REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.54 魔王(2)

 暗雲へ稲妻状に伸びる黒ずんだ広葉樹群の間――赤黒い閃光が走って爆発音がとどろき、爆心地付近の木々を瞬時になぎ倒した凶猛な爆風が空間を激しく揺さぶって森を席巻する。鳥獣たちの絶叫がどす黒く濁った空に飛び散り、焼け焦げた樹木の臭いが辺りに立ち込めたときには、十数秒前まで表示されていた死刑執行寸前という絶望的な顔が二つ、コネクトのウインドウから消えていた。

 

『……飛高ひだかさん、竹本さんのアイコン、マップ上から消失……!』

 

 ウインドウ内にただ一つ残った、脂汗と額や頬の傷から流れる血で汚れた蒼白な顔――迷彩柄の襟と胸を映り込ませるベリーショートヘア少女・三嶋あんのかすれ声に、ねじれて傾いた幹の陰で九十九つくも式自動小銃を抱え、地面から張り出した根の間にうずくまる青年――ヤマト護魂戦線リーダー・森川マサルはずたずたの迷彩服姿を震わせ、ムカデのような葉を黒い戦闘靴とズボンの裾にまとわりつかせて揺らめく下生えに角顔から冷たい汗をぽた、ぽた、と滴らせた。リアルにいた頃、大学とバイトの合間にボクシングジムに通って鍛えた体が、すっかり萎えて縮んで見える。

 

「……く、くうッ……!」

 

 歯ぎしりして立ち上がったところで、迷彩の裂け目からえぐれた肉がのぞく左太ももの激痛でよろめき、ひび割れた樹皮に背中をぶつけてこする。矢萩の居城――〈ヤマト王城〉を夜襲して寝首をかく計画は親衛隊と三人衆、そしてウルトラパワーの前にあえなくついえ、光のちりにされるのを免れた同志と命からがら森に逃れ、各方面にげきを飛ばしたヤマト護魂戦線だったが、踏み入って来たヤマト軍に追い詰められるメンバーは皆手持ちのポーションはおろか、StoreZから購入するポイントさえ尽きてしまっていた。

 

「……くッ! な、なぜHALYはあんなクズにこれほどの力――」

 

 今し方の爆発より近く――数百メートル先で赤黒い光が炸裂して森が揺れ、陰からおじけた顔でうかがう森川の目に勢力圏を拡大させながら迫る黒煙と炎が映る。

 

『もっ、森川さんッ!』震え上がった三嶋が叫ぶ。『連中、森を破壊しながらこちらに進軍していますッ!』

「重要な狩場だろうとお構い無しか……! くそっ! 神聖ルルりんキングダムとコリア・トンジョクが足止めされていなければ……!」

『――ああッ!』

 

 映像内で三嶋が悲鳴を上げ、半狂乱で右往左往する。

 

『――ヤ、ヤマト軍――矢萩――ギャアアアアッッッ!』

「三嶋ッ!」

 

 200メートルほど先で噴き上がる爆炎――地面がひっくり返り、黒焦げた大小数多の木片や燃える小枝が間近の惨劇にすくみ上がった木々の枝葉、幹、下生えにバラバラバラッと叩きつけられる。とっさにかがみ、自動小銃にすがる両腕の間に頭を伏せた森川は、足元近くにいくつも飛んで来て下生えを打つ欠片に顔を上げ、両目で恐怖を爆ぜさせた。それらが三嶋の肉片に見えたのだ。

 

 こっ、このままでは――

 

 もはや誰も映っていないコネクトを閉じ、あたふたと立ち上がって左足を引きずりながら逃げ出したとき、森をむさぼってごうごうと燃え盛る炎と立ちのぼる煙の壁をぶち抜く赤黒い光線――今まで身を隠していた木の根元が直撃されて爆発、ずたずたの迷彩服姿を海老反りにさせて吹っ飛ばす。土や四散した木ごと地面に突っ込んだ森川がうめく後方でエンジンのうなりが、えぐられた地面を蹂躙するごつごつしたノビータイヤの音が大きくなる。

 

「――見ぃーつけた! 悪あがきはやめなよ、裏切り者さぁーん! アハハッ!」

 

 体を起こし、振り返った森川は後方――破壊でできた、幾筋もの煙を上げる窪地から続々と現れる四輪駆動の黒い猛獣、そしてモデル人形然としたのっぺらぼうのロボットたちに凍り付いた。じわじわ接近するマシンの上で、ハンドル片手に獲物を指差してはしゃぐ入谷玲莉――その両翼で同じくATVを徐行させる真木カズキと中塚崇史。ヤマト軍の黒軍服を着た彼女たち矢萩三人衆には九十九式自動小銃・改を携帯したオートマトン約40体が整然と隊列を組んで従い、さらにその後ろに入谷たちの運転するものより車体が一回り大きい、尊大な印象の2人乗りATV――オートマトンがハンドルを握る運転席の後ろ、一段高くなった後部座席で股を開いてサイドステップに足を投げ出し、肘掛にでんと肘を置き、残忍な快感で緩んだ口に吸引器をくわえる矢萩のふんぞり返った姿が見えた。肌の上にじかに着たワイシャツと黒軍服のジャケットのボタンを上から四つ外してはだけた胸では、赤黒い半球が高鳴っているかのようにぎらぎら輝いており、SOMAでどろっと溶けたまなざしにも同質のおぞましい炎があった。

 

「は、は、はっ!」

 

 矢萩は青ざめた森川が恐る恐る立ち上がり、じりじり後ずさるのを見てせせら笑い、酔っ払いのようにいささか回らない舌を動かし、声を張り上げて楽しげに恫喝した。

 

「――ふふ、年貢の納え時ってヤツだら、森川。ザコの分際でこの俺様に逆らひやがるとはなあ! へへ……」

「や、矢萩……!――」

「おおっとぉ!」

 

 サッと突き出された右手の先から矢尻型光線――ブラッド・アローが飛び、走り出そうとした森川の前方で爆発して足を止める。面倒そうに腰を上げた矢萩はサイドステップを蹴って跳び、運転席のオートマトンの頭上を軽々と飛び越えて三人衆の前に着地すると、黒革ブーツで地面を踏みつけ、森川が悲鳴に似た叫びとともにフルオートさせる九十九式自動小銃の弾をバリアではじきながら近付いた。

 

「テメエでラストだな、くっくっくっ……言っとくが、土下座して泣き叫びならら命乞いしてブーツにキスしまくったって無駄らぞ。リアルに病弱な母親と幼い弟妹がいるとかにゃんとかってなお涙ちょうだいを聞かせたとしてもな。俺様に逆らうヤツには『死』あるのみ。それがヤマトのルールだからら! ははははははははっ!――おい中塚、こいつのころもしっかり撮れよ。俺様に逆らうとどうなるか、見せしめにしてやるんら。くくく……」

「は、はい」

 

 中塚が動画撮影アプリ・MoBeeを操り、羽をはばたかせて飛行するハチ型カメラが今や互いの距離が10歩を切ろうとする両者――自動小銃を投げ捨ててイジゲンポケットから取り出した日本刀を正眼に構え、切っ先を震わせる森川と、くわえた吸引器をスキップでもしているように上下に揺らす矢萩を横から撮り始める。

 

「おい、森川ァ、首謀者のテメエは念入りになぶり殺ひてやるぜ。ありがたく思えよ~」

「だっ、だ、黙れ、ジャンキーッ!」

 

 震える切っ先を突き出して威嚇し、森川は舌鋒ぜっぽう鋭く返した。

 

「――貴様ッ、SOMAを蔓延まんえんさせた罪悪感はないのか? 言い逃れはできないぞ! 貴様が酒の席で新田さんや佐伯さんをこけにしながらながらべらべらしゃべっているのを聞いた者がいるんだからなッ! 貴様は自分が何をしたか分かっているのか? SOMAがなければ見張りがあそこまで怠られることはなく、ラー・ハブ事件の犠牲はもっと軽く済んだはず――死人だって出なかったかもしれないんだぞッ! なのに、恥知らずの貴様はあの悪趣味な城の地下に製造所を造り、重税とベース・ギャランティ制度を廃止して得たポイントをつぎ込んでッ! 貴様のようなゲスにはリーダーはおろかヤマトオノコを名乗る資格すら無い! 己の醜悪な姿を佐伯さんと比べてみるがいいッッ!」

 

 まくし立て、残弾尽きたように息切れする森川を矢萩は鼻で笑い、刀の間合いぎりぎりで立ち止まって甘ったるい煙をフウーッと吐き出した。

 

「弱い犬ほどよく吠えるってろは本当だなぁ。しかも、頭も悪いときた。いいか、この俺様は比類ないウルトラパはーを持つ最強の存在。それはイコールもっとも優れた者であり、取りも直さず至高のヤマティストってことら。その俺様がすることに間違いなんかにゃい。テメエら凡人どもはおとなしく従っていればいいんらよ」

「――ほざくなッ!」

 

 飛び出し、喉元を狙った突きがバリアにはじかれ、折れた刀身が回転して地面にザッと突き刺さる。後ずさった森川は出現させた一〇八式拳銃を代わりに握って近距離から連射したが、矢萩はガラス越しに水鉄砲を撃たれているような顔で弾切れを待っていた。

 

「……もう終わりか、森川?――ああんッ!」

「――ぐわあッ!」

 

 拳銃を突き出していた右手がガッとつかまれ、グリップとともに骨がバキバキ砕ける激痛に森川の顔が無残にゆがみ、必死に逃れようとのけぞる体が突っ張った。矢萩がパッと手を放すと、森川は潰れ、折れた骨が突き出た血まみれの右手を抱えて膝を折った。

 

「ああ、悪い悪い。なにしろ俺様はウルおラだから加減ができなくてな~ 勘弁してくれよッ!」

 

 うつむいてうめく顔がブーツのつま先で蹴り上げられ、砕けた顔が枝葉の間からどぶ色の雲を仰いで後頭部がドッと地面を打つ。歯が折れ、唾と混じった血があふれる口から漏れる苦悶――それは矢萩の右手から生じて投げつけられ、腹に突き刺さった六芒星形の暗赤色の光刃によってひと際高くなった。

 

「どうら、〈アスタブレイド〉の切れ味は?」もだえる足側から、にやにや見下ろす矢萩。「たっぷり味ああせてやるよ、俺様のウルトラパワーをなァッ!」

 

 タクトを振るように吸引器が揺れるたび、軽く振られる右手からフリスビー大のヘキサグラムの光刃が腕、胸、太ももに突き刺さって悲鳴をはじけさせ、血の染みをずたずたの迷彩柄に広げる。それをMoBeeが横、上、斜めとアングルを変えて撮影し続け……やがて、悲鳴がかすれて切れ切れになり、森川のまぶたが半分以上下りたところで矢萩は煙混じりのため息をついた。

 

「残念だが、飽きちらったよ。もう消へろ。消えてボーナスポイントになって俺様の役に立て」

「……クズめ……きっと佐伯さんの英霊が呪い殺して下さるだろう……」

「あはは、ふばけたこと言ってんな、よォッ!――」

 

 喉仏めがけて思いっきり投げつけられたアスタブレイドが首を半分断ち、鮮血を噴出させて痙攣する身を間も無く絶命させる。そして肉体――アストラルが光のちりになって消えると、森川が持っていたスズメの涙ほどのポイントにボーナスポイントを上乗せした額が矢萩に振り込まれた。

 

「ふん、何が佐伯だ……」

 

 森川が消えた跡をにらみ、ひとりごちる矢萩。嘲りにゆがんだその唇の端が引きつり、そして笑おうと曲がりかけたそのとき――