REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.55 戦場を駆ける振袖

 

 霧雨で煙る平原に雄叫びがとどろき、ずるずる流れる草を泥まみれのノビータイヤがひいて千切り――せきを切って連続する銃声、砲声が一帯を破壊のちまた・・・に変貌させる。ヤマト護魂戦線全滅の報をきっかけに加賀美潤率いるヤマト軍総勢20名は流動を駆けて襲いかかり、コリア・トンジョク勢の先鋒を任されていたオートマトンの壁を瞬く間に突破した。

 

「――くっ、やり繰りして買ったオートマトンが……!」

 

 ATVにまたがったクォンは光のちりになる自動人形たちに歯がみし、自分の前に翼を広げた形で展開させた赤い韓服姿11名に眼光をひらめかせると、ドッペルアドラーを握る右手を薄紫の袖と振ってコネクトのウインドウに吠えた。

 

「――総員攻撃開始ッ! 奴等に殺されたくなければ、死に物狂いで戦うんだッ!」

 

 脅しに赤ベストと朱のパジチョゴリの面々は身震いし、構えた火器のトリガーを引きながらヤマト軍の黒い波に遮二無二突撃して苛烈なせめぎ合いを繰り広げる。だが、その拮抗は地面を削って駆け回る四輪駆動の黒い獣――異様な鬼気に押され、崩れた。

 

『――ぞ、族長!』コネクトでユンが狼狽する。『〈振袖〉を止められませ――うわあッッ!』

 

 クォンの視界でATVにはねられたユンが転がり、二刀流の旋風が繰り出されるロッドをはじいてファンを斬り、バリアで弾丸をはじきながら爆走してイ・ジソンのアサルトライフルを一刀両断する。敵を寄せつけない獰猛さが生む空隙――それ幸いと発射されたグレネードが炸裂してATVの黒い破片やパーツを飛び散らせ、車体から外れたノビータイヤを地面に転がして倒すが、爆発寸前、黒革ブーツでサイドステップを蹴って跳び、宙返りして着地した黒地振袖少女はグレネードランチャーをイジゲンポケットに戻すホン・シギに長い黒髪を躍動させて走り、投げ付けられた鎖付き円盾を赤い柄巻きの二刀――滝夜叉でギィンンッと跳ね返して懐に飛び込むや裾を乱す黒タイツの脚で下腹部を蹴り、メガネを地面にこすりながらのたうつ体を飛び越えてクォンへ加速した。

 

「ちっ、南ルーツはまったくふがいない……ひ弱ぞろいだ!」

 

 ドッペルアドラーを握り締め、左手でスロットルをグイッと回して、一直線に飛んで来る『振袖』めがけて急発進するクォン――

 

「――そんななり・・で、走るんじゃないッ!」

 

 雨粒をはじき、突っ込むATV――だが、それは黒髪と帯が立て矢結びの振袖を躍らせたターンでかわされ、振られた白刃から飛ぶ数本の氷柱が横手からクォンを撃つ。直撃で吹っ飛び、転落したクォンはすぐさま跳ね起きて斬撃をドッペルアドラーで受け、くろがねの面頬で鼻から下を隠す少女の寒々しい瞳をにらみつけた。

 

「着物に鉄のマスク――ふざけた格好だな、加賀美潤!」

「――ハアッッ!」

 

 潤が押し飛ばし、阿修羅の斬撃を繰り出す。二振りの刃が凶暴にひらめいて振袖が躍動、描かれた炎の桜花が闇夜の嵐で吹き散っているかのように見える。圧倒されるクォンはドッペルアドラーを2本のショートスピアに分離させて対抗しようとしたが、自暴自棄にアクセルを踏み込むような猛攻をしのぐので精一杯だった。味方はそれぞれヤマト軍と交戦していて加勢が困難だったが、そもそもクォン自身助けを求めようとはしていなかった。

 

「――いかれ女ごときにィッ!」

 

 怒鳴り、飛びのきざまに左手のスピアを投げつけ、滝夜叉がそれをはじく隙にヒートストリングスを放つ――が、数条の熱線は氷晶の猛吹雪――クレイジーアイスと激突してボウッッと水蒸気爆発を起こし、あおられてよろめくクォンへ煙から黒地振袖が飛び出し、刀身を気でぎらつかせてスペシャル・スキル――緋修羅を放つモーションに入る。

 

「――くッ!」

「――食らえェェッッ!――」

 

 血の気が引くクォンを至近距離から襲う刃――その斬撃が横からの一撃で狂い、衝撃で5、6歩よろけた潤はそぼ・・濡れた草を踏みつけて体勢を立て直し、殺気みなぎる目を転じて眉間をゆがませた。意外そうなクォンの視線と重なる地点に立っていたのは、ワイシャツの両袖をまくり上げて出した腫脹した黒い右腕と浅黒い左手を下げ、葵乃高等学校のスラックスをはいて黒革ローファーで流れる緑を踏む姿――

 

「斯波ユキト……」

 

 潤を警戒しながらクォンは斜のユキト――以前よりいくらか大人びた顔と骨組みがしっかりした感の体に刮目し、口角をつり上げて安堵混じりの嫌味を投げた。

 

「――しばらく見ないうちにずいぶん肌の色が変わったな。散々シカトしていたのが、どういう風の吹き回しだ?」

「すみませんでした、クォンさん」

 

 ユキトはクォンを見て素直に謝罪し、滝夜叉を中段で十字に構えて冷たくにらみつける振袖少女に病を押すような動きで身構えた。

 

「――彼女の相手は僕がします。クォンさんは仲間を助けに行って下さい」

「……ふん、いいだろう。譲ってやるよ。感謝するんだね」

 

 クォンがサッとメンバーの加勢に走ると、ユキトは数歩で刀の間合いに入る位置から潤を見つめ、面頬で鼻と口を隠し、自らを焼くように燃え盛る柄の黒地振袖姿をいぶかった。

 

「……何で、そんな恰好をしているんだ?」

「関係ないでしょう」

 

 突き放していびつに目を細め、霧雨に濡れる滝夜叉の切っ先が向けられる。

 

「待ってくれ! どうして君はいつまでも言いなりになっているんだ? あんな矢萩ヤツのッ!」

「逆らったら殺されるわ」他人事のような声。「ヤマト護魂戦線がどうなったか、ヤマトがみんなに送ったメッセージで知っているでしょう?」

「こんなこと、していちゃダメだ!」

 

 語気強く言い、ユキトは一歩踏み出した。

 

「――そんな鉄のマスクをして、軍服を着ていないのは、要するに拒絶反応なんだろ? だったら僕と一緒に戦ってくれ! この世界を少しでもまともにするために!」

「……お断りだわ。第一、あなたなんかにそんなことできるもんですか」

「潤っ!」

「馴れ馴れしいッ!」

 

 草を蹴り、左右から袈裟がけに斬りつけて――バリア強化した両腕ではじいたユキトは、たたみかける斬撃をさばきながら暗く燃える眼光に説得を続けた。

 

「――信用できないのは分かるよ。僕はだらしなくて――いつも自分のことばかりでッ――」

 

 のけぞった眼前を刃が走り、バリアをかすめて火花を散らす。

 

「――一緒にいたのに、君が抱えているものに気付くことも――気付こうともしなくて――だけど、それじゃダメなんだ! だから――」

「――ごちゃごちゃと……うるさいわねェッ!」

 

 バリアを破った刃が、ワイシャツごと右上腕を突く。激痛に顔をしかめたところで腹を前蹴りされ、よろけて後退した体が光刃で滅多斬り――ずたずたのワイシャツ、スラックス姿が鮮血を飛び散らせ、霧雨の中を無残に転がる。

 

「……くっ……!」

 

 血で汚れた体を起こし、うめきをかみ殺しながら立ち上がって……再び中段・十字に構える潤にファイティングポーズをとり、深呼吸をして気を練るユキト――デモニック・バーストが発動、全身に強い光が宿ると、面頬の上で切れ長の目が引きつり、細い眉がもだえるように動く。

 

「……そんなことしていると、どんどん寿命が縮むわよ」

「どうだっていい。君に信用してもらうためなら……!」

「……笑わせるわね」

 

 2本の刀がグワッと振り上げられ、両上段の構えに――

 

「つまらない罪悪感かナルシズムか知らないけど、それくらいにしておけばッ――!」

「違うッ!――」

 

 踏み込む潤が振り下ろす滝夜叉――重ねた両腕でガッッと受け止め、バリアの火花を散らしながらユキトは冬の荒野のような瞳に食い入った。

 

「――こんな君でいて欲しくないんだ! そのためにできるのは、向き合うことだけなんだッ!」

「余計なお世話よッ! あなたの顔なんか見たくもないんだからッッ!」

「潤ッッッ!――」

 

 せめぎ合う力が周囲の空間をさざめかせ、平原を荒々しい波紋で乱す。急激に激しさを増し、一帯を揺さぶる波動――その中心でユキトは鳴動する腹の底から灼熱の雄叫びを噴出させ、あらんかぎりの力を――

 

「――うおおおおおおッッッ!」

「――くぬッッ!」

 

 滝夜叉をはじかれた潤が後ろによろけ、バッと振袖を翻らせて逃げ出す。追おうとしたユキトが氷晶の吹雪に足止めされ、両腕のガードを下げたときには、燃え散る炎の桜花柄はイジゲンポケットから出現させた予備のATVにまたがって揺らめく霧雨に突っ込んでおり、程なくヤマト軍の潮が引き始めた。

 

「……まだ、話は終わっていないんだぞ……」

 

 つぶやき、光を消したユキトは巨岩を背負ったかのように前へかがみ、曲がった膝に両手を突いてあえいだ。浅黒い肌の毛穴から脂汗があふれ、どろどろ流れる地面へ滴る……と、そこにイメージ・コネクトが着信、開いたウインドウにエリーの心配そうな顔が映る。

 

『無事ですか、斯波さん?』

「うん、かすり傷くらいだよ」

 

 血だらけの体を隠し、今にも崩れそうな表情が微笑で無理矢理繕われる。

 

『……よかったです……ヤマト軍、退却したみたいですね』

「まだ近くにいるかもしれない。エリーはもう少しそこで新田さんと待っててくれ」

『はい。できることがあったら、いつでも呼んで下さいね』

「ありがとう。じゃ、また後で」

 

 コネクトを終えたユキトは重い息を吐いて左手の平と甲で顔の汗を拭い、クォンを先頭に得物を握ったまま近付いて来る韓服の一団に気付くとイジゲンポケットから出したギガ・ポーションを振りかけて体と服を完全回復させ、背筋を伸ばして待ち受けた。負った傷をポーション等で治癒させたコリア・トンジョクメンバーはユキトをぐるりと囲み、正面に立ったクォンが腕組みをしてじろじろ見ながら問う。

 

「それで、いったいどういうつもりで飛び込んで来たんだ? ようやくヤマトと戦う決心がついたのか?」

「お願いがあります」

「ん? お願い?」

 

 流れる空間や地面に揺るがず立ち、真っ直ぐ見つめ返すまなざしにクォンは顔を引き、「何をお願いしようって言うんだ?」と、いつになく居丈高にただした。

 

「力を貸して下さい」

 

 ユキトはユンたちコリア・トンジョクメンバーを見回して再びクォンに焦点を合わせ、深々と頭を下げた。

 

「――みんなに協力してもらいたいんです。この世界を変えるために」