REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.50 赤い死の仮面(1)

 

 きらびやかな円柱型の密室がスウッと上昇――沈み込む感覚に襲われ、ユキトは重い頭をいっそう垂れた。

 

(……これさえなければ……)

 

 両手首にはまる封印の手錠から陰鬱な目をのろのろ動かし、自分の左前――コントロールパネル前に立つ北倉のがっちりしたレザーの背をうかがい、背後から見張るガーディアンの気配をスウェットパーカー越しに感じて眉根にしわを寄せ、むくんだまぶたをずるずる下ろす……戦闘に次ぐ戦闘の末に捕虜になり、ハイパーゴッデス号に収容されてルルフキャッスルへ連行、客室に放り込まれて取り調べを受け……そして、今はルルフが謁見するからと呼び出されて……早朝から半日弱の間に蓄積した疲労、それによって増しただるさが少年をひどく鈍らせていた。

 

「――おい、降りるぞッ!」

「――ッ?」

 

 北倉の野太い声にハッとすると、停止したエレベーターのドアが大広間へと開いていた。前後から挟まれて降りると、ベランダに続く正面のガラス戸から夕暮れ間近の陽が煩わしげに迎え、右側では金でごてごて装飾された両開きの白扉が、左右に立つ警護のガーディアンともども陰影を付けていかめしく待つ。それらを見て頭の奥に鈍痛を感じたユキトは、いら立ち混じりのため息を無機質な大理石の床に吐いた。

 

「――何だァ、その態度はァッ!」

 

 振り返った北倉がガッと胸倉をつかみ、唾を飛ばして怒鳴る。ユキトがとっさに腫瘍然とした黒い右手でレザーの腕をつかむと、スウェットパーカーを放した北倉はそれを邪険に振り払って嫌悪をあらわにした。

 

「気色悪い手で触るんじゃないッッ!」

「――好きでなってるんじゃないですよッ!」

 

 瞬間沸騰し、食ってかかったところをガーディアンが羽交い絞め――もがきながら、手錠ごと右手が北倉へ突き出される。

 

「――これのせいでいつもいつも体がつらくて、それがだんだんひどくなって、最後には消滅して死ぬ……! なりたくてなってるもんかッッ!」

 

 剣幕に、少し言い過ぎたという顔で閉口した北倉に入るコネクト。それはルルフから何の騒ぎかと問うもので、白扉を一瞥した北倉は「何でもありませんッ!」とへらへらごまかし、ウインドウを閉じると表情を引き締めてユキトをギロッとにらんだ。

 

「ゴッデス・ルルフ様がお待ちだッ! 来いッ!」

 

 北倉は左右に命じて白扉を内側に開けさせ、ユキトに角ばったあごをしゃくると、先に立ってローズカラーの絨毯が敷かれた室内に入った。重い足取りで仕方なく続くと――

 

(――うッッ!)

 

 飛び込む、太陽のごとき輝き――くらむ両目――マホガニーのテーブルを前に、上座でロココ調の豪奢な椅子にゆったり座ったまばゆさ――ゴッデス・ルルフは、凡百のカリスマを瞬時に消し飛ばす神々しさでだだっ広い応接間を神の領域に変貌させていた。

 

(……ダメだ、しっかりしなくちゃ……!)

 

 こぶしを固めて爪を手の平に食い込ませ、全身をこわばらせて絨毯を踏み締める後ろでバタンと閉じられる扉……とりこになりかけた意識を強引に横へそらすと、そこにはひだ襟付きの中世ヨーロッパ貴族然とした服装の鎌田が大きな紫の角帽をかぶって控え、ユキトを冷ややかなジト目で見据えていた。

 

「ウェルカ~ム、ユッキー♥」

 

 抱き寄せるような声につい視線を転じると、銀のクラウンの下でとろける微笑みが目を焼き、身構えていた頬が無意識に緩む。白のレーストリムグローブをはめた手で招かれるままユキトは北倉より前に出て、天上からつり下がった宝石製の巨大タランチュラにも見えるシャンデリアに照らされながら瞳のブラックホールへ引き寄せられて行った。

 

「カマック、ロベー、ちょっと外して」

 

 にこやかな命令……両名は危険だ何だと渋ったものの、おとなしく応接間から出て行った。扉が閉じられた、2人だけの密室……ルルりんシアターの楽屋でのことを思い出して焦りながら、ユキトは椅子から立ち上がってツインテールをきらめかせ、黄金のドレスの裾を引きずって近付く女神を凝視し続けていた。

 

「やだなぁ、そんなに緊張してぇ~ 楽にしていいんだよ。リラックス、リラックス~」

(――うくッッ!)

 

 正面に立ったルルフの右手が左肩に触れると、快感の電流が全身に走る。さらに肩がもまれると、固くなっている自分がどろどろ溶けていきそうになった。

 

「――だいぶお疲れみたいだね。朝から色々あったもんね~」

「……い、いったい何の用なんだよ……?――ぬッッ!」

 

 右肩に食らい付く、白い左手――いかずちのごときショックの後に恍惚が全身を蝕み、なまめかしく動く濡れた唇が視界を占める。

 

「ユッキー、ルルのしもべになりなさい。悪いようにはしないからさ~」

「またその話……君のために働けっていうのか……」

「そうだよ」ルルフは、たくましく腫脹した右腕をちらっと見た。「ユッキーの力を、ルルのために役立てて欲しいんだ~」

「……高峰さんだって――」

「『ルルりん』でしょ? ほら、ル・ル・り・ん♡」

「……ル、ルルりんだって知っているんだろ。デモン・カーズは、力を使うほど進行するって……」

「丸まって祈ってれば救われるの? 今のところ、ユッキーが助かるにはディテオを倒して黒の十字架を手に入れるしかないんだよ。悪いこと考えてる人たちとの競争に勝ってね。それをユッキーだけでやるのは無理だから、ルルと一緒に頑張ろうって言ってあげてるんだよ。体がつらくなったときは、ルルがハイパーに癒してあげるからさ」

「……ル、ルルりんに協力して、僕が助かる保証なんてあるのか……?」

「あるよ~ ルルが助けてあげるって約束してるんだもの。信じてくれるでしょ?」

「……く……」

 

 両肩に食らい付いた手が次第に重くなり、膝が今にも折れそうになる。

 

(……い、いや、ダメだ。信用なんてできるもんか……だ、だけど……)

 

 疲労と誘惑で弱った心にかかる力が強まり、体が少しずつ沈んでいく……このまま膝を屈し、ルルフにおぼれてデモン・カーズのことも、絡み合い過ぎた人間関係のことも、何もかも忘れてしまいたい……陶酔にいざなうフェロモンが葛藤をとらえ、レースの襟からあふれそうな双丘がスウェットパーカーの胸へ柔らかに押し付けられて、生温かい息が右耳にかかる。

 

「これからユッキーはしもべだよ。いいよね?」

(――う、ううッッ!――しっ、篠沢ッッ!)

「――あッ?」

 

 陥落寸前、平手打ちの痛みを思い出し、抱き付いた魔性を押しのけ――ふらつきながら後ずさったユキトは手錠がはまる腕を胸の前に上げ、顔を背けてはね付けた。

 

「わ、悪いけど、協力できないよッ! 僕は、篠沢のところに帰るつもりだから!」

「篠沢さんのところ……?」

 

 スマイルを濁らせ、反抗者を見据えて尖る唇。

 

「――あんな子のどこがいいの? ルルの方が、ハイパー無限大に魅力的なんだけど?」

「そんなの勝手だろっ! とにかく言いなりにはならないからなッ!」

「ふーん……そう……」

 

 軽く頭を振ってツインテールの翼を揺らし、脇に下げた右手を二、三度握ったり開いたりして……ユキトとの距離が、ゆっくり詰められる……

 

「……ちょっとカチンときちゃったな。罪には罰、損害には賠償――ルルのハートを傷付けた責任は、ちゃんと取ってもらおうかな~」

「なっ、何をする気――あうッッ!」

 

 シャッと伸びたルルフの右手に左上腕をかまれ――鋭いしびれが全身を切り刻むと、突然開いたウインドウでユキトの所有ポイントがダーッと減少していく。

 

「ポ、ポイントが? これは?」

「ルルのスペシャル・スキル〈ポイント・ドレイン〉だよ。今朝のブーム、実はポイントすっごい消費しちゃうんだよね~ だからユッキーのポイント、慰謝料として残らずもらってあげるねっ!」

「――ぐうッ!」

 

 しびれが強まるのに比例して、底が抜けたように失われてたちまち四分の一を切るポイント――

 

「――ホントに……いい加減にしてくれよッッ!」

 

 絞り出された拒絶で振った腕が手をはじき、ルルフを後ろによろめかせる。その隙にユキトは両開きの白扉に飛び付き、逃げ出そうとノブをガチャガチャ回した。

 

「……無駄だよ、鍵がかかってるから。だけど、そんなに望むなら開けてあげる」

 

 無表情のルルフがコネクトを開くと、いきなりドアがバーンと内側に開いてユキトを絨毯の上に突き倒し、飛び込んで来たガーディアンたちが左右から腕をつかんで乱暴に立たせる。そして、したたか打った背中や扉がぶつかった両手の痛みでうめく様を、ルルフとの間に立った北倉と鎌田が憎悪のまなざしで焼いた。

 

「優しくお話してたら乱暴されちゃった。どうしよっか?」

「貴ッッ様ァァァッッ! なんてッッ、なんて真似をォォォッッッ!」

「許せないッ! 絶対に許せないですよッ!」

「そうだね~ 取りあえず地下に放り込んでおいて。どうお仕置きするか、よぉーく考えるから」

「ハイパーディバインッッ、ゴッデス・ルルフ様ッッッ! ――おいッ、連れて行けッッ!」

「く、くそっ!」

「この野郎ッッ! おとなしくしないかッッッ!」

 

 腹にボグッッとめり込む北倉のごついこぶし――体を折り、吐かんばかりに咳き込むユキト。バリアのガードなしの一撃にもだえる姿はそのまま応接間から出され、エレベーターへと引きずられて行った。