REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.54 魔王(1)

 雲の濁流から針のような小雨が降って密生した下生えを打ち、まだらにある池塘ちとう水面みなもに波紋を描く。雨で煙り、陰気なにおいがじっとり立ち込める湿った草原……後藤アンジェラは赤いサイドポニーテールを左肩に流した黒外套の下で腕組みをして立ち、ゆらゆら不安定に揺らめく湿原――数時間前、北倉ロベルト率いるルル・ガーディアンズと衝突した戦場をブラックメタルフレームのメガネ越しに冷たく眺めていた。雨中にバリアで断絶されて浮かび上がるその姿は、凡俗を寄せつけない気高い美しさ――美し過ぎるがゆえにどこか冷酷にも感じられる――を彫り出された聖者の像のようだった。

 

「……駿河するが中尉ですか」

 

 濡れた草を踏む足音から判断して少し振り返ると、数歩斜め後ろでハタチそこそこの少年が営業社員を連想させる媚びた笑顔で敬礼する。駿河マコトは再び前を向く後藤の隣に外套の裾を揺らして近付き、人1人分の間を空けて立つと上官の視線の先にある薄暗い揺らめき、次いで硬い横顔を見て恐縮し、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「オートマトンがすべて破壊されてしまったとはいえ、雨の中、小隊長殿自ら見張りをなさるなんて……すぐに代わりを呼びますから、本部にお戻り下さい」

「今回の戦闘で皆手傷を負い、消耗しているのです」

 

 後藤は揺らめきの彼方を見ながら、そっけなく返した。

 

「――彼等には休んでもらわなければなりません。神聖ルルりんキングダムの部隊が、いつまた攻め寄せて来るか分からないのですから」

「おっしゃる通りではあります。連中、クーデターに失敗して森へ逃げ込んだ反逆者どもに呼応していますからね。それにしても……」

 

 ヘブンズ・アイズを起動させた駿河は外套の下で腕組みし、3Dマップの縮尺を小さくして湿地帯を半径数キロに渡りチェックした。ステルス・モードにしてヤマトメンバー間でのみ位置表示を許可している自分たちのアイコンだけがマップ上にあり、神聖ルルりんキングダム勢のアイコンは表示されていなかったが、敵は2キロほど離れた沼沢地付近まで後退していることが先刻の偵察で確かめられている。

 

「……今回はどうにか押し返すことができましたが、次は果たして持ちこたえられるかどうか……オートマトン抜きで言えば、こっちが10名に対して相手はおよそ50。いくらヤマトに劣るとはいえ、バーサーカー・アイを装着してがむしゃらに突撃して来るツインテールどもは侮れません」

 

 焦りといら立ちをにじませた駿河は変化の無い横顔をうかがい、やり切れなさそうなため息をついて首を左右に振り、憤ってまくし立てた。

 

「しかし、矢萩リーダーもひどいですね。これだけの手勢でどうにかしろなんて……西部方面で戦っている加賀美大尉の部隊も編成は同じですが、10人ちょっとのコリア・トンジョクを相手にするのと比べたら、こちらの方がどれだけ苦しいか……しかも、補給も満足に受けられないせいで敵と戦う以外にモンスター狩りもしなければならないんですよ。矢萩リーダーたちは徴税で得たポイントで毎晩酒池肉林しゅちにくりんをやっているらしいのに……これは明らかに我々――小隊長殿への嫌がらせですよ。まったく、矢萩リーダーは好き嫌いが激しくて――」

「駿河中尉」

「はい。何でしょうか、小隊長殿?」

「批判は慎みなさい。処罰の対象になりますよ」

「は、はい……自分は、小隊長殿になら分かってもらえるものと……不満は無いのですか、小隊長殿は?」

「あなたの発言は聞かなかったことにします」目もくれずに言う後藤。「キャンプに戻って休みなさい。ここは私1人で十分です」

「……分かりました。失礼します」

 

 しゅんとして頭を下げた駿河がきびすを返し、プレハブの宿舎の集まりへ戻って行く。その背中に後藤は冷ややかな一瞥をくれた。

 駿河は矢萩の息がかかったスパイ。

 後藤を見張り、処罰の口実を得ようとたくらむ回し者。

 情報マネジメント局のトップを務めていた後藤は、ハーモニー設立当初から密かにメンバー全員の人となりについて日々の言動や交友関係、不特定多数宛てにアップされたコネクトのメッセージなどから分析しており、佐伯に代わってコミュニティ・リーダーになった矢萩に駿河がいち早く尻尾を振ったこともつかんでいた。イングランド系イジンで、世界大学ランキングでSランクと評価される皇成大学の学生――そこから推測される裕福な家庭環境。そのすべてが矢萩のかんさわる後藤はサブ・リーダーと情報マネージャーを罷免ひめん、ヤマト軍ナンバー2から降格の上遠ざけられ、寡兵かへいで敵と戦わされるといったこくな仕打ちを繰り返されていた。

 

「……もうじきね」

 

 つぶやいた後藤は雨足を強める空間のゆがみに目を細め、うっすら赤く色づいた唇を結んだ。