REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.43 黒い力(1)

 もだえて壁側に寝返り、ユキトは暗闇で低くあえいだ。カンシくんのカメラを避けてベッドに潜った全身が病巣びょうそうになったように苦しく、脈動するたび鈍く痛む。1カ月を超える探索の疲労に加え、昼間矢萩から受けた拷問のダメージが呪いに加勢してさいなんでいた。

 

(……くそっ……)

 

 両手首、とくに左よりも一回り太い右手首から伝わる手錠の冷たさ……苦痛が恐ろしい運命を思い知らせ、涙をにじませてあがく少年を闇の奥底へずるずる引きずっていく。

 

(……篠沢……)

 

 閉じたまぶたの裏に紗季を思い浮かべ、ユキトは歯をギリギリかみ締め、こぶしを作った。

 

(……お前も、ひどい目に遭わされてるのか……?)

 

 案じるほど動悸がひどくなり、助けに行かなきゃという思いが燃え上がりかける。だが、封印の手錠で無力にされ、カンシくんを通じて詰所の兵士に見張られている状況が――デモン・カーズの執拗な責苦が、それを暗い泥沼の底に沈め、埋めてしまおうとする。

 

(……篠沢……く……!……)

「――はーい! 起っきなさぁーいっ!」

 

 照明スイッチが入る音とともに無遠慮な声が掛け布団越しに炸裂、足音がずかずか近付く。びっくりして飛び起きたユキトは、照明の光を浴びてブロンドのツインテールとロリータ・ワンピース姿をきらめかせるルルフを前にぽかんとした。

 

「た、高峰さん、どうしてここに……?」

「『ルルりん』でしょ、ユッキー。ほらほら、ルルへのご挨拶は?」

「え、ハ、ハイパープリティ……そ、それより、何をしているの?」

「決まってるでしょ~ 助けに来てあげたのよ」

「助けにって……」

 

 ユキトの視線が、ルルフの斜め後ろに浮かぶ円柱型の監視装置――カンシくんに転じる。

 

「――ここは見張られているんだ。すぐに軍の連中が飛んで来るよ!」

「ユッキー、ルルを誰だと思っているの? ルルりんキングダムの高峰ルルフ様よ? ルルフパレスを見張っていたヤツはもちろん、詰所にいるのだって、ほら」

 

 腰に手を当てたルルフがコネクトを開き、ウインドウをユキトに見えるように回転させてそばへ送る。そこには封印の手錠と猿ぐつわをはめられて床に転がる2人の兵士と、得意顔の北倉&鎌田がセットで映っていた。そして画面が切り替わると、ルルフパレスを監視していた兵士がルルラーたちの手で同じように拘束されている映像が映る。そのどちらも夜陰に乗じた不意打ちの成果だった。

 

「――と、こんな具合。封印の手錠でアプリも使えなくなってるから、あのカンシくんはただの筒よ。さあ、それじゃ手錠を外してあげるから、手を前に出して~」

「あ、うん……」

 

 言われた通りに出すと、手錠はイジゲンポケットから取り出された鍵――詰所の見張りが持っていた物――で外され、掛け布団の上にぽいと放り投げられた。

 

「これでよしっ。自由だよ、ユッキー」

「だけど、どうして……こんなことしたら軍――佐伯さんを敵にしてしまうよ?」

「いいの、いいの。ルルたちは遺跡を出て行くから」

「え? 遺跡を出るって、ハーモニーを抜けるの?」

「そうだよ。ユッキーたちはまだ知らないかもだけど、コリア・トンジョクも一騒動起こして出て行ったんだよ」

「コリア・トンジョクが?」

「そ。だから、ルルたちもそうするの。ガチガチで息苦しいんだもん。こっそり出て行くつもりだったけど、ユッキーをこのままにしておくのはハイパーに可哀想だから、助けに来てあげたんだ~」

 

 ルルフは膨れてごつごつした黒い右手をちらっと見、ユキトを魔石のような瞳にとらえて、「そう言えば……」と紗季たちの話を持ち出した。

 

「――葉さんと新田さんは釈放されたけど、篠沢さんはまだ軍事務所地下の留置場にいるらしいよ。彼女、気が強いからね~ 反感買ってひどいことされていなければいいけど……」

「――!」

「仲間なんだから助けに行きなさいよ、ユッキー。チャンスは今しかないよ。軍の連中が、これに気付いてわらわら出て来たらアウトだと思うよ~」

 

 直視されたユキトはまぶたをカッと上げ、目を転じて見つめた右手を握った。体の内部では依然重いだるさと鈍痛とが荒れていたが、それを押してベッドから出、紗季を助けたい思いに後押しされてルルフの横に立つ。

 

「ありがとう……高峰さんたちも早く逃げた方がいいよ」

「もちろん、そのつもりだよ。ところでユッキー、黒の十字架のことは何もつかんでいないんだよね?」

「……やっぱり、それが気になるんだね。知らないよ、何も……残念だけど……」

「……そうなんだね。だったらいいの。それじゃ、頑張ってね~」

「軍事務所地下の留置場だね……じゃ、行くよ」

「はーい。行ってらっしゃーい」

 

 言うが早いか駆け出し、パッとスニーカーを履いて玄関から飛び出して行くユキト――手を振って見送ったルルフはほくそ笑み、コネクトを再び開いて詰所にいる北倉と鎌田を呼び出した。

 

「うまくいったわよ」

『みたいですね。南に走って行くのが窓から見えましたよ』

『さすが、ルルりんッッ! すべて目論見通りですねッッ!』

「ふふぅん。軍がユッキーたちに気を取られている隙に遺跡から脱出する――ハイパーに完璧なプランだね。それにしても、ハーモニー軍もちょろいね。拍子抜けするくらい簡単に運ぶんだもん」

『それもこれも何もかもすべてルルりんがハイパーだからですッッ! 美しく賢く大胆で、天に愛されているルルりんは敵なしですよッッッ!』

『そうですね。――さ、ルルラーたちにコネクトしてエクソダスを始めましょう!』

「オッケー! 窮屈なハーモニーにさよならして新天地にゴー!――ハイパーにワクワクしちゃうなあ!」

 

 ぴょんぴょん跳ねてツインテールの翼を踊らせるルルフはユキト宅を出、詰所から出て来た鎌田たちと暗がりで合流すると、発光するコネクトのウインドウに嬉々とした顔を照らされながらルルラーたちを呼んだ。