REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.41 オーバーロード(3)

「……――っ……!」

 

 ガクッと膝を折り、ユキトはばらけるごとく倒れた。黄昏たそがれた世界がのしかかっているのかと思うほど全身が重く、鈍痛が頭を内部からひび割れさせる。

 

「――斯波っ!」

 

 駆け寄った紗季の力を借り、ずるずる四肢を動かしてどうにか起き上がると、地面にべたっと座り込んでこうべを垂れ、だらりとした右手の固く膨れた甲を薄闇色の土に付ける……もはや戦う力は、微塵も残っていなかった。

 

「平気なの? ねぇ!」

「……心配ない……それより、やったんだよな……」

「そうだよ! 勝ったんだよ、あたしたち!」

 

 頭を上げ、ユキトはまぶたが半分下りた目で暗さを増した谷底を眺めた。気が遠くなるほどいたター・マントの影は一つも無く、微かに残る光のちりが赤黒くにじんだ夕空へうっすらのぼるのみだった。

 

「……そっか……」

 

 タブをはめた紗季の右手が発する光が全身の傷を癒し、ずたぼろのスウェットパーカーとパンツを修復する。体を動かすのがやっとという疲労困憊は変わらなかったが、痛みが取れたことでいくらか余裕ができたユキトは紗季をよく見てジャージのあちこちが裂けた姿にハッとし、伏せた目を瞬かせながらギガポーションを取り出した。

 

「こ、これ使えよ。ジャージ、ぼろぼろだぞ……」

「ん? あっ、やだッ! どエッチッ!」

「べ、別にその程度……ビキニよりは隠れてるじゃないか……」

「何言ってんのよ! さっさとそれ貸して!」

 

 紗季は金の瓶を引ったくり、手早く光の粒子を浴びて体とジャージのダメージを完全回復させた。

 

「まったく、エロ斯波なんだから……――あ、エリーちゃん」

 

 乱れた栗色の髪を撫でつけた紗季が、ライトンの光を頼りに斜面をへっぴり腰で下りて来るエリーを見つける。少女が下りて駆け寄る先に起動させたライトンの光と視線を動かしたユキトたちは、自分たちから少し離れたところにへたり込む新田の丸まった背中を認めた。飲み込もうとするター・マントの荒波に全身全霊でぶつかり、2人を叱咤して死力を尽くした青年は光を失い、プロテクターと制服もあちこち砕け、裂けて血で汚れた無残な様をさらしている。エリーはポーションをいくつも使ってそれらを元通りにし、うつむいた顔を横からのぞいて呼びかけたが、繰り返しても返事は無かった。

 

「新田さん……?――立てる?」

「うん……」

 

 紗季の肩を借りて立ち上がったユキトは曲がった背中に足を引きずって近付き、エリーとは反対側から声をかける。ユキトを支えながらしゃがんだ紗季が照らしてのぞき込み、肩を軽くゆするも、新田はまるで心が死んだかのように無反応だった。

 

「……新田さん? ねぇ、新田さんてば!」

『オーバーロードし過ぎた結果です』

 

 紗季たちがぎょっとして仰いだ先で、ワンが暗くきらめく。

 

『――オーバーロードによる多大な負荷で、新田公仁の頭は壊れてしまいました。それはすなわち、アストラルが深刻なダメージを負ったということです』

「……そ……そん……な……」ぶるぶる震え、エリーがヒステリックに体を揺する。「に、新田さんッ! 新田さんッッ! 新田さァんッッッ!――」

『無駄です、葉エリー』

 

 無情な言葉に耳を貸さず、エリーはがく然とするユキトと紗季の前で執拗に呼びかけ、揺すり続けたが、新田はされるがままがくがくするばかりだった。

 

「……に、にっ……た……さん……新田……さ……ん……!……うう……ううぅ…………………………………………」

「……エリーちゃん……」

 

 紗季はユキトを座らせると、折った両膝と両手を地に突いてうな垂れ、嗚咽する小さな影の横に回って細い肩にそっと手を置いた――が、それは思いっきりはじかれ、驚いて引っ込めた紗季は涙と鼻水に汚れてぐしゃぐしゃになった形相でにらみつけられ、たじろいだ。

 

「……あなたたちのせいだ……あなたたちのせいで、新田さんはこんなことになったんだッ! 返してッ! 新田さんを返してよッッ! 返してよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォッッッッッ!――――――」

 

 悲痛な叫びを投げつけ、新田に取りすがって号泣するエリー……小柄な体すべてで慟哭どうこくする姿を前に、ユキトと紗季はどす黒い黄昏の下で立ち尽くすことしかできなかった。