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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.47 よみがえる悪夢(3)

 竜の道さながらに荒々しくくねり、うねる谷間……揺らめき、のろのろ流れる濃霧の河……視程数十メートルほどのその底――鼻口を覆うガスマスクをつけた一団が、転がる小石を時折蹴りつつ息をはずませる。スウェットパーカー&パンツのユキト、オレンジジャージの紗季、クォンを除くユンたち赤ベストと朱のパジチョゴリの面々――銘々得物を握った十数名は、ハーモニー軍本隊に奇襲をかけるべくエンジン音がするATVを使わずに走っていた。

 

「……ミスト……か……」

 

 先駆するユキトがうめくと、並走する紗季が胸苦しげな横顔へ目をやる。

 

「……びっくりだよね、首藤さんに憑依されて能力を得たって話だけど……」

 

 無言でうなずき、ユキトは黒い肉が硬く膨れた、さながら腫瘍のガントレットといった右手を見、ガスマスクの下でかみ締めた歯をきしらせた。コミュニティを、我が身を守るためとはいえ、彼女を殺してしまったことへの罪悪感は胸に深く刻まれ、うずき続けていた。

 

「おい」後ろからイ・ジソンが呼ぶ。「余計なこと考えてないで集中しろよ。バリアじゃ完全なガードが難しいこの霧は主に呼吸器から蝕むけど、視覚からもいくらか作用するらしいんだからな」

「そうです」と、一本結びを跳ねさせるファン・ヨンミ。「族長のミストは、霧の魔人のそれよりレベルが上かもしれない。気をしっかり持っていないと、やられてしまいます。それに、狂った敵がいつ飛び出して来るか分かりませんよ」

「……ああ……」

 

 かすんだ前方に意識を集中させ、魔人のこぶしをあらためてスタンバイさせるユキト。ステルス・モードにされているのでハーモニー軍の正確な位置は不明だが、コリア・トンジョクの集落を目標としているなら、そこまでの最短ルートを進んで来るのはほぼ間違いない。それを遡ってぶつかったときにミストで混乱していれば、かなめである総大将を叩くことも可能――それがクォンの策だった。

 

「族長がミスト生成に専念している間に、ワタシたちの手で佐伯を倒しましょう。――敵だわッ!」

 

 叫ぶファン――霧に浮かんだ影から九十九式自動小銃を携帯したオートマトン数体が飛び出し、遭遇した敵に銃口を向ける。

 

「――のォッッ!」

 

 反射的に加速――弾丸をバリアではじき、懐に飛び込んで――光る黒いこぶしがのっぺらぼうな顔を砕いてふっ飛ばす。そして、紗季が矢を放ち、イが鎖付きの円盾を投げ、金のロッドを振り回して駆けるファンに他のメンバーが続いて、間も無く人形たちを光のちりに変えた。

 

「ふぅ……」

 

 ホン・シギがアサルトライフル・K5片手に一息つき、メガネをずり上げて汗が伝う面長顔をユンに向ける。

 

「どうやら敵は、ミストにやられてバラバラになってるみたいだね」

「はい」うなずくユン。「この分じゃ、族長のオートマトンを使うまでもなさそうです。よその人の手を借りる必要なんて無かったんですよ」

 

 両刃直剣――ケベクを握るユンがユキトたちの方を見ずに言ったとき、帳が下りるごとくふうっと辺りが暗くなる――

 

「な、何?」見回す紗季。「あっ、じ、地面が硬く……コンクリート?」

 

 異変に戸惑いつつ、これは幻覚だろうと言葉を交わし合うコリア・トンジョクメンバー――と、暗がりの方々から黒い虫の波がザザザッッと寄せ、一同を飛び上がらせた。

 

「――ちょ、ちょっとォッ! マスクしてるのにこれなのッ?」

「――ぎェうあァアアアアアアアアアアアァッッッ!」

 

 ゆがんだ薄闇が奇声を噴き、大鎌をブォンブォンブォンブォンめちゃくちゃに振り回す影が飛び出し、血走った目玉をむき出しにしてガスマスクの一団に襲いかかる。矢萩三人衆のひとり、中塚崇史――虫をグシグシ踏み潰し、刃を暴れさせてユキトたちを四方に散らした青年は鎌の柄尻から伸びる鎖分銅を正面――ユンめがけて投げ、ケベクを握る利き腕にジャラララッッと巻き付けると、動きが鈍った標的へ踏み込んで凶器をグワッと振り上げた。

 

「――やめろォッ!――」

 

 地を蹴ったユキトの右こぶしが光を強め、中塚の左背中をドンッと殴りつけて転がす――と闇が薄れて虫の群れがかき消え、コンクリートが小石と土の地面に戻っていく。

 

「……どういうことなんだよ、これ?」

 

 ホンが目をしばたき、メガネを上げて手でごしごしこする。

 

「精神攻撃を受けている者とシンクロしてしまったのだわ」とファン。「恐ろしく厄介ね、ミスト……――ユン、けがは?」

「な、何ともないです。すみません」

 

 鎖を外して投げ捨てたユンは気絶した中塚をにらみ、渋面でユキトを一瞥してうつむいた。

 

「……余計なこと、しないで下さい」

「ちょっと、王生君!」

 

 ユキトの横から紗季がずんずん近付き、目の前に立たれてたじろぐ相手を見据える。

 

「――そんな言い方ないんじゃないの? 斯波に恨みでもあるわけ?」

「ぼ、ぼくは……」

 

 マスクの内で口ごもり、暗い目を伏せるユン……それを紗季の斜め後ろから見、ユキトは心臓を締め上げられているかのような苦しさを覚えた。いじめを見て見ぬふりし、半ば強いられたとはいえ、脅して暴行を加えようとさえした……向けられる敵意は当然だと思えた。

 

「……いいよ、篠沢……もう……」

「よくないでしょ。助けてもらったのに――」

 

 あっ、と周りで声が上がり、周囲がまた変化する。浮かび上がるビルが林立したかと思えば、人骨が転がる地獄のような景色がドロドロッと混じり、念仏にも似た、金属的な異音がどこからともなく響いて、身をねじらせて踊り狂う巨大なシルエットがあちらこちらに現れては消えた。

 

「うわっ! 何だよ、このカオスっ!」イがアンパン顔を青くする。

「またシンクロ? 注意してっ!――ッ!」

 

 警告したファンが、朱の袖をバッと躍らせてロッドを構え――その先に視線を転じたユキトは、幾重にもひびが走ったアスファルトの道路をふらふら歩いて来る白軍服の一団をとらえ、先に立つミニーヘア少女とドリルの槍を携えた少年――入谷玲莉と真木カズキの殺気に思わずぶるっと震えた。

 

「……アンタらの仕業なんだろ、クソイジンども……!」

 

 入谷が右手に握る蛇状の鞭をビュンッと振り、こめかみまで裂けそうなほど両目をつり上げ、左手で頭をグシグシかきむしって歯をガチガチ鳴らす。

 

「――お陰でアタシはこんなにしわくちゃ、髪は真っ白、歯はボロボロ抜けていく……! どうしてくれんのッッ! どォしてくれンのよォッッ!」

 

 わめき散らす隣で真木がブツブツつぶやき、ギョロギョロギョロギョロ動かしていた目を敵にビタッと据える。他の者たちも異様な眼光を次々ひらめかせ、携帯する九十九式自動小銃をババッと構えた。

 

「……取りやがれ、責任を……取れッてンンだよォ、クソゲロがアアアアアアアァァァッッッッ!――」

 

 金切り声を爆発させ、鞭を振り回して飛び出す入谷に真木たちが連鎖――迎え撃つ構えめがけて狂気の怒涛が突撃を開始した――