読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.50 赤い死の仮面(3)

 かすんだ光がともる密室に重苦しいため息が漏れ、よどんだ空気の陰りが増す……地下の小部屋に放り込まれてから8時間余り……打放しコンクリートの壁に重だるい体をもたれさせ、冷たい床に足を投げ出したユキトは、太ももの上の両手にがっしりはまった封印の手錠を、それから奥に便座がある3畳ほどの部屋を閉ざした鉄扉――天井の照明にぼんやり照らされる上部の監視窓と下部の食器口とをうっすら充血した目でにらんだ。

 

(……どうやってここから……高峰さんの機嫌を取れば……だけど、あの異様な魅力は危険過ぎる……どうしたら……ん?)

 

 不意に上階の方でドンッと鈍い音がし、階段を駆け下りて近付いて来る足音が聞こえて――腰を浮かしたユキトが扉を注視していると、監視窓が開いて見慣れた目が中をのぞく。

 

「いたっ! 斯波!」

「篠沢? 助けに来たのか?」

「そうよ。今開けるから、ちょっと下がってて。――ジョアン、ここにも一発お願い!」

 

 衝撃音を響かせて鍵が壊され、ゆがんだ扉が蹴って開けられて、ガスマスクをつけた紗季が部屋に飛び込んで来る。

 

「大丈夫、斯波? 変なことされなかった?」

「と、取りあえず……それより――」

 

 立ち上がったユキトは紗季同様ガスマスクをつけて扉のそばに立つジョアン、通路から中をのぞくクォンを不思議そうに見た。

 

「――どういう面子なんだよ、これ?」

「利害の一致ってのかな?――ジョアン、手錠を壊してあげて」

「人使いが荒いな、サキ」

 

 無愛想な顔でユキトの前に来たジョアンは指先から小さな炎を発生させ、封印の手錠の鎖に近付けた。ユキトが見つめる前で焼かれた鎖は溶けて切れ、手錠が光のちりになって消える。

 

「……ありがとう……」

 

 両手が自由になったユキトがぎこちなく礼を言うと、ジョアンは一瞥して視線を外した。

 

「まさか、また逃がすhelpをすることになるとはね」

「え?」

「あ、いや、何でもないよ」

「おいっ!」クォンが外でいら立つ。「のん気におしゃべりしている場合じゃない! ミストで制圧できているのは1階だけなんだ。上階からガーディアンズが下りて来る前に逃げるぞっ!」

「そうですね。――斯波、ガスマスクをつけて。上はミストが充満しているから」

「あ、ああ」

 

 ユキトはイジゲンポケットから出したガスマスクを装着し、クォンたちに続いて通路を走って霧がもわもわ広がり始めた階段を1段飛ばしで駆け上がった。電子ロックが破壊されて開け放たれた1階フロアへの扉がぼんやり見えたとき、頭上からダダダダッと階段を駆け下りる足音が迫る。

 

「――敵だッ!」

 

 クォンが叫んだ直後、ガスマスクをつけたガーディアンたちが1階と2階の中間階踊り場からアサルトライフルを階下に連射――クォンがヒート・ストリングスで応戦している間に、ユキトたちはバリアを強めて銃弾をガードしながら階段を上がり切って1階フロアに突入した。

 

「濃いな……2,3メートルくらいしか見えないじゃないか……!」

 

 目を凝らしてつぶやくユキト。シルバークラスの中でも下位のメンバーが居住する1階はミストにすっかり侵され、進む先からはうわ言を口にして徘徊したり、通路の端にうずくまって震えたりしているルルラーたちが現れた。

 

「まったく、terribleなスペシャル・スキルだよな」

「お褒めにあずかりどうも。光栄だよ。さっさとここからおさらばするぞッ!」

 

 再び先頭になったクォンはエレベーターホールを左折し、混乱状態のルルラーたちを突き飛ばしながらエントランスに向かって、びっくりしたように左右に開く自動ドアを通って外に飛び出すと、そのまま真っ直ぐ巨大カーリフトの屋根を走って金属音を連続させた。

 

「――ッッ?」

 

 地鳴りに似た動作音――鋼の地面が突然せり上がり、クォンと後続を大きくぐらつかせる。

 

「カ、カーリフトが上がっているっ?」よろめき、うろたえるユキト。

「このままじゃ、下りられなくなるわっ!」

「jumpするんだッ!」

 

 急ぎ、銘々屋根から飛び降りて――振り返ると、上昇するカーリフトが大聖堂を模した巨大黄金車両の威容を出現させ、エンジンのうなりを響かせる車体両脇のサイドドアがスライドして鎌田と北倉に率いられたガスマスク装備の一団が飛び出し、巨獣の眼光のようなハイビームの前照灯に照らされる賊を左右からアサルトライフルで狙う。

 

「救急隊とか並みのspeedだな……!」

「思った以上に迅速ね……!」

「貴ッッ様らァァッッッ!」

 

 ユキトたちから見て右の隊を率いる北倉が吠え、メガ・ナックル・ガントレットをはめた右こぶしを突き出す。

 

「――おかしな霧でメンバーを狂わせたのは、貴様たちだなァッッッ!」

「ハーモニー軍との戦闘のときも、妙な霧が出ていたって偵察から報告がありましたけど……」

 

 左の隊前で、鎌田が教鞭に似た魔法の杖をいじりながらジト目でにらむ。

 

「――あれはあなたのスペシャル・スキルですか、クォン・ギュンジ?……黙っているところを見ると、ビンゴのようですね。霧の魔人のそれに似た恐ろしいスキルですが、マスクをすればどうってことはなさそうですね」

「クォンさん」紗季がささやく。「もう少しミストを出せませんか? 煙幕にはなるし、うまくいけば視覚から作用して……」

「……今朝からまともに休んでいないんだ。これ以上は無理だ……」

「戦うしかない、のか……!」

 

 ユキトが体の重だるさを押して右手を黒い塊にすると、上方――ライトアップされたハイパーゴッデス号2階ベランダに立つ輝きからマイクとスピーカーとで増幅された高飛車な声が響き渡る。

 

『夜中にこんな騒ぎを起こしてくれちゃって……ルルの眠りを妨げた罪は重いわよ。覚悟しなさい。ふわあっ……』

 

 あくびをしたルルフは高みから地上を見下ろし、ジョアンに目を止めると右手に持った黄金杖をいたずらに揺らして唇を嘲りで染めた。

 

『よく見たら、ストーカー君もいたんだね。ついでに捕まえて、立派なルルラーになれるようユッキーともどもしつけてあげよっか?』

「ルルり――ルルフ! どこまでcorruptるつもりなんだ! 目を覚ませッ!」

『神様に対する口の利き方を知らないんだね。――ハイパーゴッデスキャノン、用意ッ!』

 

 コネクトを開いたルルフが命令すると、中2階部分から突き出た160ミリ榴弾砲が重々しく動き出してユキトたちに暗い砲口を向ける。

 

「やめてよ、高峰さんッ! 自分が何してるか分かってるの?」

『おバカたちに天罰を与えてあげようとしてるんだよ~――俯角20度、撃っちゃええッッ!』

 

 砲がドオォンッッッと咆哮して火を噴き、榴弾が身をかがめる者たちの頭上を飛んで後方の闇に吸い込まれ、耳をつんざく爆発音をとどろかせて――衝撃で大きくぐらつく後ろで天を侵さんと立ちのぼる炎と黒煙の壁……今朝よりも増している威力に蒼白になった顔を眺め、ルルフは唇をぬらっと舐めた。

 

『どう? 賠償ポイントの一部を使って強化したんだよ。破壊力がハイパーにレベルアップしてるでしょ。――さあ、おとなしく降伏してポイントとアイテムを残らず差し出し――』

 

 言い終わらないうちに凶暴な赤い彗星が闇をぶち抜いてルルフ――バリアを直撃し、周囲の空気を焼きながら拡散したエネルギーがベランダの屋根や手すりを破壊して金の破片を飛び散らせる。仰天しながらも踏みとどまったルルフは、高出力の赤いビームが飛んで来た方向――炎と煙が踊り狂う舞台を凝視した。

 

「――ゴッ、ゴッデス・ルルフ様ァァッッッッ! ご無事ですかァァッッッ?」

「だっ、誰だ! こんな蛮行をするのはッ!」

 

 蜂の巣を何百もつついたように大騒ぎするガーディアンズ。謎の攻撃者を紗季たちと探すユキトは、魔人化した右手から全身を切り裂くしびれに歯をかみ締めてうめいた。

 

(……これは……!)

 

 一同の視線が重なる炎から浮かび上がる、黒い人影の揺らめき……100メートル――90メートル――だんだん近付く影が前照灯の光の中で明瞭になると、集まっていた目が一様に驚きで見開かれる。

 まがまがしい光を帯びた黒光るビームキャノンの右手――あらわになっている黒い上半身とぼさぼさの金髪がかかる赤い仮面――

 皆が注視している前で重たげな荷電粒子砲の形が崩れ、グウーッと縮んで人の手に変わる。ユキトたちと30メートルほど隔てて影は黒い素足を止め、目が怒りでつり上がり、痛々しい傷が縦横に走る赤い仮面越しに人魂のようなドロドロとしたまなざしを感じさせた。

 

「……めざわりなサンカクをツブしにきたら、クソどもがゴチャゴチャいやがったな……」

「……その声……シンじゃない?」

「何?」クォンが紗季の方を見る。「シンって、あのシン・リュソンか?」

「……あのとき以来missingの……」

「そうよ」

 

 首肯した紗季はガスマスクを外し、前照灯に焼かれるように立つ対象をまじまじと観察した。

 

「……髪が伸びて肌が黒くなっているけど、あのカーゴパンツはいつもシンがはいていた物よ。――ねぇ、シンなんでしょ?」

「待て、篠沢っ!」

「斯波?」

「近付くな……!」

 

 隣の紗季を左手で制し、ユキトは焼けるような熱をはらんだ黒いこぶしを封じるように固めて、傷だらけの赤い仮面を恐れ混じりににらみつけた。

 

「……あいつは魔人だ。僕なんかより、ずっと進行した……!」

「えっ?――どういうことなの、シン! その変な仮面は何なのよ?」

『〈レッド・デスマスク〉です』

 

 あらぬ方向からの返答――ユキトたちの頭上に出現したワンが、きらめきながらいつもの調子で解説する。

 

『――あれは、シン・リュソンがレアモンスター『ニガ・モーズ』を倒して得たレアアイテムです。装着することで魔人になり、破壊的な力を発揮することができます』

『……それがどうだって言うの……?』

 

 黄金杖の石突きが、ガンと床を打つ。

 

『――神のルルにビームをぶっ放すなんて、何者だろうとただじゃ済まないわよ!』

「そッ、そうだッッ! 断じてッッ! 絶ッッ対に許されることじゃないッッッ!」

「ゴッデス・ルルフ様、ご下知を! 僕たちにあいつを討たせて下さいっ!」

『よく言ったね、ロベー、カマック。――ルル・ガーディアンズ、まずあの赤仮面をハイパーボッコボコにしちゃいなさいっ!』

 

 命令にルル・ガーディアンズがハイパー・ディバイン――と雄叫びを重ね、銃口を転じて一斉にトリガーを引く。しゃがんで巻き添えを避けるユキトたちの前でヒステリックな集中攻撃を受けて全身から派手派手しく火花を散らすシン――不意に、グラッと曲がる背中――

 

 ――終わりか?

 

 ――皆がそう考えた刹那、かがんだ姿から光の炎が噴き上がり、背中から無数の突起物がヤマアラシの逆立てた針のようにズオッと突き出す――

 

「――何だ、あれ?」

 

 上目遣いに見るユキトが言うと、横手でジョアンが「missileだッ!」と目をむく。

 

「……ふっとべ、クソども……!」

 

 憎悪が暗くはぜると、背中から生えた超小型ミサイルの群れがバアアッッッッと飛び立ち、尾を引く白煙を絡み合わせながらハイパーゴッデス号に、その周りのルル・ガーディアンズやユキトたちに雨あられと降り注いだ――