REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.46 駆り立てる思い(2)

 

 血がにじんだような夕焼け……荒野に伸びる長い影――揺らめく石柱群の間を赤黒く染まった小柄な姿が転がるように駆け、己をすっぽり隠せる陰へつんのめって突っ込む。葉エリー――褐色の肌から噴き出た汗でTシャツを濡らし、その上のカーディガンやガウチョパンツのあちこちに染みを作った少女が空気を貪ってあえぐそこへ巨影がボォン、ボォン、ボォンッと跳ね、ぶつかった石柱をドガララッと崩して迫る。

 

「――ううッッ!」

 

 慌てて陰から飛び出した直後、身を隠していた辺りが砲弾を食らったように砕け、石柱が崩れる。両手で構えたダガーガンを震わせ、後ずさるエリー――見開かれた小さな目では、アジアゾウ並みの体高がある巨大カエル――〈トース・ラナ〉の丸い巨体がじりじり大きくなっていく。

 

「――ぅうわあァッッ!」

 

 パンッ、パンッ――トリガーが引かれて乾いた銃声が響くたび、ごつごつした土色の巨体に弾丸がめり込む。だが、怪物カエルは大してダメージを受けた風も無くビタッ、ビタッと前進し、ギョロッとした出目を細め、裂けた口から高速で舌を伸ばし――

 

「――ぁぶッッ!」

 

 斜め下に伸びた舌が、顔面をしたたか打つ――ボクサーのストレートをまともに食らったごとくよろけたエリーは頭から後ろに倒れ、束の間暗闇に落ちた。

 

「……う、うう……」

 

 ぐしゃぐしゃな意識を取り戻し、よろよろ立ち上がって……半ばもうろうとしたまま、トース・ラナに銃口を向ける。いくらかバリアに軽減されたとはいえ、先程石柱を砕いた舌の一撃は低い鼻をさらに潰して鼻血をぼたぼた滴らせていた。

 

「……た、倒さなきゃ……このモンスターは、この辺りじゃ一番弱――」

 

 トース・ラナの頭がブンと振られ、伸びた舌に横から打たれて――吹っ飛び、石柱に激突して地面に落ちるエリー――

 

「……う、う……く……!」

 

 石柱にすがり、立ち上がる横から再び舌が襲い、乾いた土の上をゴロゴロッと転がす。うつ伏せで止まったエリーは潰れた鼻を始め、全身をさいなむ痛みであふれる涙に歯を食いしばり、グ、グ、グ……と起き上がった。

 

「……こ……これ、くらい……」

 

 かつて受けたいじめに比べたら、何ともない――言い聞かせ、口元を汚した鼻血を手の甲で拭ってダガーガンを両手で握り、悲鳴に似た叫びを上げて突撃――連射がイボイボの皮膚を損傷させ、体当たりとともにダガーが肉に食い込む。だが、それらは致命傷には程遠く、振り飛ばされてダガーガンから手を離し、倒れかけた体が舌をぐるぐるっと巻かれてグイッッと引っ張られた。

 

「――あううッッッ!」

 

 上半身が大きく開いた口にバクッと囚われ、外で手足がばたつく。そのまま喉奥へ――と、少女の右手に鉛色の塊が握られ、裂けた口に突っ込まれた次の瞬間巨体が一回り膨れ上がってボォオンッと爆発、ばらばらに飛び散った肉塊が光のちりに変わる。

 

「……うぅ……!」

 

 手榴弾の破片がこれでもかと突き刺さった、ずたずたの右手……激痛で気を失いかけながら投げ出された身を起こし、左手に出現させたポーションの蓋を口で開ける。

 

「……や、やったよ、ジュリアちゃん……これで、新田さんにちゃんとしたご飯を食べてもらえる……」

 

 佐伯のもとにいるのを危険と判断し、ユキトたちが起こした騒ぎに乗じて遺跡から逃げ出して数十日……どうにか倒せるモンスターをときに捨て身で狩りながら、エリーは新田を連れて当ての無い旅を続けていた。

 

「……くぅ……」

 

 1瓶では完治せず痛みが残る体を動かしてダガーガンを拾うと、少女は伸びた薄い影を引きずって揺らめく空間をふらふら歩き出した。稼ぎが少ないので、ポーションも極力節約しなければならない。リアルの肉体準拠なので、時間はかかるが傷はいずれ塞がって痛みも引く。それゆえ治療は最低限にとどめ、後は自然治癒力に任せていた。

 痛々しい姿はやがてぼろぼろの墓石に似た石柱に近付き、大木ほどの横幅がある影に背中をもたれ、足を投げ出してぼんやり座るポロシャツ・チノパンの新田を見て、足を速めた。

 

「ごめんなさい、お待たせして……」

 

 笑顔を作って声をかけても、焦点が合っていない瞳は薄闇を漂うばかり。エリーはよろめきながら隣に腰を下ろし、暗い影の中で横顔を見上げた。

 

「……今夜は、何がいいですか? いつもわたしが栄養バランスとか言って勝手に選んでばかりだから、たまにはリクエストして下さいよ」

 

 答えは無い。笑顔が剥落しそうになるのをこらえ、エリーは台湾語の歌を口ずさみ始めた。認知症を患って老人ホームに入所している母方の祖母が、幼い時分によく歌ってくれた春の陽のように芳しく暖かな歌……冷たい新田の手に手を重ね、これまで何度も慰められた歌を歌い終えると、エリーの表情は少し影に侵された。

 

「……やっぱり、おばあちゃんみたく歌えないです。ごめんなさい……好きな食べ物も、新田さんの奥さんならきっと知っているんでしょうけど、わたしは何も知らない……ごめんなさい、役に立たなくて……」

 

 顔の陰影が濃さを増し、背中が曲がって頭がゆっくり垂れる。そして――

 

「――ごめんなさい、新田さんッ! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいぃぃぃぃ……!……」

 

 決壊したように泣き崩れ、ぼろぼろこぼれる大粒の涙がガウチョパンツを濡らして染みを広げる。

 

「……あ、あのとき、わたしに力があったら……ううん、そんなのウソ……わ、わたし、新田さんがリアルに戻れなければ……わたしとここにいてくれればってどこかで思ってて……だから……だから……こ、こんなことに……本当に……本当にごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 肩を震わせてすすり泣くエリーと新田の前で、コネクトがメッセージ受信を知らせる。目をこすり、鼻をすするエリーがうつむいたままメッセージを開くと、『神』になったルルフが神聖ルルりんキングダムに加われば幸福が約束されると言葉巧みに誘う映像が流れる。

 

「……何が神よ……神様なら、新田さんを元に戻してよ……!」

 

 無遠慮な映像が消え、コネクトが神聖ルルりんキングダムメンバー全員をユキトや紗季、ハーモニーのメンバーと同じく接続拒否にする。涙と鼻水で汚れた顔をカーディガンの袖でこすって立ち上がり、エリーはうつろな新田を悲愴な面持ちで見つめた。

 

「……わたし、強くなります……強くなって、ディテオを倒して、きっと新田さんをリアルに帰します……!」