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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.43 黒い力(2)

TEM†PEST

 軍事務所に飛び込むやカウンターを乗り越えて夜勤の兵士に殴りかかり――ユキトはコネクトする間を与えずにのして気絶させ、ライトンをつけて奥の階段をダダッと駆け下りた。

 

「――篠沢っ!」

 

 ブタ鼻からの光が鉄格子越しに留置室の中を照らし、奥に洋式便器がある4畳ほどの小部屋で毛布に包まっている紗季を浮かび上がらせる。ユキトはすぐに右こぶしで扉を破壊し、驚いて飛び起きるオレンジジャージ姿のそばにしゃがんだ。

 

「斯波! あんた、どうして?」

「助けに来たんだ。早く逃げよう!」

「だけど、ここを出てどうするの?」と、紗季が栗色のショートヘアを撫で付ける。

「とにかく、遺跡を出るんだ。篠沢だって、こんな扱いもう嫌――」

 

 急なめまいに崩れ、ユキトは両膝と右手をドッと床に突いた。意識がぐにゃりとひずんで暗くなり、そのまま消えそうになる。

 

「斯波! 大丈夫っ?」

「……あ、ああ……!」

 

 眉根をきつく寄せ、頭を左右に振って意識をつなぎ止めると、黒い異形と左手とが紗季の手首にはまる封印の手錠をつかんで力任せに外し、脇にバラバラッと投げ捨てる。

 

「……ほっといてよかったんだよ、あたしなんか……」

「そうはいくか……僕のせいで新田さんがあんなことにならなければ、篠沢たちはこんな目に遭っていなかったかもしれないんだ……」

「斯波……分かったわ、早く逃げましょ。エリーちゃんたちが釈放されたって聞いたけど、本当なの?」

「そうらしい。高峰さんが教えてくれたよ。彼女が僕を逃がしてくれたんだ」

「高峰さんが?」

「ルルりんキングダムもハーモニーから離脱するつもりらしい。僕のことが放っておけなかったから、助けたんだって」

「ふぅん……」

「さ、早く行こう!」

「そうだね……」

 

 いぶかる紗季を急かし、ユキトは砂が詰まったように重くだるい体を押し、先に留置室を出て階段をのぼった。1階に出て角を曲がると左手にカウンターがあり、その向こう――並ぶデスクの間には、ひっくり返ったイスと気絶した兵士が見える。ライトンを消したユキトは早く軍の手の届かないところに逃げたい気持ちに駆られて足を速め、開けっ放しの出入り口から飛び出した。

 

「――ッッ――!」

 

 攻撃的な光が目をくらませてスニーカーを急停止させ、続いて出て来た紗季をたじろがせる。事務所を背にした両名に、食らいつくような弧から放たれるライトンの光――待ち構えていた、ざっと50人ほどの兵士のまなざしがギラギラと集中していた。

 

「……な、何……?」

「ど……どうなってるの……?」

「斯波」

 

 黒い右手で光を遮っていたユキトは銃声に似た呼び声にビクッとし、真っ正面の光源の横に腕組みした佐伯を認めて思わずよろめいた。視線を横に振れさせると、佐伯の左右には後藤アンジェラと冷たい顔付きの潤が立ち、少し離れて矢萩と三人衆、そして後ろ手に拘束されているルルフたちのひどい渋面がある。

 

「高峰さん! 何が……?」

「ふん、やっぱりイジンはバカだよな」

 

 矢萩が、入谷に押さえられたルルフにうねった頭を傾ける。

 

「――泳がされていたとも知らずに。俺たちを甘く見やがって」

「ホーントですよねぇ! アハハハハッ!」

 

 入谷がキンキン笑い、北倉、鎌田をそれぞれ押さえる中塚と真木が嘲笑を重ねる。薄闇で黒ずんだ軍服姿の後方には、ルルフが拘束されたと知って駆け付けた生粋のルルラー100名余りが群れていたが、佐伯以下精鋭ぞろいに臆して固まっていた。

 

「これで、ルルりんキングダムはお終いです」後藤が横目でルルフたちを見る。「許可なくハーモニーを抜けようとするのも問題ですが、何よりも兵士に暴行を加え、軍の管理下にある者を解き放って軍事務所を襲撃させたのは重大な犯罪。そのような組織並びに中心人物たちは、徹底的に処罰されてしかるべきでしょう」

「そ、そんなイジワルしないで下さいよぉ~」ルルフの猫撫で声。「ちょっとした出来心なんですよ、佐伯リーダー~ 大目に見て下さいよ~」

 

 何とかチャームで惑わそうとするも、腕組みをした佐伯は目もくれず、代わって潤が手厳しくはねのける。

 

「みっともないわね。気色の悪い声を出すのはやめなさい!」

「なっ……あんた、ルルにそんな口を利いて! ただじゃ済まないわよッ!」

「やれるものなら、やってみなさい。そんなざまで何かできるのならね」

「アハハッ! 残念だね、ツインテールオバちゃ~ん!」と、ルルフより年若い入谷が小馬鹿にする。

「くッ、くそおッッッ! 俺たちが付いていながら申し訳ありませんッッッ、ルルりんッッッッ!」

「……無念です……申し訳、ありません……!」

 

 身をよじって悔しがる北倉とうなだれた鎌田の顔は腫れ上がって血で汚れ、『HYPER PRETTY』の金文字入りTシャツは、あちこち無残に裂けていた。距離を取ったままのルルラー群から非難が散発的に上がったが、それも振り返った兵士にじろりとにらまれると、たちまち消えてしまった。

 

「諦めろ、斯波」

「佐伯さん……」

 

 斜め後ろに紗季を感じ、ユキトは下げた足をギリギリ戻して汗ばむ左右のこぶしに遮二無二力を込めた。屈し、矢萩のような奴が交じっている軍に紗季を返す訳にはいかない――その思いが、地面を踏み締めさせた。

 

「……できません……!」

「無茶だよ、斯波……この顔ぶれじゃ、勝ち目ないよ……」

「それに、お前は本調子ではなさそうだ。デモン・カーズのせいなのだろう? 無理をしていたずらに命を縮めることはない。おとなしく降参するんだ」

「嫌ですッ! 僕たちは遺跡を出て行くんだ! そこをどいて下さいッ!」

 

 黒い塊が上がり、帯びた光の炎を揺らめかせる。それを見た兵士やルルラー、騒ぎを聞き付けて集まって来た野次馬たちが一触即発の気配にどよめく。

 

「聞き分けが無いようだな」

「どいて下さいって言ってるんですッ!」

「斯波、もういいよ! あんたの命を削ることなんかないよ!」

「いいんだ、篠沢。僕が自分で決めたことなんだから……!」

「……仕方ない」

 

 組まれていた腕が解けて潤たちが左右に離れ、止めようとする紗季を退けたユキトがファイティングポーズを取る。だが、得物を握る前から佐伯は烈々たる気で圧倒し、慄然とする少年の全身から冷たい汗を噴き出させた。

 

(……く、踏み込めないッ……!)

「覚悟はいいな、斯波――」

「Waitですッ、リーダーッッ!」

 

 兵士の群れ――ユキトから見て左手側から待ったがかかり、ジョアンが素早く前に出て来て直立する。