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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.41 オーバーロード(1)

TEM†PEST

 水面みなもの像のごとく揺らめく、濁った薄曇り……うつろに燃える陽が、赤い星の輝きの方へ、西へ傾く。遺跡を出て、およそ1カ月……石柱が林立する黒砂漠を、奇岩が点在する渓谷を越え、そして今、赤褐色の荒野を踏んで流動の中をひたすら進む新田に紗季、顔色の優れないユキトが続き、小柄な体を引きずるエリーが遅れまいと懸命に歩く頭上には、いつの間にか現れたワンが浮かんでいた。

 

「……エリーちゃん、大丈夫?」

 

 紗季が振り返って心配し、微かにゆがんだカーキ色とプロテクター――新田の背中にちらっと目をやる。

 

「へ、平気です……」

「だけどさ……」

 

 足を止めた紗季と、つられてストップしたユキトの間をふらふら……今にも流されそうな有様で通って、エリーは一途に新田を追う。

 

「エリーちゃん……」

「……行こう。止まっていると、歩けなくなるぞ」

「斯波……あんた、顔色良くないよ。少し休んだ方が……」

「いいんだ……」

 

 憂いを退け、黒い右こぶしを固めるユキトのスニーカーが、小石を蹴って混沌と流れる赤土を踏む。戦いに次ぐ戦い……その中で、見かねた紗季が意見した後も続く新田の押し付けですり減り、ひどさを増す頭痛やだるさにさいなまれながら……

 

「……このまま進んでいいのかな?……遺跡とはコネクトできないし、流動はいつの間にか方向を狂わせて……あたし、怖いよ……」

「……リアルに戻りたければ、進むしかないんだ……とにかく、歩こう……」

 

 乾いた唇を舐め、砂混じりの唾を脇にペッと吐いて、ユキトは離れて前を行く輪郭が崩れた背中をにらんで重い足を出した。流動で時折狂う方向を雲間の赤い輝きで修正しながら、前へ、前へ……漂流者が海原をかき進むように前へと進み続けると、やがて前方のゆがみに裂け目らしきものがぼんやり浮かぶ。目を凝らしながら近付いて行く前に姿を現す、それは――

 

「……こ、れは……」

 

 立ち止まり、しばしぼう然とするユキトとその横に立つ紗季の視界を断ち切るのは、大口をグワァァァァッと開いて裂けた大地。少年少女からいくらか離れたふちでは、新田とエリーが恐ろしく深い谷間を慎重にのぞき込む。北から南へ――ゆがみの向こうから彼方へ続く亀裂は、向こう側まで100メートルくらい幅があって飛び越えるのは無理だった。

 

「……下りて向こうにのぼることは、できそうだけど……」

 

 紗季が斜面に視線を滑らせ、深い影が満ちる裂け目に懸念を抱く。

 

「……何だか嫌な感じがするな……そう思わない、斯波?」

「……ヘブンズ・アイズにモンスターの反応は無いけど……」

「油断できないわよ。――新田さん、どうします?」

「下りるよ」

 

 にべもなく即答すると、新田は迷わず斜面に足を踏み出した。

 

「ちょ、ちょっと、新田さん! 少し待って――」

「君たちは後を付いてくればいい。俺が先に下りて安全を確かめる」

「だけど――」

 

 急く新田が下り、へっぴり腰のエリーがおっかなびっくり続くのを見て、ユキトたちもやむなく暗い裂け目の底へ下り始めた。滑落しないように注意して下りるにつれ、濃くなる影が汗ばんだ肌を冷やして寒気を覚えさせる。200メートルほど下ってようやく底に着いたユキトが見上げると、不穏な様相の空が裂け目を塞ぐようにのしかかっていた。

 

「……気味が悪いな」

「そうね……――新田さん、早く上がりましょう」

「もちろんだよ。こんなところでもたもたするつもりは――ォッ?」

 

 斜面を上がりかけたそのとき、突如ボコッと盛り上がる足元――よろめく新田の眼前に影が飛び出し、グラップル顔負けの大あごが挟み殺さんと襲いかかって――

 

「――のォッ!」

 

 炸裂する光熱弾――爆発が黒い外骨格や血肉、臓器をバウッと飛び散らせ、体長1.5メートルほどの巨大アリが跡形も無く消え去るそばから同類が谷底、斜面から沸騰するようにボコボコわき、うろたえる一同はたちまち千を超えるかもしれぬ数に取り囲まれてしまった。

 

「――なっ、何よ、こいつらッ!」

『〈ター・マント〉です。篠沢・エリサ・紗季』

 

 すうっと谷底へ下りて来たワンが、栗毛ショートヘアの上で淡々ときらめく。

 

『――ここ、デス・バレーに生息するモンスターです。早く逃げませんと、大あごでかみ殺されてしまいますよ』

「まったく、あんたって!――」

 

 パッと出した洋弓ブレイズウインドをつかみ、タブをはめた右手で矢をつがえて弦を引く紗季――放たれ、光に変わった矢は散弾さながらに分裂して刺さり、複数を光のちりに変えたが、その間にもター・マントたちは地中からわらわら現れてさらに数を増す。

 

「――こ、こいつら、どんどん……!」と、ユキトが鼓動を乱し、こぶしでけん制する。

「どれだけいるのよッ?――新田さん! エリーちゃんを連れて早くのぼって下さいッ!」

「わ、分かったッ!――エリーちゃんッ!」

「はっ、は、はいっ!」

 

 新田はエリーの腕をつかんで引っ張り、四方からザザザアッッ――と打ち寄せる黒い波を稲妻と光熱弾で蹴散らしながら上を目指した。その下で紗季は射続け、ユキトは突進して来るター・マントたちを光る魔人のこぶしで次々殴り殺したが、多勢に無勢に加えて疲労が蓄積した体では苦しくなる一方だった。

 

「切りが無いわッ!――斯波、あたしたちも上がるわよッ!」

「先に行け、篠沢!」

「はっ? 何言ってんのよ?」

「僕は、こいつらを食い止めながら上がる! そうしなきゃ、たちまち飲み込まれるッ!」

「だったら、あたしが――」

「僕がやるって言ってるんだ! 早くッ!」

「わ、分かった!」

 

 射ながら斜面を駆け上がるオレンジジャージをちらっと見、ユキトは鉛が詰まったように重くだるい体を遮二無二鞭打った。

 

「――ォオオオッッッ!」

 

 ブレイキング・バッシュ――光の連打が前後左右から群がる影にドドドドッッと叩き込まれ、光のちりが谷底をのぞく薄曇りへ派手派手しくのぼる。

 

「――助けられてばかりいる訳にはッッ!――」

 

 連発されるこぶしの流星――きらきら舞い散り、暗い谷底を束の間照らして噴煙のごとく立ちのぼるちり――黒い波に生じた間隙を突いてユキトは薄闇から脱出せんとするオレンジ色を追った。そこへ殺到し、怒涛となって谷をのぼる無数の怪物アリ――振り返って焦るユキトはドクロに似た黒い頭部を全開の大あごもろとも砕き、蹴り飛ばして振り切ろうとあがいたが、荒波は引くどころか飲み込まんといっそう激しさを増し、迫って飛びかかった個体の大あごがスウェットを突き破って左太ももに食い込む。

 

「――ッ――このォッ!」

 

 光る黒塊がドギャッと頭部を粉砕し、光のちりに変える。ユキトはブレイキング・バッシュを後続に叩き込んでおぞましい怒涛を一瞬鈍らせ、裂け目の上へスパートせんとしたが――

 

「――うッ――」

 

 急激に視界がひずんで意識が遠のき、体がガタガタッと崩れる。めまいに急襲された次の瞬間、汗だくのスウェット姿は斜面を跳ねて転がり、ぶつかったター・マントたちを巻き添えにして底まで落ちた。

 

「……ぐ……ぐおッッ!」

 

 大あごがうつ伏せの背中をギャッと切り裂き、スウェットパーカーに血の染みが広がる。ふらっと体を起こしざま右ひじの一撃で側頭部を陥没させ、続く右ストレートでとどめを刺して立ち上がったところに四方八方からどっと打ち寄せる獰猛――

 

「――このッッ! このッ、このおッッ!――」

 

 ふらつきながらこぶしを振り回す背後からの衝撃――膝を折り、顔面からドッと倒れたところにのしかかられ、いくつものあごが四肢に食い込み、スウェットごと八つ裂きにしようと力をかける。

 

「……ぐ、や、やめろおッッ!――」

 

 全身を爆ぜさせてあごを外し、のしかかった個体をはねのけて起き上がる眼前に迫るうねり――と、死に物狂いの視界に光の集中豪雨が降り、霧のごとく立ち込めて薄闇をはねのけるきらめきがター・マントの激流に大穴を開ける。

 

「――篠沢っ?」

 

 数多の矢の源を仰いだユキトは紗季がター・マントを避けながら斜面を滑り降り、そばへ飛び込むと背中合わせになって矢をつがえるのを見た。

 

「……な、何で戻って来たんだよ? 意味ないじゃないか」

「あるわよ。あんたを助けるって意味が。さ、切り抜けるわよッ!――」

 

 裂け目の底を覆い、斜面両側の下部にびっしり取りついて数を増す黒い包囲網をにらみ、紗季は赤い炎のハンドルを握ってブレイズウインドをグウーッと引き絞った。