REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.41 オーバーロード(2)

 亀裂の底で光がはかなげに生じては消え、血に飢えたかのようにうねる黒い荒波が抗う者たちを飲み込みにかかる。それを縁からのぞいていた新田は息が詰まった顔を引いて後ずさり、プロテクターでガードされる背を向けてうつむき、底を凝視したまま凍りついているエリーを横目で見てかすれ声を出した。

 

「……い、行こう……」

「……えっ?」

 

 向けられる、固まった小さな目……フリーズした顔……新田は赤茶けた地面に焦点を合わせ、苦しげに喉を震わせた。

 

「……あれじゃ、助からない……飛び込んでも無駄死にするだけだ……」

「……で、でも……あ、あ、あの……」

「――ダメなんだよッッ!」

 

 唾を飛ばして怒鳴り、地面をにらんでまくし立てられる弁解――

 

「――薄情だな、スペシャル・スキルを使って助けろって思ってるんだろ? だけど、俺はリアルに戻らなきゃいけないんだッ! 家族のところに帰らなくちゃいけないんだよッッ! それに……それに、もうオーバーロードは、ディテオと戦うとき以外使いたくないんだ! 魔力を増幅させるこのスキルは、毎回俺に多大な負荷をかけている……使い過ぎると、取り返しのつかないことになるんだッ! そしたら、もう二度と家族に会えなくなってしまうだろッッ!」

 

 新田の顔は、かぎ爪が生えた手で心臓をわしづかみにされているようだった。彼等の頭上では衰弱した陽がゆがんだ西の地平へ傾き、ワンがたゆたう世界に開いた穴のごとく浮かんでいた。

 

「……わ……わ、分かり……た……」

 

 おずおずと目を上げ、新田はあえぎの方をうかがった。そこにあったのは、今にも嘔吐しそうな顔でがたがた震える、見るに堪えない様。

 

「……い、い、行きま、しょう……」

「……」

 

 顔を背け、新田は流動に流されるまま西へコンバットブーツを動かした。その後にエリーが半死人の足取りでふらふら続く。一歩……また一歩……少しずつ遠ざかる裂け目が揺らめきを強め、ぼやけてゆっくり、ゆっくり消えていく………………………………

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………――――――――――」

 

 不意に止まる、コンバットブーツ……つられて立ち止まったエリーは、小刻みに震える体――こぶしを前にし、ぐずぐずの小さな目を見開いた。

 

「……ダメ、なんだよ……」

 

 うめき、新田は震える左こぶしを胸の前に上げ、薬指で銀色に光る輪を見つめた。

 

「……そうだよな……こんなことしたら、俺はもう……」

 

 顔を上げて赤い星をにらみ、もう一度銀のきらめきを見つめた新田はきびすを返し、ふらっと横にどいたエリーのそばを決然とした足取りで通った。

 

「に、新田さん?」

「エリーちゃんは、ここにいろ。俺は、2人を助けに行く」

「えっ? あっ、あの、ま、ま、待って、待って下さいっ!」

 

 立ち止まったところにエリーは駆け寄り、声をすがりつかせた。

 

「――つ、使い過ぎたら、取り返しのつかないことになるんですよね? そ、それに、それで助けられるかどうか……」

「……見捨てたら、俺は家族に合わせる顔が無くなる……それは、嫌なんだ……!」

 

 振り返って悲壮な微笑を浮かべ、新田はうろたえて固まる少女に優しく告げた。

 

「……強くなれよ、エリー……もし俺に何かあったときは、家族によろしく伝えてくれ……」

「にっ、新田さ――」

 

 引き止めようとするのを振り切って駆け出し、雄叫びを上げながら裂け目に飛び込んでザザザッッと斜面を滑り降りる――その体から金のオーラがゴオオッッと燃え上がり、両目の虹彩がカッと輝く。

 

「――悠那、パパはやるよ! お前が誇れる父親であるためにッッ!――」

 

 オーバーロード、発動――魔力が爆発的に高まり、エネルギーを増した光熱弾、続いてアステロイドクラスター――光熱球群が這い上がって来るター・マントたちに雨あられと降って四散させる。蹴散らして底に降り立った新田は、黒い波とうを砕いて光のちりを乱舞させながらユキトと紗季に合流した。

 

「――すまない、遅れてッ!」

「新田さん! 来てくれたんですか!」

 

 オレンジジャージがあちこち裂けた紗季が驚き、スウェットパーカーとパンツを血でまだらに汚したユキトが目を丸くする。うなずいた新田は前方からの大波にサンダーボルト――いかずちのドラゴンを突っ込ませて黒い肉片と光のちりを連鎖的に飛散させた。

 

「――だけど、あたしたちどつぼにハマっちゃってるんです! 逃げようにも、これだけ囲まれてたら無理ですよッ!」

「だったら、こいつらを全滅させてやるッ! やるぞ、斯波君! 篠沢さん!」

「わ、分かりました!――踏ん張れる、斯波?」

「あ、当たり前だろ! やるさ! やってやるッ!――」

 

 全身から光を噴き出し、息を切らせるユキトが流れる地面を踏み締めて押し寄せる荒波に連打をぶちかます。歯を食いしばってメテオライツを発動させ、放った矢を散弾状の光に変えて打ち込む紗季、そして、己を鮮やかに燃焼させて光熱弾を、吠え猛る稲妻をひたすら、切れ目なく食らわせ続ける新田――深い谷底で三つの魂は一つになって破滅のうねりと闘い、薄闇を蹴散らして命を輝かせ続けた。