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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.50 赤い死の仮面(2)

 いくつもの林に囲まれてそそり立ち、ライトアップされて白く輝く大理石の巨大ピラミッド……星の欠片すら見えない夜空に映えるルルフキャッスルへ、てんでんばらばらに枝を伸ばす木々の間を風のように駆け抜けて接近する影――

 黒装束のクォン・ギュンジ――

 ヘッドギアに装着した暗視スコープを頼りに、黒カプシンで下生えを蹴って走り――傲岸な光輝がいよいよ近くなったところで突然クォンは木陰に飛び込み、イジゲンポケットから出したドッペルアドラーを握るや自分が走って来た方角をにらみつけた。

 

「……誰だっ!」

「クォンさん?――あたしです。篠沢です」

「篠沢? 篠沢・エリサ・紗季?」

 

 緑一色の画像に目を凝らしたクォンは、自分同様に暗視スコープを装着したジャージ少女が手を振るのを認めて唇を曲げ、陰から出ると近付いて来た相手を問いただした。

 

「どうしてここにいるんだ? 監視されていたはずだろう?」

「こっそり抜け出したんです」暗視スコープを上げる紗季。「皆意気消沈してて、あたしの見張りどころじゃなかったですよ」

「ちっ……!」

 

 舌打ちし、左手で暗視スコープを上げたクォンは目の前の紗季をにらんで吐き捨てるように続けた。

 

「――見張りもまともにできないなんて……まったく、当てにならない連中だ」

「らしくないですね」

「あん?」

「そんなふうにいらつくなんて、嫌味でずる賢いクォンさんらしくないですよ。少しクールダウンしたらどうですか?」

「何をっ……!」

 

 クッと上がったドッペルアドラーの穂先は間も無く戻り、苦虫をかみ潰したような顔が背けられる。

 

「……生意気な口を……それより、一体全体ここで何をしているんだ?」

「多分クォンさんと同じ――斯波を助けに行くんです」

「ふん、どうしてボクが斯波ユキトを助ける?」

「高峰さんに一泡吹かせるためですよ。それくらいしなきゃ今朝の雪辱はできないし、斯波に助けられっぱなしってのも気分良くないんじゃないですか? だから、勝利に浮かれて警備が緩くなっているところを突くつもりでしょう?」

「……断っておくけど、ボクはキミと――」

 

 キツネ目が横へひらめき、魔力を帯びて発光した左手がバッと闇へ突き出されて――

 

「――出て来い! 姿を見せろ!」

 

 臨戦態勢から凄むクォン――と、下生えがガサガサ音を立て、ドレスシャツにブラックストライプ柄ベスト、グレーのデニムジーンズ少年が闇からゆっくり現れて装備していた暗視スコープを上げる。

 

「ジョアン? ジョアンじゃない!」

 

 紗季が暗視スコープを下ろして確かめ、再び上げて歩み寄る。

 

「――あんた、こんなところで何してんの?」

「何をしようと勝手だろ」

 

 素っ気なく返し、ジョアンは枝葉のシルエット越しに鋭角なピラミッド上層を見据えた。

 

「――ちょっとあそこに用があるだけさ。勝利に酔っている今がchanceと思ったんだけど、まさか君たちとencounterとはね」

「ふっ、振られた女に未練タラタラタラ~なんだな」

 

 おちょくるクォンにジョアンはむっとし、目的地の方へ黙って歩き出した。

 

「あっ、ねえ、あたしたちもあそこに行くの。捕まっている斯波を助けるのよ」

「……悪いけど、Leave me aloneで」

「そうはいかないぞ、ジョアン・シャルマ」

 

 ドッペルアドラーを肩に担ぎ、斜め後ろから絡むクォン。

 

「――キミなんかにチョロチョロされたら迷惑なんだ。邪魔なんだよ。オーケー?」

「だったら、どうするって言うんだ?」

「ちょっと、ちょっと! 仲間割れはやめようよ」

「ん? 誰と誰がfriendsだって?」

「そうだ。おかしなことを言うのはやめてくれ。不愉快だ。とてつもなくね」

「あー、もうっ! とにかく、あたしたち3人ともあのピラミッドに潜入するのが目的なんだから、取りあえず協力しましょうよ。ばらばらに行動してたら、足を引っ張り合いかねませんよ?」

「ボクは、ルルフを改心させに行くんだ。purposeが違うよ」

「四の五の言わないの! まず斯波を助け出し、気付いたガーディアンズが捜索に出て警備が手薄になったところで高峰さんに近付いた方がいいんじゃないの?」

「それは、そうかもしれないけど……ええいっ、分かったよッ!」

「よぉし。――クォンさんもいいですね?」

「……ちっ、仕方ないか……」

「決まりですね。じゃ、お願いします、クォンさん」

 

 お見通しという顔の紗季にうるさげなため息をつき、「付いて来い」とぶっきらぼうに言ったクォンはドッペルアドラーをイジゲンポケットに戻し、暗視スコープを下げて走り出した。遮る木々を右に左に避け、林の闇を駆ける者たちの息づかいがはずんで――先頭のクォンが足を止めて後ろを手で制し、林が途切れる手前、ねじれた太い幹の陰から暗視スコープの望遠倍率を上げて200メートル弱先の輝きを偵察する。荘厳な大理石ピラミッドはクォンたちに右斜めを向けており、林が遮らない正面では、ハイパーゴッデス号を地下に収容した巨大カーリフトの屋根が地面に鋼鉄で長方形の領域を作っている。

 

「は~、こうして近くで見ると、とんでもなくご大層ね……ここで高峰さんとルルラーたちがシェアハウスしているのね」

「そう、宮殿兼奴隷牧場さ。ルルフが住む上層に少しでも近付こうと、ルルラーたちは共同生活で生活費を抑えながら競ってポイントを献上しているんだ。まったく、あのツインテールはとんでもない亡者だよ。――なぁ、ジョアン・シャルマ君?」

「……そんなことより、どうやってあそこにstealんだ? それに、ユキトはいったいどこに?」

「慌てるな。――見ろ、正面入り口……」

 

 暗視スコープ越しにうかがう紗季とジョアンに、クォンがあごで示す。最高級ホテルのそれをはるかにしのぐグレードのエントランスでは、ツインテールデザインのヘルメットをかぶったガーディアンが自動ドアの左右で眠そうにあくびをしていた。

 

「ミストを使うぞ。ガスマスクをしろ」

 

 紗季がイジゲンポケットから出し、ジョアンにStoreZで購入させてともども鼻と口を覆うと、クォンは右手をルルフキャッスルへ突き出し、指先から霧をフオオッと噴き出した。緑色の画面で霧は闇に紛れてエントランスへ這うように忍び寄り、警備の足元から巻き付くように顔へ――鼻へ口へと襲いかかるや、たちまちふらふらっと地面に倒れ込ませた。

 

「……あれ、poison gasなのか?」

「霧の魔人――首藤さんのと同じものらしいよ。幻覚で惑わすの。――ですよね、クォンさん?」

「ボクの方が、ずっとうまく使いこなせているさ」

 

 紗季を見やり、黒い胸を張ったクォンはジョアンにも聞こえるように注意した。

 

「キミは知っているだろうが、ミストは視覚からも僅かに作用する。気をしっかり持っておくんだね。――行くぞ」

 

 紗季たちを促したクォンはエントランスに素早く接近――丸まって苦しんでいるガーディアンの片方に近付くと蹴って仰向けにし、右手に出現させたドッペルアドラーを握って脇にしゃがんだ。

 

「おい、ボクが分かるな?」

 

 暗視スコープを上げたクォンを見て血走った目を見開くブラジル系少年の喉元に、殺気でぎらつく穂先が突き付けられる。

 

「――今見ている幻覚で悶死するか、喉を突いて殺されるか、どちらか選べ。さぁ、早く早く」

「……う、うう……や、やめ……」

「どっちも嫌かい? だったら、斯波ユキトがどこにいるか吐け。そしたら助けてやるよ」

「……ち、地下……地下室に閉じ込められているらしい……」

「地下室か。そこにはどうやって行くんだ?」

「1階フロア奥……エレベーターホール横の通路……突き当たりの階段から……」

「そうかい。ありがとさんコマウォ

 

 にやりと笑うや少年の顔に左手がかざされ、指先から噴き出たミストが鼻と口から押し入る――と、途端に表情がねじれにねじれ、戦闘服にプロテクターの姿がうめき、陸に投げ出された魚のごとく七転八倒――

 

「ちょ、ちょっと大丈夫なんですか、クォンさん?」

「殺しはしないよ。そんなことをしたら、キミがうるさいだろうからね。さて――」

 

 クォンはドッペルアドラーをイジゲンポケットにしまって自動ドアに向き直り、軽く体をほぐして深呼吸すると、暗視スコープを上げた紗季とジョアンへ抜き身のまなざしをひらめかせた。

 

「ミストをフロアに送り込み、その混乱に乗じて斯波ユキトを救出する。――それじゃ、始めるぞ!」

 

 黒カプシンが前に出るとドアがスーッと左右に開き、突き出された両手の先から噴出した濃霧が燦然とした内部へどっと流れ込んだ――