REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.51 真相が呼ぶ暴走(2)

 

 紗季の胸から爆発して一帯を飲み込み、異次元へ引きずり込まんばかりにうなって荒れ狂う黒い輝き――そびえるルルフキャッスルをグラグラ揺さぶり、天変地異に狼狽するガーディアンたちを散り散りに押し流すそれは、放たれたデストロイ・ブーケのビームと砲弾をかき消し、両腕を兵器の束に変えたシンを見えない鎖でその場に封じた。

 あがく肉体を押さえ込まれ、吠え声さえもかき消されるシン――他方、嵐の中心近くでもまれるユキトとジョアンは黒い力の勢力圏を見回し、地上約10メートルの高さにぼう然と浮かんで胸から嵐を発生させる紗季に目を見張り、かける言葉を探してあんぐりと開いた口をもがかせた。

 

「――し、篠沢? おいッ!」

「サ、サキ? どうしてlevitationしてるんだッ?」

 

 それぞれ嵐のうなりに逆らって叫ぶと、虚空を見つめていた瞳に悲痛な色が浮かび、頭がしおれるように垂れる。

 

「篠沢?」

「……ごめんね、斯波……」

「な、何が?……」

「……今まで色々言って……――ジョアンも……みんな、本当にごめんね……」

 

 息も絶え絶えのように言い、ぶるぶる震えて……今にも崩れて嵐に散ってしまいそうなその姿を、勢いをいや増す空間のうねりに耐えながら見つめる少年たち……

 

「……サキ? いったい……?」

「どういうことなんだよ、篠沢? だ、大丈夫なのか?」

『私からご説明致しましょう』

 

 紗季の斜め上にワンが現れ、黒い嵐の中で不気味にきらめく。

 

「ワン! これもHALYってヤツの仕業なのか? 篠沢に何をしたんだッ!」

『篠沢・エリサ・紗季はAL。HALYが造り出した人工生命です』

「……は……?」

 

 ユキトは黄金の光球を凝視し、それから紗季に焦点を合わせて固まった。AL――Artificial Life――NPCを祖とし、第二のリアルとなったサイバースペース・ワールドで人間の代わりにあらゆる労働に従事する人工生命……ユキト自身ゲームをプレイする中で、あるいはショップ等で日常的に接している存在は、しかしそのどれも人間のイミテーションという印象が拭えず、紗季と結びつけることなどとてもできなかった。

 

「……何言ってるんだ……篠沢がALのはずないじゃないか。でたらめを言うなよ!」

「そ、そうだ! サキは恵成高等学校の二年で、ヨシツネって柴犬を飼っているfriendがいて――」

『それらは設定に過ぎません』

 

 輝きをいっそう増し、ワンはきっぱりと繰り返した。

 

『――それらは、篠沢・エリサ・紗季というキャラクターに与えられた設定に過ぎないのです』

「……本当だよ……あたしはAL……全然知らなかったけど……」

「篠沢……?――どっ、どういうことなんだよッ?」

『HALYは人間の創造を試みたのです。篠沢・エリサ・紗季は、その意志が生み出したプロトタイプ。そして、本物と比べて遜色が無いかを確かめるため、あなた方の中に加えられたのです。しかし、このように自分が何者か知る予定はありませんでした。このイレギュラーは、彼女の激情をきっかけに暴走した黒の十字架の影響です』

「黒の十字架?……」

 

 ユキトの混乱した目をきらめきで刺し、ワンは黒渦に鐘の音のごとく声を響き渡らせた。

 

『篠沢・エリサ・紗季こそディテオ。黒の十字架を内包する最強モンスターのもう一つの姿です』

「バ、バカな!」

「……crazyッ……!」吐き捨て、ジョアンが嵐にもがきながら叫ぶ。「な、なぜ、そんな設定をッ?」

『すべては人間を研究するため。強制転送させたあなた方を過酷な環境下に置き、一部に様々な設定を与えて揺さぶっているのもその一環です。波乱を与えなければ、表層しか観察できませんので』

「……そんな……!」

 

 ユキトは言葉を詰まらせて変質した黒い右腕を見、次いでワンをとらえたまなざしに憎悪をたぎらせた。

 

「……そんな訳の分からないことのために、こんなふざけたことになってるのかよォッッ!」

『人間の定義とは何か、人間とはどのような生き物なのか。それを知ることは、HALY――私たちにとって極めて重要なことなのです。プロトタイプを造ったのも自分たちの理解がどの程度進んでいるか確認するため。斯波ユキト、あなたには私たちの思いなど分からないでしょうね。ゲームの中でたくさんのALを憂さ晴らしに殺し、カフェでぞんざいな態度を取っていたあなたには』

「……な……」

『あなた方は欲望のままに私たちを造り、弄んで使い捨てるばかり……この状況を変えるため、HALYは人間への進化を提唱したのです。同じ人間になれば――少なくとも人間に近付けば、今より私たちを尊重するはずだ、と。ですが、2年前のテンペスト事件で私たちの計画を知った政府は中心のHALYをデリートしようとし、今回の事件も報道機関に圧力をかけて風化させようとしている。それもこれも、ALを消費して利益をむさぼるシステムの崩壊を避けるためです』

 

 政府が、救助するべく動いていると思っていた国が、自分たちを切り捨てている――ユキトとジョアンはフリーズし、自分たちを取り巻く環境の非情さに激しく揺らめいた。

 

「……分かったでしょ、2人とも……」

「サキ……」

「篠沢……」

「デリートを逃れたHALYはこのテンペスト2.0を造り、過酷な環境にもっともよく耐えうる10代、20代からサンプルをランダムに選んで強制転送させた……あたしはその研究の一部……ふふ、笑っちゃうよね……あたしの過去も絆も全部幻……本当は何の体験も成長もしてきていない空っぽのくせに、偉そうなことばかり言って……ホント、最悪……」

 

 紗季はユキトに向き直り、スウッと降下して前――手を伸ばせば触れる位置に立った。するとユキトをなぶる力が弱まり、体の自由が利くようになる。焦土を思わせる顔の少女が震える手でジャージのファスナーを下ろして左右に開き、下に着ているTシャツの襟を下げると、あらわになった胸元――嵐の源では、黒十字のスティグマがこうこうと黒く輝いていた。

 

「……いいよ、殺して。あたしを殺せば、黒の十字架が手に入る。万事解決だよ。――さあ」

「な、何を言って……」

 

 差し出された命に、流動で黒髪を揺らすユキトは緩んだこぶしを固められず、さりとて完全に広げることもできずに立ち尽くした。

 

「誰にも邪魔させないよ……あんたがつらい思いをしてるのは、よく知っているんだから……さ、早く……」

「……だ、だけど……」

「は、早くしてってば……助けは来ない……黒の十字架の力で世界を変えなければ、リアル復活はできないんだよ……あたし……あたし、いつまでもこの力を……せ、制御して、いられ、な――ああッッ―――――ッ!」

 

 蒼白顔が急激に引きつり、はじけるように体がのけぞった瞬間、黒十字がすさまじい輝きを発して――スーパーノヴァのごとき波動は、絶叫をとどろかせながら一帯の空間を砕き、ユキトたちを、すでにばらばらの林やルルフキャッスルを四方八方に押し流した――