REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.58 涙を抱いて(2)

「――来るよッ!」

 

 叫んだ遠山が小脇に抱えたレールガンの砲口を重そうに向ける先――風が荒れる空間のうねりを逆巻かせ、噴流のごとき土煙を立てて爆走する黒いマシンのハンドルから両手を離し、加賀美潤は黒髪と桜花が燃える袖を激しくなびかせながら右翼のユキトたちを狙ってショットガン・SBWS19のトリガーを引いた。

 

「――くッッ!」

 

 袖をまくった両腕を上げるユキトに数十メートルの距離から数多の散弾がバチバチバチッとぶつかり、バリアでガードしてなお衝撃がワイシャツとスラックスを貫いて肉をうがつ。急接近する潤は素早くポンプアクションをして排莢――銃撃し、散弾を連射されるユキトとその周りのメンバーの顔を激痛でゆがませた。

 

「――ふざけんじゃないよ、あんたァッ!」

 

 激高した遠山のレールガンに電流が走り、撃ち出された砲弾が左前方からボディをぶち抜いて黒いATVをばらばらに吹き飛ばす直前、サイドステップを蹴って回転しながら横に飛んだ潤は左右の手それぞれに出現させた滝夜叉を握って着地するや宙を滑って急襲するボード――大鳥が魔力で操る――をかわし、大剣を振り下ろすプレートアーマー少女ミリセント相手に丁々発止ちょうちょうはっしと斬り結び、脇から加勢する阿須見の十文字槍と坂本の柄頭がごてごてした出縁型メイスを全力ではじき飛ばした。鼻と口を覆う鉄の面頬の上で双眸を業火に変え、二刀流の刃をかまいたちのごとく渦巻かせる潤に引き込まれるごとく弾丸とグレネードが雨あられと飛び交い、押し寄せる同盟軍の波にヤマト軍が激突したことで辺りはたちまち鼓舞するルルフの歌に刃がはじき合う音と発砲音が入り混じる血生臭い戦場と化した。

 

「――こいつゥッ!――ぐほッッ!」

「あ、阿須見さんッ!――いづゥッ!」

 

 黒タイツの脚が阿須見の腹部に前蹴りを食らわし、振り向きざまにメイスをかわして坂本の右肩に突きを打ち込み、斬りかかるミリセントとつばぜり合い、火花を連続させてしのぎを削り――暴走するごとく振り回される刃でプレートアーマーを幾重にも傷付けられ、面頬の狭い隙間からのぞくグレーの瞳がどんどん色を失う。

 

「――こやつ、相当の手練てだれでござるッ!」

「下がれ、ミリー!――みんなもっ!」

 

 光を帯びた異形の右腕を振り、ユキトは叫んだ。

 

「彼女の相手は僕がするッ!――来い、潤ッ!」

 

 割って入ったユキトは右腕で白刃をはじいてミリセントを下がらせ、潤に自分をロックオンさせると流動を突っ切って走った。標的を追って黒髪と振袖が跳ね、サビに突入していよいよエキサイティングに空間を震動させる歌声とシナジーを上げて熾烈さを増す戦場が離れていく。乱戦から十分距離を取ったところでユキトは足を止め、間合いぎりぎりで急停止した潤に向き直った。

 

「ここなら2人きりだ。決着をつけよう……!」

 

 ワイシャツの両袖をまくった姿に光を宿し、右こぶしを突き出して構えるユキト――対する潤は胸の前で刃を十字に組み、斜め後ろ方向の震源――歌声――から発してぶつかる空間と風のうねりに黒髪と振袖をおどろおどろしく揺らした。

 

「……潤……!」

 

 うめいたユキトの額と頬を脂汗が伝い、ワイシャツとその下に着たTシャツが浅黒い肌にねっとりと張り付く。力を使うことで活性化するデモン・カーズの苦しみを押し隠し、ユキトはくろがねのマスクをつけた少女を見据えて訴えた。

 

「もうやめてくれ! 矢萩に従っている理由なんかないだろっ?」

「だったら、どうだって言うの?」

 

 滝夜叉の刀身が冷気を帯び、振袖の燃え散る桜花とコントラストを成す。

 

「流されるのをやめろって言ってるんだ! もっとちゃんと考えて生きろよっ!」

「偉そうにッ!」

 

 黒革ブーツが流れる地を蹴り、二振りの刃が硬く肥大した左右の黒い腕を斜めに斬りつける。

 

「――さっさと斬られなさい! そうすれば、もう呪いに苦しむこともないわよッ!」

「ふざけるなッ!――」

 

 交錯し、ぶつかり合うこぶしと刃――黒髪と振袖を躍動させ、高速ターンを繰り返してヒステリックにひらめく刃が左右の腕ではじいて食い下がるユキトの肉をバリアもろとも切り裂いて鮮血を飛ばす。

 

「――ここまで僕を目のかたきにするのは、記憶をのぞいてしまったからなのか?」

「……私は過去を切り捨てたのよ!――だからッ!」

 

 力任せの斬撃をしのぎながら、ユキトはミストが図らずも見せた潤の過去を思い起こした。娘を捨てた父――養育費目当てに親権を取り、男遊びにふける母――両親の振る舞いのせいでいじめられ――母の男に乱暴されかかって――あのとき感じた凍てつく孤独、さみしさ、そして自らをも焼く怒りが狂おしい自己嫌悪混じりによみがえる。

 

「――だけど、こんなことしたって過去は消せない! 苦しみが続くだけなんだぞッ!」

「――うるさいッ! うるさいッ! うるさいィッッ!――」面頬の裏で声が上ずる。「私を失望させたくせにッ! 佐伯さんはあんな子にふらついてッ! みんな――みんな、私を傷付けるッ! ああッ! ああ、もうやめてよッ! これ以上私を苦しめないでェッッ!」

 

 飛びのいた潤の滝夜叉が冷光を帯びて空を斬り、スペシャル・スキル――緋修羅を放つモーションに入る。身を切るような冷たい気を燃え立たせ、はためく振袖の桜花を狂的に吹雪かせる潤は、ユキトの真っ直ぐなまなざしと揺るぎなく引き絞られた右こぶしの光に目元を引きつらせた。

 

「全力で止めるぞ、潤!」

「……消えてッ! 消えてよォォッッ―――!」

 

 絶叫が尾を引き、突っ込む潤の滝夜叉から数多の光刃がめちゃくちゃに飛んで――立ち向かうユキトは力をみなぎらせた右こぶしをストレートに繰り出し、流動する空間を砕きながらブレイキング・ソウルを打ち込んだ。

 

 自暴自棄 対 渾身――

 

 スペシャル・スキル同士の激突――引き起こされた爆発が荒野を大きくえぐり、衝撃波とともに空間が四散――高々と巻き上げられ、もうもうと辺りに立ち込める土煙……それがやがて収まると、巨大な手で乱暴に削り取られたような地面に仰向けに横たわる振袖の少女、そのそばに両膝を突いた少年が現れた。

 

「……殺してよ……」

 

 乱れ切った黒髪を地に流し、面頬が砕けてあらわになった顔を背けたまま、潤は言った。凶器は両手から消え、土ぼこりをかぶった振袖はその苛烈さを失っていた。

 

「……私は過ちをたくさん犯してしまった……生きていてはいけないのよ……」

「罪を犯してしまったのなら、ちゃんと償わなければいけないだろ」

 

 乾いた横顔を見つめて言い、ユキトは左手で背中を支えて潤の脱力した上半身をそっと起こし、続けた。

 

「……ちゃんと償って、そして幸せになって欲しいんだ。このままなんて悲しいじゃないか……」

「……立派ね、あなたは……」

「そんなことないよ……僕は人を傷付けたり泣かせたり、そんなことばかり……君といたときも自分のことしか考えていなくて……本当にごめん……」

 

 潤の顔が声の方を向き、右手がユキトの胸倉――ワイシャツをつかんで、涙があふれかかった目が切なげにもだえる。

 

「謝らないでよ! 謝ることなんか……私だって……ううう、あああっっ!……」

 

 ユキトの胸に顔をうずめ、号泣する潤……ワイシャツを濡らす少女の背中に傷だらけの右手を回し、ユキトは震える体を優しく抱き続けた。