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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.56 ハーモニー再生同盟

 ハーモニー再生同盟憲章けんしょう

 

 第一条

  この同盟は、このゾーンに生きるすべての者たちが互いを尊重し、調和して暮らせる社会を目指すものである。

 

 第二条

  この同盟は、志を同じくする者であれば、ルーツ、性別、所属等に関わりなく加盟者になることができる。

 

 第三条

  加盟者は、同盟の目的に関わるすべての重要な問題について相互に協議して決定し、それに責任を持つ。

 

 第四条

  加盟者が攻撃を受けた場合、各加盟者は協議の上で速やかに必要な措置を執り、平和と安全の回復と維持に努めるものとする。

 

「……まだ見えませんね」

 

 小さな目を凝らすエリー……隣でうなずき、ユキトは昼食の洗い物のためにまくったワイシャツの袖から出る黒い腕を組み、雲間からかすんだ陽がこぼれる荒野の彼方を見つめた。稜線揺らめく地平から2人に寄せる空間のさざ波が手前で消え、乾いた微風が髪を揺らして去る後方には、数軒のプレハブハウスと奥に立つコリア・トンジョクのドーム屋根住居群……その横には集会用テントの下に折りたたみテーブルとイスを並べた食堂、ポイントをチャージすればガスが通じ、上下水道が使える簡易式かまど、シンク、作業台を備えた調理場――これらはStoreZのレンタルショップ『レントール』でそろえている――がある。クォンを説得して〈ハーモニー再生同盟〉を立ち上げ、コネクトで広く参加を呼びかけて1週間……コンコルディ遺跡南南西20キロ地点のフェイス・スポットに設営されたキャンプには、参加希望者が少しずつ合流してきていた。

 

「空間がゆがんでいてよく見えないけど、近くまで来ているよ」

 

 ユキトがヘブンズ・アイズをチェックすると、顔を向けて「はい」と応えたエリーは自分も3Dマップを確認し、ふっと瞳に不安をにじませた。

 

「……あの人たち――神聖ルルりんキングダムも合流するんですよね?」

「うん」

 

 うなずき、ユキトはちらっと北東の方を振り返った。

 

「――高峰さんたちも、じきに着くはずだ」

「大丈夫でしょうか? コリア・トンジョクとは犬猿の仲みたいですけど……」

「高峰さんも手を組む必要性を感じている。だから、僕たちの要請に応じたんだよ」

「黒の十字架……篠沢さんのことはひとまず置いて、ヤマトに対抗するため……」

「そうしなければ、ヤマト護魂戦線のようになりかねない……当面の利害の一致で集まる訳だけど、僕はみんなが力を合わせる中で距離を縮めてくれることを期待しているんだ」

「斯波さんの考え、分かります。でも、正直不安です。あのツインテールの人、どんどん危なくなっている気がします……」

「はは、自分は神だとか言ってるしね……」

 

 苦笑したユキトは、ジョアンを思って目元を陰らせた。黒の大流動でばらばらに流されて以降、彼のアイコンはヘブンズ・アイズに表示されず、コネクトもつながらないままだった。

 

(……無事だと思いたいけど……生きているなら、そのうち高峰さんの近くに現れるよな?……)

 

 また北東を振り振り返ると、視界に人影――赤い韓服姿が映る。

 

(ユン・ハジン――王生雅哉……)

 

 黒カプシンで小石を蹴って近付いて来た少年はユキトと合った視線をスッと外し、エリーを間に立って一つ年下の少女に話しかけた。

 

「まだ見えないみたいだね、新規加盟の人たち」

「はい。ハジンさんもお出迎えですか?」

「族長の代理でね。他のメンバーは狩りや偵察で不在だから」

「忙しいんですか、クォンさん?」

「族長は神聖ルルりんキングダムを待ち構えているんだ。ひどい目に遭わされたから、心中穏やかじゃないんだろうね」

「そうなんですか……――心配ですね、斯波さん」

「うん……」

 

 うなずいたユキトは、エリーの頭越しによそよそしい横顔をうかがって右上腕にかかる指をもぞもぞさせた。

 

(……こんなふうにされることを僕はしたんだ……だから――)

 

 腕組みを解いて踏み出し、ユキトはユンの前に回って戸惑う顔に向き合った。

 

「な、何ですか?」

「……ごめん」

「えっ?」

「僕は君がひどい目に遭っているのを見て見ぬ振りしたり、乱暴しかけたことさえあった……本当に悪いことをしたと思う……ごめん……」

 

 横からエリーに見られながら頭を下げるユキト……一方ユンは言葉を詰まらせ、口をもごもごさせた。

 

「……べ、別に気にしてなんかいませんよ、そんなこと……」

「許してくれるのか?」

「だ、だから、ぼくは別に……――あっ、き、来ましたよ」

 

 言われて振り返ると、手の爪くらいの揺らめく人影が複数見えた。それらはやがてフェイス・スポットに足を踏み入れて姿形をはっきりさせ、笑顔で手を振った。

 

「ご無沙汰してます」

 

 晴れやかな笑顔で迎え、会釈するユキト。阿須見ノエル、ミリセント・サカキ、遠山冴織、大鳥拓巳、坂本蓮吾――Unknown調査で一緒だった顔ぶれだ。

 

「お出迎えかたじけないでござる、斯波殿。――葉殿とハジン殿も」

 

 西洋甲冑で全身を固め、大剣を肩に担いだミリセントが面頬を上げて挨拶し、カジュアルな私服姿の坂本や阿須見たちがそれに続く。

 

「頑張ってるみたいだなぁ、斯波君」

 

 大鳥がユキトの肩を叩き、肌や肥大した右腕を間近で見て黙る。

 

「……僕、大分黒くなっちゃいましたよね」

「いや……」

「そんなことないよ~」慌てて横からフォローする遠山冴織。「ちょっと日焼けしたくらいのもんじゃん。まだまだ全然へっちゃらだってー――ねぇ、坂本君?」

「そ、そうっすよ、斯波先輩。何ていうか、その……」

「そう簡単に負けないつーの」阿須見が励まし、右手親指を立てる。「今の斯波君からはパワーをビンビン感じるからな。呪いだってねじ伏せられちまうさ」

「ありがとう、みんな。――それはそうと、あのときのメンバーが勢ぞろいにはならなかったですね……」

「沢城さんたちは残ったんですよね?」と、エリー。

「そうでござる。沢城殿、檀殿、久喜宮殿……ヤマトを抜けると決めたとき、誘ったのでござるが……」

「ヤマトの一般メンバーを守るためだよ」大鳥が引き取る。「矢萩の暴政を少しでも抑えようと、あえて残ったんだ」

「そうなんですってね……」と、ユキト。「でも、大鳥さんたちが加わってくれるだけでも助かります。よろしくお願いします」

「こちらこそだよ~ アンタのもう一度ハーモニーを目指そうって呼びかけ、あれでサオリたちは同盟参加を決めたんだしね」

「そうそう」腕組みし、坂本がうんうんうなずく。「あの憲章もよくできてますよね~ あれ、斯波先輩が考えたんですか?」

「いや、エリーが草稿そうこうから全部作ったんだよ」

 

 感心の目が集まると、エリーは恥ずかしそうにうつむいて両手の指を組み合わせ、「大したことありません……」と恐縮した。

 

「謙遜することないですよ」ユンが褒める。「葉さんには才能があるんだと思います」

「才能だなんて……既存のを真似して作っただけです……」

「エリーには色々と助けてもらってるよな。今日は僕と料理当番なんだけど、ちゃんとサポートしてくれるしね」

「えっ、料理当番とかあんの?」阿須見が垂れ目を大きくする。「オレ、料理とかヤベーんだけどなあ……」

「はは、よほど不向きでない限りは狩りにしろ料理とかにしろ、みんなでやるって方針なので。――それじゃ……」

 

 ユキトは右斜め後ろを振り返り、プレハブハウス群の横――食堂と調理場の反対側――を指差した。

 

「――家をあの辺りに置いて一休みして下さい。メンバーが全員戻ったら、あらためて紹介しますから」

「じゃあ、甘えちゃお――あっ」

 

 遠山の声が注目を集め、視線の先に目を向けさせる。そちら――食堂のテーブルを越えたずっと先に黄金の巨影が付き従う隊列とセットでゆらゆら浮かび上がっており、微かに地響きが聞こえる中、コネクトを起動させたユンがクォンに神聖ルルりんキングダム勢の到着を知らせた。

 

「あの大聖堂みたいな車、ハイパーゴッデス号でしたっけ?」シャッターを切るように瞬きするエリー。「わたし、実物を見るのは初めてです……あれは、黒い大流動の被害を免れたんですね」

「うん」

 

 流動にゆがむ威容を見つめ、ユキトは続けた。

 

「……ピラミッドはほぼ全壊したってうわさだけど、あれは直前に地下へ潜ったからね。とはいえ、かなりやられたはず……」

「まだはっきりしないでござるが……」グレーの瞳の焦点を合わせるミリセント。「ダメージが残っているふうではござらぬ。おそらくリペアしたのでござろう」

 

「しっかし、御大層なバカデカ車よね。修理にどれだけポイントがいるんだか……」と、遠山があきれると、ユンが「行ってみましょう」と誘って歩き出す。ぞろぞろ食堂テントの横を回って迎えに出ようとすると、その前に調理場の陰から紫ベストと薄紫のパジチョゴリ姿が現れ、フェイス・スポットに入って明瞭になった神聖ルルりんキングダム勢に腕組みして相対する。ハイパーゴッデスキャノンを挙げて重々しく徐行していたハイパーゴッデス号がクォンとその後ろのユキトたちを見下ろす位置で停車、ツインテールのヘルメットをかぶり、胸に紋章が描かれた銀のプロテクターを装着したルル・ガーディアンズおよそ150名が整然と足を止めると、もったいぶった間をおいてから2階ベランダの扉が開いてツインテール太陽の黄金杖片手にゴッデス・ルルフが登場、鎌田キヨシと北倉ロベルトが左右に立って眼下をにらみつけた。

 

『皆さーん、ハイパーごきげんようっ!』

 

 ヘッドセットとスピーカー・アプリで増幅された声がキャンプに響き、出迎えの一同が着信したイメージ・コネクトを開くと、ウインドウいっぱいにルルフのまぶしい美貌が映される。無理矢理とりこにしようとする傍若無人なまばゆさ――が、まなざしを引き締めたユキトは以前迫られたときほど目がくらみそうにはならなかった。

 

『――さあ、もう安心だよー! ルルがリーダーになってあげるから、みんなでヤマトをこてんぱんにしちゃおうねー!』

 

 黄金杖が左右に振られ、見上げる者たちに傲慢な笑みがまかれると、先頭のクォンが「ふん」と一笑し、胸がむかついてたまらないと言わんばかりに顔をしかめた。

 

「勝手にリーダー宣言とは、ずうずうしいったらないな。何様のつもりか知らないが、まったくひどいもんだ。恥知らずにも程があるんだよ」

「何だとォッッッ!」

『ロベー、落ち着きなさーい』

 

 澄まし顔で北倉を抑えたルルフは屹立した鼻を上げ、ナメクジかムカデを見るようなまなざしを投げて歌うように嘲った。

 

『――みっともないなあ、負け犬さ~ん。峡谷でぼろ負けして、捕虜になって、賠償ポイントをいーっぱい取られて半ベソかいたくせに。そういえば、キャッスルに侵入して逃げたときも、このハイパーゴッデスキャノンの威力にビビりまくっていたわよねえ~ そんなふうに悪口言って憂さ晴らしするなんて、なっさけなーい! コリア・トンジョクのメンバーさんたちも、こんな人がリーダーで恥ずかしいなあ~――ねぇ、みんな~』

 

 鎌田、北倉、ルル・ガーディアンズ150名が肩を揺すって嘲笑し、打ち寄せる侮辱の波にさらされるクォンがキツネ目を細めてかぎ爪状にする。風が不穏な流れを見せてクォンの後ろの面々が表情をこわばらせたとき、ユキトは前に出てクォンの横に立ち、見上げて両手を広げた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、高峰さん。――クォンさんも。色々あったでしょうけど、けんかはやめて下さい」

「そ、そうですよ」ユンがユキトに近付き、言い添える。「力を合わせるために、ここにいるんですよね?」

 

 さらにエリーと阿須見たちが加勢して仲裁を図ると、クォンは唇の端をぴくつかせて薄紫の袖に爪を立て、ルルフは興ざめした顔で唇を尖らせた。

 

『別につまらない争いをするつもりはないよ。相手にする価値も無いし~。とりあえずは仲良くしてあげる。そうそう、ルルに仕えたくなったらいつでもハイパー大歓迎だから、皆さんよろしく~――それじゃユッキー、ルルたちはそっちにキャンプを張るからいつでも遊びに来てね~』

 

 ツインテール太陽がドーム屋根の集まりから離れた場所を示し、コネクトが終了、ハイパーゴッデス号とガーディアンズが移動し始めると、クォンは斥力ではじかれるように無言で立ち去った。

 

「よかったです……」

 

 エリーがユキトのそばに立ち、安堵する。

 

「――争いになったらどうしようって、気が気じゃなかったです。さすが斯波さんですね」

「いや、ただ止めたい一心でさ……それにほら、助けてくれたし」

 

 ユキトがユンに目をやると、まだあどけなさが残る顔が赤らんだ。

 

「ぼ、ぼくは指摘しただけです。何のために同盟に加わったのかを……」

「それでもハジン殿は立派でござる」

「そーよ」と、遠山。「ちゃんと上に意見できるなんて偉いじゃん。――ねぇ?」

 

 うなずき、評価する一同にユンはますますはにかみ、ミディアムの黒髪を揺らして頭を下げると足早にドーム屋根の集まりへ向かった。

 

「うまくいくといいですね、同盟」

「そうだね」

 

 ユンを目で追うエリーにユキトは首肯し、まくった袖から出る黒く腫れた右手に視線を落とした。はたして自分の狙い通り溝は埋まるのか、ヤマトの問題が解決した後も友好関係を続けられるのか、行方をくらませている紗季が再び現れたときは――そのとき、自分はどうするのか……そもそも、それまでこの命は持つのか……重苦しさが右腕から全身を蝕み、殴りつけるようなめまいに襲われたユキトはグッと奥歯をかんで揺らぎを抑え、踏ん張って己を支えた。

 

(……とにかく行動あるのみなんだ……そうしないと、答えだって……)

「――どうかしたんですか、斯波さん?」

「あ、いや……――それじゃみんな、僕たちはまだ後片付けが残っているので……」

 

 迷いを隠してユキトは仲間たちに言い、大切なものを握り締めるように右こぶしを固めると、エリーの先に立って調理場の方へ急いだ。