REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

(1)

 逆稲妻形の角を伝った血が風に飛び、かき乱された雪の上に落ちる。引き裂くような吹雪がすべてを灰色に煙らせ、そそり立つ針葉樹と落葉した低木の群れを侵した森で焼き切れそうな息を吐く雌オオカミは、角の先を赤く汚して自分と対峙する雄シカをかすんだ双眸で呪った。雌オオカミの右脇腹には深い傷があり、そこからあふれる血が灰色の毛をどす黒く染めるほど苦しげな呼吸が絶え絶えになり、目から生気が失せてまぶたがだんだんと下がっていく。そしてついに四肢がガクッと折れ、雪上に横倒しになった雌オオカミは、そのまま動かなくなった。

 それが、その雌オオカミの最期だった。





 乱暴に吹き付ける雪の中、雄シカは角を傾いた足元の雪に突っ込み、こすりつけて頭を上げると黒い鼻をひくつかせた。鼻腔を血臭がえぐり、流れ込んだ胸の奥を蝕む。寒さで凍りかけた顔にひどくしわを寄せ、胃袋から込み上げる苦みを喉でせき止めた雄シカは、灰褐色の角にこびりついた不快な臭いに舌打ちした。

 シグル――

 それが、この若い雄シカの名前だった。

 体高150センチ、体重250キロ以上――まだ成熟して間も無いが、赤褐色の剛毛に覆われ、硬く鍛え上げられた体躯は群れの中で一番大きく、それでいて駆け出せばしなやかに躍り、暴風のごとき突進を披露する。そして、頭から荒々しく伸びて枝分かれした一対の角は、空に挑むように反り返る。シグルはその角をもう一度念入りにこすりつけてから頭を振り、染み付いた臭いに顔をしかめると、また催す吐き気をこらえて薄暗さを増す山をのぼって行った。

 骨だけになった低木を、刺々しい針葉樹を蹂躙し、恐ろしいほど辺りを覆って積もった雪は、踏み出すたびにシグルの太い足を取り、今にもずぶずぶと引きずり込むのではないかとさえ思わせる。かつては陽光に輝く緑の舞台でうららかに歌っていた鳥たちも、快活に駆け回っていた野ウサギやヤマリスたちもすっかり姿を消し、殺伐とした山では吹雪がただ不気味なうなりを上げるばかりである。

 

(……これで殺したオオカミは、2匹……)

 

 脳裏に死闘を繰り広げた天敵の影が浮かび上がると、風雪で白っぽくなり、汗ごと凍り付いた体を怖気がぞっと刺し貫く。シグルは山の奥、頂の方から絶えず吹き下りてくる雪に目を細め、鼻を利かせて風を嗅いだ。

 

 オオカミの臭い――

 

 時折、山奥から現れて麓に暮らすシカを襲って食う獣――

 

(……あそこ……!)

 

 無秩序に伸びた木々の向こう――拒絶の意をあらわにした急勾配に半ば雪に埋もれた横穴があった。数十歩隔てたその穴から漏れ出てくる、自分が殺した2匹が混じった臭い……

 

(……子ども……1匹、か……?)

 

 両目に赤く荒んだ炎がともる。少し山に入った辺りで北――頂の方角から吹く風にオオカミの臭いが微かに混じっていると耳にし、危うんで引き止めようとする仲間たちを振り切って単身山に踏み入り、見つけた雄オオカミ――血肉を燃え上がらせ、心臓を狂的に乱打させながら繰り広げた死闘の末に角で突き殺し、オオカミ殺しの興奮に憑かれたまま更に奥へと進んで雌を発見した時点で、近くに子がいる可能性は生じていた。

 

(……今のうちに、始末しなければ……!)

 

 がっしりとした首をそろそろ伸ばし、耳をそばだてて横穴の奥の闇を探り、吹きすさぶ雪に紛れて慎重に近付く。斜面の土を掘って作られた横穴の出入り口は、オオカミであれば楽に出入りできる程度のもので、自分の場合は前足を曲げ、体を低くしても角をこするかこすらないかのぎりぎりで途中まで頭を差し入れるのが精一杯そうであり、中にいる子どもを殺すにはおびき出すより他ないだろう――そう判断したシグルはわざと乱暴に雪を踏んで自らの存在を知らしめ、もし飛び出して来ても十分対応できる間を取って横穴をうかがった。すると穴の奥で鈍い動きがあり、そして――