REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.48 世界フィーバー(1)

 赤い刃は、ピンクの髪に触れる寸前で止まっていた。

 羅神の柄をぎりぎり握り、息を震わせてにらみつける佐伯……

 それを、静かに見つめ返すジュリア……

 揺らめく霧の世界で相対する意思は、肌寒い空気をいっそう張り詰めさせた。

 

「……できへんよ、シューくんには……」

 

 無垢な微笑が軍服姿からこわばりを除き、赤い刃を横に外れさせる。羅神を引いて後ずさる佐伯にジュリアは歩み寄って右手を差し出し、にこっと笑いかけた。

 

「うちといっしょにかえろ。そして、みんなでなかよーすることかんがえよ。シューくんはうちよりずっとずっとあたまええんやから、きっとみつかるよ」

「!……」

 

 幻覚だと分かっていながら、佐伯は揺さぶられずにはいられなかった。ラー・ハブ事件のような悲劇を二度と繰り返さない……ジュリアを犠牲にしてしまったことを償おうと躍起になっていた自分が、空間もろとも流されてしまいそうだった。

 

「……お前の言っていることは、理想論に過ぎない。大半の人間は、己を律することさえできない。だから、正しく支配する必要があるのだ……!」

「そんなことゆうてるからあかんのや。うえからみてないで、いっしょにやっていこうよ。ほら……」

 

 求めるジュリアの手が眉間の亀裂を少しずつ埋め、手から凶器を消す。向き合っているうち、佐伯はいつしか無意識に右手を伸ばしていた。

 そろそろと……少しずつ……ぬくもりに引き寄せられる手……

 手と手が近付き……指と指が触れかけた、そのとき――

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――! 

 

 ジュリアの笑顔が悲鳴とともに裂け、半袖チュニックTシャツの花柄から血しぶきが飛ぶ。鮮血で汚れ、悲しげな顔でよろめきながら霧に変わって散る幻――がく然とする佐伯の耳に矢萩の声が踊り込む。

 

「――ご無事ですか、佐伯軍将ッ!」

 

 抜き身の日本刀――飢狼片手に横から矢萩は問い、己が斬り捨てた幻の残滓をにらんだ。奇怪な光に救われた矢萩は、何が起きたのかと戸惑いつつともかく仲間を捜そうとしているうちにシンクロしたのだった。

 

「――この霧は、霧の魔人のやつと似たものみたいです。俺も下らないものを見せられ――」

 

 裏拳――握り固められた左こぶしでガッと打たれ、よろけて尻もちをついた矢萩は鼻を右手で押さえて目を瞬き、衝撃と痛みでクラッシュした視界へ吠えた。

 

「……なっ、何をするん――」

 

 見上げた先――怒りあらわな双眸がぶつかる。それはさっとそむけられたが、立ち上がった矢萩は鼻血で汚れた右手をこぶしにし、眉根の縦しわを角のように刻んだ。

 

「どういうことですかッ? あの幻を斬ったからですかッ?……どうなんですかッッ!――」

 

 背を向けた佐伯の肩をつかもうとしたとき、斜め上空から霧を貫いて降る数条の熱線――地を穿って焼くビームの集中豪雨が、2人を別々の方向に飛びのかせる。

 

 光熱系魔法――ヒートストリングス――

 

「!――」

 

 羅神を握った佐伯は背後に迫る気配をとらえ、振り返りざま斬りつけようとして一瞬躊躇――その隙を突き、黒い刃が左脇腹をゾグッとえぐる。うめく佐伯の間合いから攻撃者はバッと飛びすさり、天真爛漫な少女の顔をいやらしい笑みで満たした。

 

「ふふ、アンタがイジンのガキんちょにお熱だったとは意外だね。びっくりだよ」

 

 銀でワシをかたどった両端から黒い刃を突き出すツインスピア――〈ドッペルアドラー〉を構えたジュリアがにやにや笑い、薄紫のパジチョゴリに紫ベスト姿のクォン・ギュンジに姿を変えるや柄を真ん中から分離させ、左右の手それぞれにショートスピアを握ってたたみかける。左右から鋭く突き出される刃――負傷して動きが鈍った佐伯のバリアを切り裂き、白軍服を赤く汚す。

 

「――アンタを仕留めれば、ハーモニー軍は要を失う! やられてもらうよッッ!」

「――くっ!」

「軍将ッ!――このイジンがッ!」

「邪魔者は、引っ込んでろよッッ!――」

 

 クォンのイジゲンポケットからオートマトンが6体剣を手に飛び出し、加勢しようとする矢萩の餓狼と火花を散らす。サシの勝負を維持したクォンは周囲の霧に目を走らせ、踏み込んでガギィッと斬り結んだ。

 

「――霧が薄くなってきたんでね、さっさとケリをつけさせてもらうぞッ!――」

 

 左手からスピアが消え、代わって次々発生する炎の塊が回転して円環を成し――標的めがけてドドドドドッッと飛ぶ。炎系魔法ガトリングファイヤー――至近距離から食らい、焼けながら後ずさる佐伯にとどめを刺そうと踏み込むクォン――

 

「――んッッ?」

 

 不意に横手から足音が迫り、霧中からユキトと紗季が転がるように――続いて、潤が阿修羅のごとく両手の刀を振り回して飛び出す。ほんの十数メートルのところでのハプニングにクォンは気を散らされ、反撃で振り下ろされる羅神をしのいで下がった。

 

「――クォンさん?――危ない、離れてッ!」

 

 ガスマスク越しに叫び、黒い右手を振って警告したユキトが、後方の潤から放たれた光刃を紗季と避ける。標的をとらえ損ねた斬撃はクォンの鼻先をかすめて飛び、佐伯からさらに離れさせた。

 

「――佐伯軍将ッ?」

 

 気付いた潤が駆け寄って守り、オートマトンをすべて光のちりに変えた矢萩が怒声をほとばしらせてクォンに斬りかかる。

 

「――ちっ、ここまでかっ……!」

 

 舌打ちし、餓狼をショートスピアではじいて――妖光を帯びたクォンの左手がブンと振られると、たちまち矢萩の足元が粘っこい泥に変わってブーツを絡め取ろうとする。補助魔法マッドグラウンド――間合いから逃れたクォンはコネクトを開いてメンバーとつなげ、ユキトたちを振り返った。

 

「霧が晴れる前に離脱するぞ!――聞こえたな? 全員後退だッ!」

 

 命じるや、クォンはイジゲンポケットから出したATVに飛び乗って薄霧の中へ姿を消し、ユキトと紗季も潤を気にしながらその後を追う――

 

「待ちなさいッ!」

「逃げるな、イジンどもッ!」

「やめろ……!」

 

 追おうとする2人を制止し、佐伯は命じた。

 

「――峡谷の外まで後退する。全員にコネクトで伝えろ」

「後退ぃ? やられっぱなしのままですかッ?」

「黙って従えッ!」

 

 有無を言わせぬ語調に矢萩は黙ったが、唇の間からは憤激できしる歯がのぞき、つり上がった目は不信の炎を猛らせていた。それに背を向け、案じる潤をよそに、佐伯は血がにじむ左脇腹を手で押さえながら自らのATVへ独り歩いた。