――あらためて謝りに来るんだって?――
――連れて行くってコネクトがあったんだよ。斯波ユキトから――
――あっ、来たよ――
コリア・トンジョクメンバーの声が、薄紫の袖を胸で組んで立つクォンの背後で低くなる。ドーム屋根住居群のそばに固まる韓服姿……その頭上で揺らめく雲間にのぞく陽は、捕虜用宿舎の方から歩いて来る斯波ユキトと加賀美潤に落ち着いた光を注いでいた。待ち受けるクォンは2人がよく見える距離になると眉を動かして「ん?」という顔をし、後ろの10名強もそれぞれ目を凝らしたり首を傾げたりする。クォンの前で足を止めた、セーラーブレザー姿の潤――関心と好奇心を集めているのは、その髪――サイドは胸元まで、後ろは肩甲骨の下辺りまで流れていた緑なす黒髪はばっさり切られてボブカットになり、生けられた花の趣を醸していた。
「場を設けてもらってすみません、クォンさん」
「ん? ああ」
礼を言うユキトにクォンは少しあごを上げて偉そうに応じ、正面で両手を脇に下げて神妙に立つ潤をじろじろ眺めて意地悪げに唇を動かした。
「それぞれ、わざわざ時間を作ってここに集まっているんだ。感謝するんだね。それで、その髪は謝罪とやらの一環か?」
「それもあります」
潤はクォンを真っ直ぐ見た。濁りが消えた瞳は、椿のような美貌に清らかな輝きを加えていた。
「――これまでの自分を清算しようと思って、彼に――」ユキトを一瞥する潤。「手伝ってもらったんです」
「ふぅん。どうせなら丸坊主にするくらいしてもいいと思うがね。で、何をどう謝りたいんだ?」
「まず私について知ってもらいたいことがあります」潤は一呼吸置いた。「私の本名はトゥ・ジョンナといいます。プロフィールに記載されている加賀美潤という名前と純血日本人の血統は、HALYが勝手に設定したものです」
「んん? どういうことだ? トゥ・ジョンナ?」
「両親は韓国系日本人。私もそうです」
潤――もといトゥ・ジョンナの告白にクォンはつり目を大きくし、コリア・トンジョクメンバーはざわついた。ヤマトナデシコの加賀美潤が、実は自分たちと同じルーツ――今までより複雑にささくれた感情をクォンの背後から感じるジョンナはユキトに見守られながら身勝手な両親や乱暴しようとした母の愛人、自分をいじめたクラスメイトへの怒りを同じ韓国系にぶつけていたところがあったと説明し、手を前で重ねて深々と頭を下げた。
「――私の八つ当たりについては、きちんと謝罪しなければいけないと思います。本当に申し訳ありませんでした」
「ふん、自分の非を認めて謝るとは殊勝な心がけだね。感心なことだよ」
クォンは腕組みしたまま首を右に、そして左に傾け、後ろを振り返るとユンに焦点を合わせずにファンやホン、イ・ジソンたちを見て、戸惑いやわだかまりをにじませる顔を微かに鼻で笑うとジョンナに破顔して薄紫の袖を広げた。
「キミも苦労したようだね。大変だったろう。分かるよ。ボクも色々あったんでね」
同情して見せ、クォンはジョンナの左肩を親しげにぽんぽん叩いた。
「――よし、ボクのところに来たまえ。同じルーツ同士、仲良くやろうじゃないか。歓迎するよ」
「いえ、それはお断りします」
「何?」
微笑を硬くするクォンに、ジョンナはきっぱりと返した。
「私は自分をくくって固まるつもりはありません。それがどんな不幸を呼ぶのかをヤマトで学びましたので」
ジョンナは言葉を詰まらせる相手に頭を下げ、これから神聖ルルりんキングダムにも謝罪に行くからと告げてユキトに顔を向けた。
「行きましょう、ユキト」
「うん。――それじゃ失礼します、クォンさん」
2人が連れ立って去ると、コリア・トンジョクメンバーは顔を見合わせ、調理場の裏を通ってハイパーゴッデス号の方へ歩く黒髪少女を目で追った。
「ちぇっ」アンパン顔で唇を尖らせるイ・ジソン。「澄ましてるよなあ。あんたらの仲間になんかならないぞってか」
「どうやらそういうことらしいね」と、クォンが向き直って肩をすくめ、メンバーが同調しかけたとき、黙考していたユンが「そういうことじゃありませんよ」と声を上げた。
「――みんなも知っての通り、ぼくは父が韓国系、母が純血日本人のミックス。それで自分が何者なのか悩んだことがあるから分かります。ルーツやどういうコミュニティに属しているかにこだわる必要はないんです。人と人の関係って、結局そういったものを取っ払った個人対個人なんですから」
「なるほどね」
軽く腕を組み、あごに左手を当てたファン・ヨンミがうなずく。
「考えてみれば、グローバル化が進んだリアルでは人種や文化といったものが少しずつ変容しているものね」
「うーん」ホンがメガネをずり上げ、朱の袖を組んでうなる。「そうかもしれないな……だとすると、コリア・トンジョクってのも何だか……――あっ」
クォンの双眸に射られたホンは目をそらし、仲間の方を見て両手をばたつかせた。
「――ヤ、ヤマトが僕たちを迫害するからだよな。だから、団結しないといけないんだよなっ!」
クォンをうかがいながら首肯した少年少女たちは、ファンの「そろそろ戻りましょうか」という発言をきっかけにばらけた。狩りや料理の下ごしらえに戻るそれらの姿をきつく腕組みをして見ていたクォンは、横に黙って立つユンに気付いてじろっとにらみつけた。
「何だ? 何をじろじろ見ている?」
「あ、いえ、その……偉そうなこと言うようですけど、コリア・トンジョクのあり方を少し考えた方がいいんじゃないでしょうか? キム族長たちを殺した人たちは恐ろしいですけど、ヤマトだってそんな人ばかりじゃないと思いますし……」
「黙れ」クォンはユンの鼻先に指を突き付けた。「利口ぶったこと言いやがって。へなちょこガキがずいぶん生意気な口を利くようになったもんだ。どうせ、お前も他の連中同様ボクを批判して溜飲を下げてるんだろう? 『北韓』にでかい顔されているのは気に食わないものな。それとも半分混じったヤマトの血がそんなことを言わせるのか? ええ、王生雅哉?」
「ぼ、ぼくは、そんな――」
「うるさい! どけッ!」
乱暴に突き飛ばし、大股で歩き出すクォン……共働きだったブルーカラーの両親に代わって育ててくれた祖父母の影響による旧北朝鮮地域のなまり……それが原因で