REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.45 逃避行(1)

 

 かすみ、たゆたう陽が西へよろめくはるか下……高さ百数十メートルに及ぶ切り立った崖の狭間に薄ら寒い影が満ち、入り組んだ川さながらに一帯を統べる。その薄暗いラビリンスの底……重い足取りで歩む紗季……斜め後ろのユキト……謎の黒い嵐に助けられ、早1カ月――何度かハーモニー軍の追手に見つかり、そのたびに切り抜けて逃避行を続ける2人の顔には、影よりも濃い陰影が深く染み付いていた。

 

「――っ……!」

 

 揺らめく視界が暗転し、もつれた足にスウェット姿を投げ出されるユキト――小石が散らばる地面に倒れたところへオレンジジャージ姿が近寄り、バッテリー切れ間近の動きで起き上がるそばにしゃがむ。

 

「大丈夫?」

「……何ともない……」

「体調悪いんでしょ? ちょっと休もう」

「そんなことしてたら、また追手に見つかる……それに、佐伯さん自ら部隊を率いて来るんだろ?……」

「だけど、無理してたら動けなくなるよ。向こうもステルス・モードだからどこにいるか分からないけど、こんな迷路の中じゃ簡単にあたしたちを見つけられないよ。少し座ろう。ね?」

 

 腕を取られたユキトは引かれるまま十数歩歩いて端に寄り、ごつごつした岩肌に寄りかかりながら腰を下ろして足を投げ出した。その隣に座った紗季は色の悪い顔をのぞき込み、力無いため息を漏らした。

 

「ATVがあれば、楽できるのにね……」

「……仕方ないだろ。個人には高い買い物なんだから……それに、こんなざまじゃ……」

 

 頭の奥から響く鈍痛、全身をさいなむだるさに眉間のしわをもだえさせ、うっすら充血した双眸が黒く腫れた右手をにらむ。

 

「……満足に稼げやしない……そのせいでシャイロック金融も貸し渋るし……第一、無免許運転なんて……」

「……ねぇ、ルルりんキングダムに行かない? 高峰さんなら、斯波のこと助けてくれるんじゃないかな?」

「神だの何だの言い出して、勧誘のスパムメッセージをじゃんじゃん送りつけるところに?……お前もうっとうしいって怒ってたじゃないか?」

「そうだけど、このままじゃあんた持たないよ。だったら、コリア・トンジョクは?」

「……どっちにも行く気ないよ。悪い予感しかしないからな……」

「……もう一度、赤い星を追ってみる?」

「……どうせ、また振り出しに戻るだけだろ……」

 

 まつ毛をしおれさせ、のけ反らせた頭を後ろの岩肌にもたれさせて、紗季は眼前にそそり立つ絶壁を半ばぼう然と見た。

 

「……エリーちゃんやジョアン、どうしてるのかな……? コネクトはつながらないし……ジョアンはともかく、新田さんを連れたエリーちゃんは心配だよね……」

 

 ユキトは投げ出した足の間、ずるずる流れる地面に目を落とした。逃避行当初、紗季は遺跡にいる沢城たちと密かに連絡を取っていて、佐伯がユキトたちをとらえるために部隊を率いて遺跡を出たこと、ユキトたちがきっかけで起きた騒動に紛れてエリーが新田と姿を消し、ジョアンも失態の責任を問われるのを恐れて、あるいは仲間と逃げ出したルルフを追うために行方をくらませたことなどを聞いていた。

 

「……どうして、こんなバラバラになっちゃったのかな……」

 

 隣のつぶやきに押し黙るユキト……寄りかかっている岩肌の凹凸が、薄れたバリアを通して背中に冷たく、つらく当たる。

 

「……HALYってさ」

「ん……?」

「何であたしたちをさらったのか知らないけど、こんな有様、どう思ってるんだろうね……」

「さあな……」

「……リアルTV、見てる?」

「いや……」

「……あたしたちのこと、ニュースとかでほとんど取り上げられなくなってるよ……後から起きた色んな事件とかに押し流されたみたいに……」

「……そんなもんだろ……忘れっぽいんだよ……」

「……だけど、そんなリアルでも帰りたい……もう嫌だよ、ここは……!」

 

 紗季は両膝を立て、腕で抱えて背中を丸めた。それを横から見たユキトは、胸の重みで沈むようにうな垂れた。

 

「……そろそろ、行こう……」

 

 紗季を促し、重い体をのろのろ動かして立ち上がろうと――その耳に高速で飛来音が突っ込み、反射途中の体を爆発がふっ飛ばして岩肌にドッと叩き付ける。

 

「……ッ、し、篠沢ッ?」

「……へ、平気、ちょっと頭打っただけ――あッ、あれ!」

「――見つかったかッ!」

 

 急ぎ立ち上がり、自分たちが歩いて来た方から現れた一団に黒い右こぶしを突き出すユキト。ハンドルを握る白軍服の5名――ハーモニー軍の先兵は、距離を置いて白虎モデルのATVを横一列に並べ、中央のメガネ青年・梶浦以外がグレネードランチャーの照準を逃亡者たちに合わせる。