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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.47 よみがえる悪夢(2)

TEM†PEST

 縊死いしした父親を発見したとき、矢萩は凍り付いた。

 競売にかけられた、かつて自分が所有していた工場の事務所でノブにベルトをかけ、ドアに寄りかかって土下座するように首をつっていた父……ジャージパンツを濡らし、床を汚したアルコール臭い父親の尿臭に猛烈な吐き気がこみ上げ、矢萩は事務所から転がり出ると機械がすべて売り払われてがらんとした空虚に倒れ、激しくおう吐した。

 

 ――……クソが……もう3年経つってのに……!――

 

 吐しゃ物で汚れた床から目を背けて吐き捨て、深くうなだれて喉を震わせる……帰らない父親を捜しに、くすんだセーターの上に薄汚れたダウンジャケットを着て出た朝の酷薄な寒さ……もしかしてと入った工場の冷たい薄闇……内側から押さえられ、開くのを拒むドアの重み……そうしたすべてが生々しくよみがえり、16歳のあのときに戻った矢萩の心を容赦なくすり潰す。

 

 ――……イジンめ……あいつらさえいなければ、オヤジの会社が傾くことはなかった……俺が高校を中退するはめになって、底辺のみじめな毎日を送ることも……!――

 

 下請けをしていた父親の事業に影が差し始めたのは、唯一の取引先だった大手メーカーのトップが外国人に代わってから。合理化とコスト削減を掲げ、傾きかけていた自社の経営立て直しを押し進め始めた取引先は矢萩の父にも価格引き下げを要求し、赤字をどんどん膨らませたあげく人件費が安い途上国の会社に切り替えた。多額の負債を抱えた上に取引先を失った会社はほどなく倒産し、打ちのめされて酒に逃げた父親は家庭でも居場所を失って……矢萩にとって元凶は父に無理を強い、そして切り捨てた取引先トップのイジンであり、仕事を奪った途上国のイジンたちだった。

 

 ――……畜生、イジンどもめ! 俺の人生をめちゃくちゃにしやがってッ……!――

 ――相変わらずだな、お前は……――

 ――ッ?――

 

 顔を上げて振り返った矢萩は、数歩後ろに立つ父親に驚愕した。色が悪いやせた首にベルトの跡をくっきりと残す父は、嘆かわしげに息子を見下ろしていた。

 

 ――あすろ、お前は昔から何でも人のせいにする子だったな……不平不満だらけの人生も全部彼らのせいか……?――

 ――はっ? だって、そうだろ。他に理由なんて無いじゃないか?――

 ――……お前は、本当に愚かだな……もっと大変な思いをしながら前向きに生きている人もたくさんいるのに……――

 ――だっ、黙れッ!――

 

 立ち上がった矢萩は向き直り、怒りをあらわにして指差した。

 

 ――偉そうにほざきやがってッ! 昼間から酔っ払ってイジンへの恨み事ばかり言っていたくせにッ!――

 ――ふふ、カエルの親はやはりカエルか……いや、お前はカエルなんて可愛いものじゃない。はるかに恐ろしい怪物だったな……――

 ――はぁッ?――

 ――私は知っているぞ。お前が犯した罪のすべてを……――

 

 後ずさる矢萩に、父親は蒼い冷笑を浮かべた。

 

 ――恐ろしい子だ、お前は……本当に……――

 ――だっ、黙れよ! 俺は何も悪いことなんかしていないッ! 何もだッ!――

 ――そう思っているのは、お前と下らない仲間たちだけだ……お前は、あまりにも罪深い……――

 

 節々ふしぶしのしわが目立つ両手がベルトを握って胸の高さに上げ、じりじり間合いを詰める。

 

 ――償いなさい。それがお前のすべきこと……そしてこれが、私がしてやれることだ――

 ――な、何をしようってんだッ、そのベルトで? まさか俺を、自分の子供を……!――

 ――おとなしくしなさい、あすろ。父さんが手伝ってあげるから、死んでおわびをするんだ――

 ――ざ、ざけんなよッッ!――

 

 迫る父親の腕をつかんで一進一退の取っ組み合い――憤怒で顔を真っ赤にし、激情を沸騰させながら矢萩は絶叫した。

 

 ――ずっと仕事、仕事で家族を顧みず、そのあげくに自殺して逃げたヤツが父親面するなッ! 俺の命は俺のものだ! 怪物だろうが何だろうが、殺されてたまるかよォッッッ!――

 

 その瞬間、着ていたセーターやダウンジャケットを貫いて矢萩の胸から凶暴な赤光がほとばしる。大量虐殺の爆発に似たそれは父親と工場を影も残さず消滅させ、すべてを赤黒い闇に消し去った。