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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.49 笑う悪魔(1)

「……う……」

 

 意識が打ち上げられ……波に洗われる感覚にうめき、ユキトは重いまぶたをギチギチと上げた。ぼやけた狭間に映る、のろのろ流れる赤茶けた地面……確か突然世界が激震し、熱狂的な流れに飲まれて……と記憶の糸を手繰り、へろへろの体をどうにかこうにか動かしてうつ伏せから四つん這いになり、不明瞭な岩肌が揺らめく辺りを見回す……

 

「……篠沢……篠沢……!」

 

 離れた崖のそばに横たわる、オレンジジャージ姿――おぼつかない足で立ち上がったユキトは流動にたゆたいながら近付いて地面に膝を突き、うつ伏せの体を揺すった。

 

「おい、篠沢……おいってば……」

「……ん……ぅん……」

 

 意識を取り戻し、のっそり起き上がった紗季は地面にべたっと座り、ぐしゃぐしゃの髪をゆらゆら弄ばれながらブレイズウインドを握る左腕をさすった。

 

「痛めたのか?」

「ううん、平気……あんたは?」

「あちこち痛いけど、どうってことないよ。クォンさんたちは……え?……」

 

 あらためて見回した目が見開かれて丸くなり、絶句した口があんぐりとなる。ピンボケし、ゆがんだ峡谷の迷宮……いや、そうだったものは無残に砕け、ひずんで変形した氷山の群れのような有様でむなしく漂っていた。

 

「……峡谷がばらばらに……さっきの大流動みたいなのは、いったい……?」

『高峰ルルフは、〈ブーム〉を起こしたのです。斯波ユキト』

「ワ、ワン!」

 

 頭上で唐突にきらめく3Dの光球――

 

『高まった力が、世界に影響を与えたのです。この現象は、ブームと呼ばれるものです』

「ブーム、って……」ぼさぼさ髪を撫で付ける紗季。「どういうスキルを持っているのよ、高峰さんは?」

『申し訳ありませんが、そういった質問にはお答えできません。篠沢・エリサ・紗季』

「久々に出て来ても相変わらずだな、お前は……――ん?」

 

 引きずるような足音の接近――浮かび、揺らめく人影に立ち上がって身構えるユキトと紗季に近付くそれはベストとパジチョゴリがずたぼろのアンパン顔少年になり、そばまで来るとガクッと倒れ込んだ。

 

「あなた、イ・ジソン君だっけ? 大丈夫?」

「……ダ、ダメです、もう……み、みんな……」

「おい、仲間はどうしたんだ? クォンさんたちは?」

「――あっ! 斯波、あれ!」

「えっ?――あっ!」

 

 紗季が指差す先――横一列に隊列を組んだツインテール軍団、空間を波立たせ、超ド級サイズのタイヤ痕を地に刻みながら威風堂々と迫る黄金の大聖堂。重々しく動いてユキトたちに照準を合わせる160ミリ榴弾砲の上――2階ベランダでは、ツインテール太陽の黄金杖を握ったルルフがあごを上げ、ラウドのスピーカーを左右に浮かべ、斜め後ろに鎌田を侍らせて傲然とした笑みをたたえていた。

 

『見つけたよ~♡』

 

 ワンがすうっと上昇し、ハイパーゴッデス号が距離を取って停車、スピーカーからヘッドセットを通して増幅された声が響き渡る。

 

『――残りは君たちだーけ。おとなしく降参しなさーい』

「あたしたちだけって……クォンさんたちはどうしたのよ?」

『ふふーん』鎌田を振り返るルルフ。『カマック、見せてあげなさい』

「はい、ゴッデス・ルルフ様!」

 

 鎌田がコネクトを開いて命じると、ハイパーゴッデス号の前でルル・ガーディアンズの壁が割れ、捕虜たちが乱暴に突き出される。

 

「クォンさん! 王生君たちも……!」

 

 後ろ手に封印の手錠をはめられたユンやファンたち……その真ん中で北倉に押さえられたクォン……コリア・トンジョクメンバーは皆一様に髪を乱し、ベストとパジチョゴリがずたずたの無様な姿を口惜しそうな顔とセットでさらしていた。

 

「……ひどい有様ね」

「あのブームと、それに乗ったガーディアンズにやられたのか……」

『さーて、それじゃあ話を進めようかな。ユッキー、このコリア系たちをひどい目に遭わせたくなかったら、ルルのところに戻って来なさい』

「えっ、キングダムに?」

『そうだよ。ユッキーの投降が、このおバカたちを解放する条件の一つ。もう一つは、コリア・トンジョクが賠償として3億ポイント支払うこと。無駄に抵抗してくれちゃったせいでルルたち傷付いちゃったもんね~』

「3億ポイントって……――そんなポイントあるの、イ君?」

「ま、まさか! そんなとんでもないポイント、無いですよ!」

『シャイロック金融にかけ合えば、工面できなくはないと思うよ。――ね、族長さん?』

 

 上から降る問いに、クォンは無言で渋面をさらにしかめた。

 

「こいつッッ! ちゃんとお答えしろッッッ!」

 

 北倉が後ろからゴッと殴り、クォンの両膝を地面に突かせる。

 

「や、やめさせろよ、高峰さん!」

『素直じゃないのが悪いんだもん。ほら、言うこと聞かないとみんなひどいことになっちゃうよん』

 

 ずたぼろの韓服姿がドンッと突き飛ばされて倒れ、バリアなしの腹をガッと蹴られ、背中を踏まれて悲鳴を上げる。とりわけユン――王生雅哉が暴行される光景は、彼に負い目を感じているユキトの胸を強烈に痛ませた。

 

「高峰さん……!」

 

 黒い右こぶしが固まる――が、ルルフを源に神聖ルルりんキングダム勢を包む力の荒波に気おされ、踏み込むことができない……無理矢理立ち向かったとしても、クォンたちと同じになるイメージしか湧かなかった。

 

『ほらほらユッキー、おバカたちがひどい目に遭っていても平気なのかな~?』

「調子に乗らないでよ、高峰さんっ!」

「やめろ、篠沢!」

 

 弓を引こうとする紗季を止め、ユキトは前に出ると輝く影を見上げた。

 

「……分かったよ。言う通りにするから……」

「斯波?」

「これ以上見ていられない……従うしかない……」

『お利口さんだね、ユッキー。――族長さんはどうする?』

「……」

「黙っていたら分からないだろうがッッッ!」

 

 北倉に足を蹴られたクォンはうめき、横倒しの格好で喉を震わせた。

 

「……条件を……飲む……」

 

 よろよろ起き上がったクォンは、紗季の後ろにいるイ・ジソンに自分の代理としてシャイロック金融からポイントを融通するように指示した。言われた通りシャイロック金融を起動させたイは、ヒスパニック系の濃い顔をした背広姿の中年オヤジ――ゴンザレス・ナニワに3億ポイント貸してくれるように手を合わせてぺこぺこ頭を下げ、関西弁で散々嫌味を言われた末にどうにかこうにか融資承認にこぎつけると、すぐ神聖ルルりんキングダムに振り込んだ。

 

『――ご苦労様~ これでコリア系さんたちはハイパー借ポイント生活。オートマトンも全滅した小世帯に3億ポイントはとんでもない負担だよね。おとなしく世界の隅っこでこつこつ返済していればいいよ』

 

 振り込み確認して嘲り、にやけた目をユキトへ転じるルルフ。

 

『――はい、じゃあユッキーはこっちに来て。拘束させてもらう代わりにおバカたちを解放するから。言っとくけど、妙な考え起こしたらハイパー大変なことになるからね』

「わ、分かってるよ……」

「ちょっと待って、斯波」

 

 呼び止められて顔を向けると、いきなり平手が左頬をパンと打って目から火花が出た。

 

「――なっ、何するんだよ?」

「魔除けのおまじないよ。取り込まれそうになったら、この痛みを思い出してね」

「篠沢……」

 

 微笑む紗季にユキトは苦笑し、左手指でじんじん痛む頬に触れた。

 

「……忘れないようにするよ、お前の一発」

「お願いね」紗季は声を潜め、「隙があったら逃げるのよ。あたしも助ける方法、考えてみるから……」とささやいた。

「無茶はするなよ……じゃ、ちょっと行ってくる……」

「うん。気を付けて……」

 

 紗季から離れ、ハイパーゴッデス号の方へ歩くユキト――それに捕虜を引っ立てる北倉たちが近付いて行く。双方は中間地点で足を止め、ユキトは忌々しげな渋面を伏せるクォンやうなだれたユンたちをそばで見た。

 

「斯波ッッ! 手錠をかけさせてもらうぞッッ!」

 

 北倉の指示を受け、オートマトンが腕をつかんで後ろ手に封印の手錠をはめる。戦闘能力を失ったユキトが前に立ったレザーの巨体を見上げた瞬間、腹にこぶしがめり込んで体が宙に浮き、膝が崩れて地面に落ちる。

 

「……う、ぐ……」

「ボコってくれた礼だッッ!」うずくまった姿を見下ろす北倉。「痛みをよくかみ締めろッッ!」

『こら、ロベー! 勝手なことするんじゃないのっ!』

「は、はいッ! 申し訳ありません、ゴッデス・ルルフ様ッッ!」

『さっさと連れて来なさい! いつまでもこんなほこりっぽいところにいたくないんだから』

「かッ、かしこまりましたッッ!」

 

 北倉はユキトの腕をつかんで立たせるとオートマトンに連行させ、手錠のマスターキーを紗季たちの方に投げてから捕虜たちを解放した。

 

『さぁて、と』

 

 ユキトと北倉が乗車すると、ルルフはコネクトで運転室のドライバーに方向転換を命じた。

 

『――キャッスルに戻るよ、みんな。――それじゃ、ごきげんよう。うふふっ♡』

 

 得意げに向きを変えた黄金の大聖堂がしもべを引き連れ、ばらけた峡谷を肩で風を切るように進んで揺らめきに溶けていく。その巨大な影を紗季はみじめな敗北者たち、そして上空のワンと見送ることしかできなかった。