REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.59 新生(1)

 午後一で行われた潤の取り調べ終了後――ユキトは書記を務めたエリーと別れ、潤に付き添って同盟軍本部事務所を出た。おぼろな雲越しに差す薄ぼんやりとした陽が調理場と食堂を収めるパイプテントを、コリア・トンジョクのドーム屋根住居群や黄金の大聖堂――ハイパーゴッデス号とその周りに群れるプレハブハウスを柔らかな陰影で彩る。

 

「お疲れ」

 

 散々クォンや鎌田たちに尋問されたことをいたわると、潤は微苦笑した。

 

「平気よ。聞かれたことに答えるだけだったし、あなたがいてくれたから」

「ちょっと休んだ方がいいよ、宿舎で」感謝に照れるユキト。「昨日あれだけ戦った疲れは、一晩くらいじゃ取れないだろ」

「そうね。少し落ち着きたいわね」

「うん。送っていくよ」

 

 潤を促し、連れ立って歩き出す……ユキトは両袖を肘上までまくったワイシャツにグレーのスラックス、潤がえんじ色のスカーフを胸で結び、襟と袖に水色のラインが入った白のセーラーブレザーにグレーのミニスカートという格好だけ見ると、昼休みに学校を抜け出して来た高校生そのもの。そして程なく小さなプレハブ小屋――捕虜用の宿舎が見え、玄関ドアの左右でアウトドアチェアに座って談笑していたプレートメイル少女とポロシャツにジーンズの短髪少年が近付く2人に気付いて立ち上がる。

 

「取り調べ、お疲れ様でした」

 

 そう言って坂本が軽く頭を下げ、兜をかぶったミリセントが上げた面頬からのぞくグレーの目を微笑ませる。

 

「見張りも大変だね」と、ねぎらうユキト。「楽しそうに何を話してたんだ?」

「歴史の勉強でござる」と、ミリセント。

「歴史の勉強?」

「いや、受験のためっすよ」坂本がはにかむ。「オレ、中3なんで。今リアル復活しても留年は間違いないですけど、だったらなおさらしっかり勉強しとかなきゃとか思って。年下より成績悪かったら恥ずかしいですから」

「ああ……そうだね」

 

 唇を軽く結んだユキトを潤が横目で見、察したミリセントがガントレットをはめた手でドアをさっと示す。

 

「どうぞ、加賀美殿。ゆっくり休んで下され」

「ありがとう、サカキさん。――ユキト、少し話せるかしら?」

「あ、うん。会議までまだ時間はあるし」

 

 潤を最後に捕虜の取り調べは終わり、得られた情報からヤマト攻略について検討する会議が開かれる予定になっていた。潤は先に玄関から1Kの宿舎に上がってユキトを招き入れ、トイレの横にある寝室兼リビングのドアを開けた。

 

「座布団もイスも無いから、そこに座って」

 

 殺風景な空間の端に置かれたパイプベッドを指差し、自分は頭側に座って、ユキトが少し間を開けて腰を下ろすのを待つ潤。

 

「それで、話って?」

「聞いておきたいの。また『彼女』が現れたらどうするのか」

「そのことか……」

 

 背中を曲げたユキトは太ももの間で肥大した黒い右手と浅黒い左手の指を絡め、視線を落とした。爪の暗赤とごつごつした指の黒がくっきり見え、全身をじわじわなぶるだるさが意識されると両手がもがくようにうごめく。だが、眉根を寄せたユキトは絡まった両手を抑え、揺らいだ目元を引き締めた。

 

「……僕にはできないよ……篠沢を殺すなんて……」

「……自分が呪いに殺されてしまうとしても?」

「ああ……」

「……でも――」

 

 潤は絡まった両手をにらむ横顔を見つめ、外を気にして声のトーンを下げた。

 

「……同盟に加わっている人たちみんなが、あなたと同じ考えじゃないわよ」

「分かってる……だけど、篠沢を殺して救われるなんて思えないんだ……第一、篠沢は仲間じゃないか……ALは人間じゃない、非実在のキャラクターに過ぎないって言う人もいるだろうけど、僕はそんなふうには考えられない……」

「……大事に思っているのね」

「……うん」

「そう……」

 

 潤はほの明るく染まった掃き出し窓のレースカーテンに目をやり、左手の指で黒髪を軽くすくとおもむろに言った。

 

「私ね、本当の名前はトゥ・ジョンナって言うの」

「え?」

「純血日本人・加賀美潤は、HALYから与えられた設定。本当の私は韓国系日本人のトゥ・ジョンナ」

「そっか……」

「今さらよね。ミストの幻覚の中で私の過去を見ているのだものね」

「まあね。それにしても、HALYはなぜそんな設定を与えたんだろう?」

「分からないけど……もしかすると人間にとって過去がどれほど重いのか調べたかったのかもね」

「人間がどういうものか研究しているからな、HALYは……この魔人化も――」異質な右腕に焦点を合わせるユキト。「僕の反応を見るためだけじゃなく、人間の定義を知るって目的もあるのかも」

「……姿形が変わっても人間なのか、排除されないか――ってこと?」

「姿形がどれほど重要なのかって。推測だけどね」

「いいようにされているわね、私たち。でも、ここにトバされていなかったら、私はずっとさまよい続けていたかもしれない……」

「僕もずっとだらしないままだったかもしれない。その点だけは感謝しないといけないのかもね」

「……ユキトは本当に変わったわ」

 

 潤――ジョンナは横に座るユキト側に黒タイツの脚を傾け、顔をしみじみとのぞき込んだ。

 

「……そんなに見るなよ。僕は別にそれほど……他人に誇れるほど変わってはいないって」

「謙遜ね」

 

 ジョンナは足を真っ直ぐに戻して背筋を伸ばし、正面の壁を見据えた。

 

「……私もしっかりしないとね」

 

 つぶやき、飛び立つようにパイプベッドから立ち上がって……ジョンナは、座ったまま見上げるユキトに向き直った。

 

「――手伝って欲しいことがあるの。手を貸してもらえる?」