REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.49 笑う悪魔(2)

 

 くすんだ目元をゆがめ、佐伯は肘を突いて組み合わせた手がテーブルに落とす影をにらんだ。背中を曲げて座る姿を天井の蛍光灯が照らして浮かび上がらせるそれは、薄ぼんやりとしていながら底なしに深くも感じられる。峡谷から後退し、森を抜けて再び平原にキャンプを設営して数時間……窓の無い司令部に独りこもって……

 

 ――吉原ジュリア――

 

 考えまいとするほど面影がよみがえり、ラー・ハブヘッドに食われ、矢萩に斬り殺される場面がフラッシュバックする。そのたびに胸から全身がひび割れるうずきを覚え、わき上がる混沌に手を震わせていると、不意に司令部のドアが遠慮がちにノックされた。

 

「……入れ」

 

 顔を上げ、表情を繕って許可するとドアが開き、黒髪を揺らしながら入って来た少女が会議用テーブルを隔てた数メートル向こうで対した。

 

「……どうかしたのか、加賀美大尉?」

 

 指を組み合わせた手で口元を隠しての問いに、少し間を置いてから「敵の動きを報告に参りました」と硬い声が返る。

 

「それなら、コネクトでもよかったのではないか?」

「申し訳ありません……ご様子が気になったものですから……」

「余計な心遣いだな」

 

 ついいら立ちを漏らした佐伯は、ささくれを抑えて続けた。

 

「……気持ちはありがたく思う。それで、仲間割れした敵はその後どうしている?」

「はい。敗れたコリア・トンジョクは南西に移動、神聖ルルりんキングダム勢は白ピラミッドに戻るルートを取っていることがレイヴンで確認されています。先程、我々を大きく揺さぶって数十メートル押し流した流動の原因は、依然不明です」

「そうか……皆の様子はどうだ?」

「……体の傷はポーション等で概ね治癒していますが、幻覚のダメージから立ち直れていない者が多いです。忌まわしい記憶や悪夢の影響で、士気は著しく低下しています」

 

 そう答える声は闇に迷い込んだようにかすんだが、佐伯はただ黙って聞いただけだった。

 

「……あの……無礼を承知でお尋ねしたいことがあるのですが……」

「尋ねたいこと?」

「その、矢萩大尉がおかしなことをわめいていて――」

 

 司令部にワッと押し寄せる複数の足音――いきなりドアがバンと開き、ずかずか踏み入る矢萩と三人衆――憤懣ふんまんとした顔付きの闖入ちんにゅう者の後ろ――ドアの外では、梶浦や村上たちがうろたえた様子で中をのぞいていた。

 

「突然何事ですか、矢萩大尉!」

 

 向き直ってとがめる潤を無視した矢萩は黒髪がかかる肩越しに佐伯をにらみつけ、煮えたぎった声をぶちまけた。

 

「聞きたいことがあります、軍将!」

「物々しいな……何だ」

「今回の戦いの責任について、どうお考えなのか答えていただきたいんです!」

 

 怒気が増すと、矢萩の後ろから三人衆の視線が佐伯に刺さり、傍観者たちの目がにらみ合う両者を交互にとらえる。

 

「――イジンどもにしてやられた責任を、どう取るのかって聞いているんですッ!」

「矢萩大尉! 命令を無視して突っ込んだあなたに、そんなことが言えるのですかッ!」

「うるさいッッ!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴り返し、矢萩は突き刺す勢いで佐伯を指差した。

 

「――俺は見たんだ! 軍将がイジンのガキに丸め込まれかけたのをッ! しかも、ガキの幻を斬って助けた俺をこの人は殴ったんだぞ! そんなふざけた話ってあるかッッ?」

 

 見かねた梶浦と村上が止めようとするが、矢萩はますますヒートアップしてわめき散らした。

 

「――みんなだって、この人が最近イジンに甘いって感じているだろう? インド野郎や赤毛メガネなんかを入れやがって! それも、あのガキの影響に違いない! ヤマトオノコのくせに、なんて情けない! そんなだから、俺だって素直に命令を聞けなくなるんだッ!」

「黙りなさいッ!」

「あーっと、邪魔しないでよ。加賀美大尉」

 

 矢萩につかみかかろうとする潤の腕を横から入谷がガッと取り、真木と中塚がイジゲンポケットから得物を出す素振りで左右から牽制する。緊迫の度を増す司令部……佐伯は指を組み合わせた手を口元からテーブルに下ろし、いつになく凄絶な目付きで矢萩をとらえた。

 

「……それで、お前はどうするべきと考えているのだ?」

「潔く身を引くべきでしょう! イジンのガキに懐柔されるような軟弱者に従ってなんかいられませんよッ!」

「……そうか」

 

 テーブルに手を突いて立ち上がると、場の空気が一気に張り詰め、矢萩のつり上がった眉が鯉口を切るように動く。そして、鞘に収められた羅神が出現して佐伯の左手に握られると、周囲の顔はさらにこわばった。

 

「……ならば、お前の剣で軟弱だと証明してもらおうか」

「……面白い。上等ですよ……!」

 

 佐伯は先に外へ出た矢萩を追い、なだめようとする潤や梶浦たちを退けて歩いた。リーダーの体面を保つためというのではない。この少年を斬り殺したい、斬り殺さなければならないという衝動にあおられながら。

 矢萩は後方の佐伯を警戒しながらプレハブの宿舎の間をずんずん歩いてキャンプを出、十分離れたところで足を止めた。そこに佐伯が追い付き、付いて来た潤たちが横並びになって固唾を飲む。幾重にも裂けた雲が漂う薄曇りの下、不安定に揺らめく平原で対峙する両者……まごつきながら見つめる白軍服の少年少女……説得を試みる潤たちに手出し無用と厳命し、赤い刃をすらっと抜き放って黒漆の鞘をイジゲンポケットに消す佐伯に、うねったくせ毛を流動で揺らす矢萩は得物の日本刀・餓狼を正眼に構えた。

 

「真剣勝負だ。異存は無いな?」

「なめるなよ、ヤマトの恥さらしが……! いつまでも見下していられると思うなッッ!――」

 

 地面を蹴った矢萩が瞬時に間合いを詰め、突き出された刃が赤い刃に激しくはじかれる。三人衆が声援を送り、潤が手に汗を握る中、ひらめきを激突させて火花を幾度も幾度も散らし、鍔迫つばぜり合いをしながら走り、はじき合って斬り結ぶ佐伯と矢萩は、見えない鎖でつながりながら互いに目まぐるしく極を変える電磁石のようだった。