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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.58 涙を抱いて(3)

 潤が傷を癒し、聖奏学園の制服に着替えるのを待ってユキトが揺らめく戦場に向き直ったとき、すでにルルフの歌はやみ、波立っていた流動も落ち着きを取り戻しつつあった。鮮血色の朝焼けが消えた早朝の曇天下にヤマト軍の黒い軍服は見当たらず、くすんだ輝きを放つハイパーゴッデス号の周りを動く同盟軍メンバーがアリくらいの大きさで見えた。

 

「敗走したようね……」

 

 潤が涙を拭った顔で言い、コネクトをチェックする。

 

「――後藤さんから退却命令が届いている……着信もたくさん入っていたみたい」

「コネクトどころじゃなかったもんな」

「そうね」

 

 ユキトの横で軽く鼻をすすり、潤は微笑んだ。長い長い土砂降りを経てようやく晴れた空のような笑顔……それは、ユキトが今までに見た中でもっとも美しい彼女だった。

 

「……もしかして、私の顔ひどいことになってる?」

「えっ?」

「まじまじと見てるから……」

「あ、いや、そうじゃないよ。その……」

 

 頬を染めたユキトは目をちょっと伏せ、瞬きしながら続けた。

 

「……もう体は痛くないかなと思って。ブレイキング・ソウルをまともに食らわせちゃったから……」

「ポーションで治したから平気よ。それよりあなたは? 体、つらいんでしょう?」

「いや……」

 

 視線を外したユキトは浅黒い顔の脂汗を手で拭い、繕ったスマイルでごまかした。デモニック・バーストで活性化したデモン・カーズは内部で暴れ回り、重だるい全身がひび割れていくような鈍痛を与えていた。

 

「……どうってことないよ。――あっ、みんながこっちに来る」

 

 近付いて来るミリセントたちに気付いてそちらに顔を向けると、潤の表情が硬くなる。ついさっき熾烈な戦いを演じた者たちと対面する緊張を感じ取り、ユキトは肩にそっと手を置くように声をかけた。

 

「すんなりとはいかないかもしれないけど、誠意を尽くせばきっと受け入れてくれるよ」

「私がしてきたことの結果だもの。覚悟はしているわ。ありがとう」

「潤……」

 

 言葉を交わしているうちにミリセント、阿須見、遠山、大鳥、坂本が近くに来て、セーラーブレザーの前で手を重ねて神妙に立つ潤をいぶかりながら隣のユキトにどういうことなのか尋ねた。

 

「彼女は分かってくれたんです。もう敵じゃありません」

 

「マジで?」と声を上げた遠山が坂本と顔を見合わせ、大鳥たちが目を丸くすると、潤が黒髪を揺らして深々と頭を下げる。

 

「ごめんなさい。色々とひどいことをしてしまって……」

「あんたねぇ、さっきサオリたちにあんなことしたくせに――」パーカーとショートパンツにダメージを残す遠山があきれる。「よくそんなふうにコロッと変われるわね」

「やめろよ」ボードを抱える大鳥が制する。「本当なんだな、斯波君?」

「はい」

「そっかあ……」

 

 十文字槍を担いだ阿須見が潤に蹴られた腹に手をやり、ぎこちなく笑う。

 

「――まあ、良かったじゃんか。後藤アンジェラも投降したし、俺たちの大勝利だな」

「投降?」

 

 ユキトが聞き返すと、阿須見たちはヤマト軍がブームに乗った同盟軍に押されて崩れたこと、敗北を悟って退却命令を出した後藤が獅子奮迅の戦いぶりで追撃を食い止め、部下たちが無事に離脱すると得物のベヨネッタ・ワルキューレをしまって降参したことを身振り手振りを交えて語った。

 

「鬼神のごとき戦いぶりには、拙者も度肝を抜かれたでござる」鋼の腕を組み、うなるミリセント。「後藤殿は、恐るべき女傑でござる」

「その後藤さんが、大人しく封印の手錠をはめられて捕虜に……」

 

 ユキトが仲間たちの肩越しにハイパーゴッデス号の方を見ると、揺らめく紫の影を先頭に近付いて来る一団が目に入る。やがて韓服姿をくっきりさせたコリア・トンジョクメンバーは向き直ったミリセントたちを間に潤を見、仲間たちに脇にのいてもらって潤と前に出たユキトから説明を受けたクォンは冷たい嘲りで唇をくねらせ、右手にドッペルアドラーを握ったまま左手にイジゲンポケットから出した封印の手錠をつかみ、チャラチャラ弄んだ。

 

「改心したのかい。それは結構なことだね。だけど、ボクらに散々なことをしてくれた償いはしっかりバッチリしてもらわないとな。よし、それじゃまずこの封印の手錠をはめて――」

「待って下さい」遮るユキト。「彼女は自分のしたことを悔いているんです。酌んであげて下さい」

「いいのよ、ユキト……」

「いや、――」

 

 潤の前に出て盾になり、ユキトはクォンと向き合った。

 

「――お願いします、クォンさん」

「ふん。ボクらはひどいことをされたんだぞ」

 

 クォンは引き連れた者たちを振り返り、両手を燃え盛るように動かした。

 

「――なぁ、みんな? この女が佐伯や矢萩の手先としてどんなことをしてきたか覚えているよな? そんなヤツに思いやりなんてもったいない。だろ?」

 

 あおりにホンやイたちが顔を見合わせ、なびきかけたそのとき、集団の中から「待って下さい」とユンが声を上げた。

 

「――ぼくたちだってルールを破ったり、キムさんたちの言いなりになってこの人を襲ったこともある……一方的に責めるなんてできないですよ」

 

 ユンは水をかけられたような顔になったクォンの横に進み出て潤にわび、それに潤が謝罪を返して他のコリア・トンジョクメンバーにも頭を下げると、やり取りを黙って見ていた遠山が「あのさ」と言い、腕を腰に当てて韓服姿を見据える。

 

「――サオリは、あんたたちが彼女を襲ったとき巻き添えになったんだからね。彼女をどうこう言うなら、まずサオリに償ってよ」

 

 コリア・トンジョクメンバーが黙り込み、クォンを骨組みとする壁がもろくなったのを感じたユキトは潤の腕を軽く引いて仲間たちと歩き出し、左右にばらける韓服の間を通ってハイパーゴッデス号がそびえる方に向かった。その後ろ姿を見送っていた少年少女たちが後に続くユンにつられて歩き出すと、独り残されたクォンは体を斜にして次第に揺らめき、小さくなっていくユキトたち――ユンの背中をにらんで右手に握っていたドッペルアドラーを地面にザクッと突き立て、口の端をぴくつかせてゆがんだつり目をまがまがしくぎらつかせた。