長を務めるコリア・トンジョクメンバー、戦いへの参加を許された後藤アンジェラと白軍服を着た元ヤマト軍兵士という顔ぶれを退ける力は無く、コマンド通りに戦い続けるオートマトンが次々と破壊されていくほど黒軍服姿は1人、また1人と敵に背を向けて逃げ出し、ついには散り散りばらばらに遺跡や森の方へ敗走していった。

 そうしてヤマト軍の壁を突破した同盟軍は、かつて自分たちも頻繁に上り下りしていたゆがみ、曲がった石段を駆け上がって遺跡内にどっとなだれ込み、オートマトンや悪あがきをするヤマト軍兵士と小競り合いを繰り返しながら北にそびえる奇怪な城――矢萩あすろがいるヤマト王城を目指した。その流れの先頭でユキトとジョンナは整地された地面を蹴って人気の無いプレハブ住宅の間を駆け、熱い息を弾ませていた。

 

「――分かった。僕たちはこのまま先行する。みんなも気をつけて」

 

 コネクトしているミリセントや遠山たちに返してユキトはウインドウを閉じ、斜めに吹きつける風にあちこち裂け、焼け焦げた跡を残す制服姿を抗わせた。銃声や爆発音が後方から断続的に響き、走る前では仲間からの状況報告を受けてコネクトのウインドウがひっきりなしに開閉している。

 

「……さびしいものね」

 

 ユキトの斜め後ろでボブの黒髪とえんじ色のスカーフ、グレーのミニスカートをなびかせ、左右の手それぞれに刀――滝夜叉を握って走るジョンナが、過疎化した住宅地域を見て感想を口にする。

 

「――前は家がひしめき合っていたのに、今はポツンポツンとあるだけ……」

「ああ……」

 

 声に苦みをにじませるユキトの髪が跳ね、肘上までまくられたワイシャツから出た黒い腕の先でこぶしが赤黒い爪を手の平に食い込ませる。

 

「――こんなことにはなっていなかったはずなんだ。僕たちがもっとしっかりしていたら……」

「……そうね。だからなおさら、どうにかしなきゃいけないって思うわ。私たちの手で」

「そうだね……!」

 

 天を嘲弄するようにそびえるヤマト王城をにらみ、汗にまみれ、いくつも手傷を負った肉体を叱咤しながら疾駆すると、右横百数十メートルに見える運営委員会事務所とヤマト軍本部事務所――旧・軍務マネジメント局事務所――が後方にぐんぐん流れていく……もうじき住宅街を抜ける――そのとき、前方のプレハブハウスの陰からいきなり数体の黒いオートマトンが飛び出し、急停止したユキトとジョンナに連続炸裂したグレネードの爆風が周囲のプレハブハウスの窓ガラスを粉々にし、壁をゆがめてひび割れさせる。

 

「――このぉッ!」

 

 バリアを強めて爆発に耐え、巻き上げられた土煙から飛び出したユキトは、リヴォルヴィング・グレネードランチャーを捨てて刀で斬りかかるオートマトンの胸を砲撃レベルの右ストレートで粉砕、脇から襲いかかる影をローファーで蹴り飛ばした。よろめいたその個体を縦横に切り裂いた滝夜叉は近距離から銃撃するオートマトンにひらめいてのっぺりした顔を横一文字に断ち、光るこぶしを振るうユキトともども次々とちりを発生させて一団をたちまち全滅させた。

 

「ユキト、平気?」

 

 ジョンナが滝夜叉を振ってちりを払い、周囲に警戒の目を走らせる。

 

「ありがとう。大したダメージは受けてないよ」

 

 ユキトはメガポーションを使い、焼け焦げたワイシャツとその下のTシャツ、スラックス、そして爆発で火傷を負い、グレネードの破片で傷付いた肉体を回復させて微笑したが、浅黒い顔に浮かぶ疲弊――ヤマト軍相手の激闘に加えて体内で昼夜問わず続く苦闘によるものまで除くことはできず、それを目にしたジョンナの表情を切なげに曇らせた。

 

「……やっぱり、みんなが追い付くのを待ちましょう」

「気にしてくれるのはありがたいけど、大丈夫だよ。早く行こう」

「だけど――」

「矢萩は魔人以上かもしれない。化け物同士で決着をつける方が、余計な犠牲者を出さなくて済むんだ」

「ユキト……」

「ごめん……」

 

 うっすら充血した目を伏せ、右手を征服した黒い呪いを見、ひびが深まっていくような頭痛に歯をかみ締める……と、醜く肥大した右腕に白い手がそっと触れ、はっと顔を上げさせる。

 

「あなたは化け物なんかじゃないわ。ちゃんと人の心があるもの。私を救ってくれた心が」

「……ジョンナ……」

 

 滝夜叉をイジゲンポケットにしまって空いた手が、左右から苦悩の病巣をしっかりつかむ。そこから分厚い皮膚を通して伝わるぬくもりが、陰りを払ってユキトの瞳に光を取り戻させた。

 

「……みっともないこと言っちゃったな……まったく……」

「人間ですもの、そんなときもあるわ。だけど、今のあなたはそれに捕らわれたりはしない。でしょう?」

「ああ、膝を抱えていたってどうにもならない……道は、行動することでしか開けないんだ」

「ええ」

 

 静かに手を離したジョンナはヘブンズ・アイズを開き、ヤマト王城6階――最上階に矢萩のキャラクター・アイコンが堂々と表示されているのをチェックすると、金のしゃちほこが鬼の角のように見えるヤマト王城の天守を見上げて唇を真一文字に結び、再び取り出した滝夜叉の赤い柄を握った。

 

「行きましょう。中塚は逃亡、真木は捕虜になったってコネクトがあったけど、矢萩を倒さなければ終わらないわ」

「そうだな」

 

 うなずいてジョンナと再び走り出し、過疎化した住宅街を抜けてから数回オートマトンと交戦して打ち破り、ヤマト王城周囲に高さ3メートルの赤黒いコンクリート塀を巡らすやぐら門にたどり着く――やぐら門は王城同様黒瓦屋根の上で一対の金鯱が尾を振り上げ、分厚い鉄の門扉を固く閉ざして外敵を阻んでいる。だが、それをブレイキング・ソウルの一撃でぶち破ったユキトたちは侵入者を殺害しようとするオートマトンをちりに変えてコンクリート舗装の地面を真っ直ぐ突っ走り、王城の扉を破壊してエントランスに突入した。

 

「――く、うッッ!」

 

 飛び込んだ途端、正面で半開きになったスライドドアの陰から浴びせられる集中砲火――バリアを強めて耐えるユキトとジョンナがすさまじい火花を飛び散らせ、グレネードの炸裂によろめく様を血の稲妻が幾筋も走る目玉がとらえ、黒い床を跳ねる薬莢の音に性器を夢魔にまさぐられているかのような荒い息づかいが混じる。

 

「――いい加減にしなさいよッ!」

 

 叫んだジョンナが振る刃から数多の氷柱が飛び、ドアと黒御影石の壁を破壊してそれを盾にしていた親衛隊の少年少女たちに突き刺さる。赤黒い桜紋の襟章をつけた彼等がひるんだ隙に踏み込んだユキトは甲高い奇声を発して振り下ろされた刃を光るこぶしで折り、SOMAに蝕まれた顔面に肘打ちを見舞うのを手始めに大暴れした。元は戦闘スキルが高い者をそろえた親衛隊だったが、ドラッグに毒されて頭も体もとろけてしまった彼等は相手にならず、ばた、ばた、ばたと床に倒れてみじめにうめいた。障害を取り除いたコンビは、息を整えながら黒軍服をまたいでフロア中央で城を上下に貫くエレベーターに近付いた。

 

「……動いていないな」

 

 ユキトが反応の無いドア脇のボタンから指を離す。

 

「――裏に階段があるんだよな?」

「そう。私と後藤さんが提供したマップデータ通りよ。それで最上階まで行けるわ」

 

 小走りでエレベーター裏に回った2人は扉を押し開け、5,6人横に並べる幅の折返し階段をブラケットライトに冷たく照らされながら駆け上がった。城に入ったときから鼻を突く、甘ったるく生臭い――地獄の汚物溜まりから漏れているような悪臭は、上の階に行くほどきつくなってバリアを強めさせる。

 

「……ひどいな」

「ここまでとはね……SOMAを吸いまくって乱痴気騒ぎを繰り返していたらしいけど、その臭いが城全体に染みついているんだわ」

「まともに嗅いでいたら、そのうち気が狂うよ……――んッ?――ええッッ?」

 

 5階の踊り場を曲がりかけたユキトは階段の上を見て素っ頓狂な声を上げ、金縛りにかかった体にババババババッと連続被弾して後ろの壁にしたたか背中をぶつけた。バリアを強めてユキトの盾になったジョンナは、踊り場から数段下にかけて立つ、サブマシンガン〈MIC14〉を構えた4人の少女――一糸まとわぬ裸体に乱れきったぼさぼさの髪とドロッと気色悪い笑顔のジャンキーたちに十字の構えを取った。

 

「ユキト、大丈夫よね?」

「ご、ごめん」

 

 振り返らずに問うジョンナの背後でユキトは銃撃の痛みをはねのけて立ち上がり、不意打ちを食らった羞恥が混じる赤面で凶器を構えた全裸の少女たちを遠慮がちににらんだ。

 

「……とんでもないものを見て、つい……」

「ギャヒ、ハ、ハ、ファ、ハ、ハ、ヒャヒャヒャヒャヒャッ!」

 

 ネジが何本も飛んでいるような嘲笑が上から降り、ふらふら左右にどいて壁や階段の手すりにもたれた少女たちの間にフルヌードの入谷玲莉がはだしでピタピタ下りて来て立ち、ひん曲がった口にくわえた吸引器をクッと上げて、甘ったるい煙を漏らしながら階下をニタニタ見下ろす。枯れ草のような色艶の、だらしなく垂れた髪で何分割にもされたえら張り顔を紅潮させた彼女の右手に握られた濃褐色の蛇腹鞭〈ナーガラージャ〉――それは、よがってくねるように鋼の身を動かしていた。