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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.46 駆り立てる思い(5)

「……どう、なるんだ……」

 

 しわが寄った額に左手を乗せ、ひとりごちる……箸が進まぬ夕食を終え、タオルケットに包まってパイプベッドに横たわるユキトの不安を、ドア前に浮かぶカンシくんが機械的に撮影し続ける。クォンに宛がわれたドーム屋根住居の寝室……四分円形の部屋をさらに二等分するパーテーションの向こうには紗季用のベッドがあるが、彼女は外の様子を見に行っていて不在。

 

(……明日は戦いになるってクォンは言っていた……やるのか、佐伯さんたちと……)

 

 ヘブンズ・アイズを開くと、入り組んだ峡谷につながる森の手前の平原で佐伯や矢萩、潤たち数十名のキャラクター・アイコンが戦力を見せつけている……ドローンにこの集落を発見され、斯波ユキトと篠沢・エリサ・紗季の身柄引き渡しを拒否したことで戦いは不可避になった。ハーモニー軍は明朝峡谷に突入してここを攻めると宣言している。だから、そのときはしっかり加勢してもらう――先程のコネクトでのクォンの言葉が、耳の奥でよみがえる。現在、時刻は20時過ぎ……あと10時間もすれば、ハーモニー軍が動き出す――

 

(……どうして、こんなことに……助けは来ないのか……!)

 

 リアルから救助が来てくれたら……そう何千、何万回と焦がれて……だが、リアルTVで報道番組をチェックしている限りでは、救助の見込みどころか事件の報道自体めっきり少なくなっている……ごつごつと膨れた右手に左手の爪を立て、ユキトはスウェットシャツとTシャツの下で右胸辺りまで黒く征服したデモン・カーズを呪った。

 

(……くそっ!……いったい何を考えているんだ。HALYとかってALは……!)

 

 うめいたとき、玄関ドアの開閉音に続いて足音が近付き、ユキトの足元側にあるドアが開いてオレンジジャージ姿が入って来た。横になったまま頭を動かして目をやったユキトは、カンシくんを背にしての妙な微笑をいぶかしんだ。

 

「……どうした、篠沢?」

「ん? うん!」

 

 いやに愛想良く返事する紗季……そして、起き上がるユキトにアマチュア役者風な調子でしゃべり、歩み寄ってベッドに腰かける。

 

「――外で見張りのファン・ヨンミさんとかと話してたんだけどさ、コリア・トンジョクのみんなは明日の戦いにコミュの命運を賭けて当たる覚悟だよ。あたしたちも借りを返すために頑張ろうねっ! 斯波っ!」

「は? う、うん。あ――えッッ?」

 

 紗季にいきなりガッと抱き付かれ、熟れかけたぬくもりと柔らかさ、甘酸っぱい匂いの奇襲にユキトは頭が真っ白になった。

 

「……な、ななななな……」

「ちょっと、落ち着いてよ……」

 

 右耳の鼓膜に触れる、あきれ混じりの冷静なささやき。

 

「……え? あ、あの……」

「カンシくんに声を拾われないためよ。あんたも合わせて」

「あ、ああ……」

 

 ユキトは左手を紗季の背中にぎこちなく回し、衣服越しに伝わる胸の膨らみに気を取られながら芝居した。

 

「そ、そうだね。がっ、頑張ろうね……」

「……あんた、わざとらしいよ。もうちょっとうまくやってよ」

「はぁ? お、お前の方が……」

「……ねぇ、逃げようか?」

「えっ?」

 

 目をぱちくりさせると、紗季は声を一段と潜めて「今夜ここを逃げ出そうか?」と繰り返した。

 

「――封印の手錠をはめられていないんだから、どうにかできるんじゃない? ハーモニー軍との戦いを控えているから、クォンさんも戦力を損なうリスクを冒してまであたしたちを捕まえようとはしないんじゃないかな?」

「……そうかもしれないけど……この機会に佐伯さんたちを叩いておいた方がいいのかもしれない。ハーモニー軍は他と比べて強大だから……」

「力をそいで、争いを抑えようってこと?」

「うん……だけど、それが正しいのかどうか自信が無いよ……どうしたらいいのか、分からないんだ……」

「あたしも……ね、コネクトで佐伯さんを説得できないかな?」

「……話して分かってもらえるなら、遺跡から逃げ出すときにああはなってないよ……」

 

 話しながら、ユキトはぼんやりと両親を思い浮かべた。添い遂げるつもりで結婚したのだろうに、いつの頃からかすれ違って心が離れ、父の浮気をきっかけに家庭内別居するようになった両親……それを見てきたユキトは、人と人との関係に少なからず冷めた気持ちを抱いていた。

 

「……どうしようもないことだってあるんだ。世の中……」

「……やっぱり、戦うしかないのかな……?」

「……佐伯さんは、僕たちに執着している……捕虜に逃げられたままじゃ格好が付かないし、敵対勢力と組むことを恐れてもいるんだろう……」

「そうだね……」

 

 しんみりする紗季に黒い右手を添えて抱き、ユキトはまぶたを半分下げて瞳を陰らせた。

 

「……避けられないのなら、戦うしかない……だけど、佐伯さんたちにかなうかどうか……またあの力――黒い嵐が起きれば、どうにかできるかもしれないけど……」

「あれね……あたしは嫌だな……そもそも、どうして起こったのかさえ分からないし……それに、何となく嫌な感じがする……」

「僕も……やっぱり、訳の分からない現象に期待しないでやるしかない、か……」

「無理はしないでよ。力を使えば使うほど、あんたの体は……」

「分かってるけど、無理しなきゃ佐伯さんには歯が立たないよ……」

「あたしが何とかするよ。あんたの力になるから」

「……気持ちはありがたいけど、助けられてばかりって訳にはいかないよ……とにかく、やるしかないな……」

「うん……」

 

 互いの決心を確かめた2人は体を離し、紗季は奇形のグローブ然とした右手を見つめた。

 

「……体調、どう?」

「ああ、休んだら大分楽になったよ。それより、ごめんな……」

「何が?」

「その……」ユキトは、自分の右手を暗いまなざしで一瞥した。「……こんな手で触っちゃって……」

「は? あのね、今度そんなこと言ったらマジでひっぱたくからね」

 

 むっとして軽く右手を上げる紗季に謝り、ユキトは己に苦笑した。あの嵐の中で手を差し伸べてくれた彼女にそんなことを言うのは、失礼以外の何物でもなかった。

 

「あ、そうだ」

 

 ぽんと立ち上がった紗季はユキトに向き直り、腰に手を当て、前かがみになって互いの鼻がぶつかるくらい顔を近付けた。

 

「な、何だよ……?」

「さっきのは、全部お芝居なんだからね」きっぱりした小声。「妙な気を起こして夜中にあのパーテーションを越えて来ないでよ。それと、あたしこれからシャワー浴びるから、のぞいたりとかしないように。そんなことしたら、容赦なく矢で突き刺すからね」

「なっ……そ、そんなことするかよ……!」

「なら、いいんだけど~」

 

 紗季は体を真っ直ぐに戻し、ドア前のカンシくんを意識して笑顔を作った。

 

「じゃあ、そういうことで! 明日のためにゆっくり休んでね!」

 

 言い残して紗季は寝室を出、やがて隣の洗面室に入って中折れドアを開閉し、浴室でシャワーを浴びる音が壁越しに聞こえた。それを耳にしているのが恥ずかしく感じられ、ユキトは寝返りを打って音に背を向けた。

 

「……聞きたくて聞いているんじゃないぞ、僕は……」

 

 しかし、弁解するほど意識され、先程の抱擁の感触がよみがえっていっそう頬を紅潮させる。恥じらう一方でそれがとても大切に感じられ、ユキトは体に残るぬくもりをタオルケットの下でそっと抱き締めた。