REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.40 畜生(2)

「……ぜぇ、はぁ――く……はぁ、はぁ……」

 

 息を切らしてよろめき、キムはそばの大木に右手を突いて汗だくの体を支え、破裂しそうな心臓を静めようと荒い呼吸を繰り返した。いつの間にか辺りを包む薄霧の助けもあって追手の気配は無かったが、一緒に逃げたチュ・スオ、オ・ムミョンとははぐれてしまったようだった。周囲を警戒しながら一息つくと、左脇腹が突き刺さったナイフの痛みを声高に訴える。

 

「……くそッ……!――ぬ、ぐッ!……」

 

 引き抜いた飛び出しナイフを投げ捨ててギガポーションを使うと、刺し傷と全身の銃創が消え、破れたベストとパジチョゴリが修復される。はあっと大きく息を吐いて顔の汗を手の平で拭い、薄霧とくねった木々とが揺らめく辺りを見回したキムはコネクトでチュとオを呼んだが、応答は無かった。

 

「……どこ行きやがったんだ。ちっ……」

 

 計画では潤殺害後、遺跡を抜け出したメンバーと森の奥で落ち合ってハーモニーを離脱する予定であり、合流ポイントもあらかじめ決めてあった。このような思いがけない展開に切歯扼腕せっしやくわんしつつ、ヘブンズ・アイズを開いて合流ポイントの位置を確かめる。流動が気味悪いほど落ち着いているせいで、前日予測した範囲以上に移動してはいなかった。

 早く、合流ポイントへ――

 今にも警備隊が現れそうな霧に寒気を覚えて足早に歩き出した直後、行く手にぼんやりと現れた人影にぎょっとして立ち止まり、アックスガンの銃口を向けて目を凝らすキム――徐々に明瞭になるそれは、くすんだ白のパジチョゴリを、にやにや笑うクォンをあらわにした。

 

「ああ、族長じゃないですか! よかった、ご無事だったん――」

 

 喜んで歩み寄るその胸に弾丸がドッと撃ち込まれ、ぐらついた体がよろよろと後ずさる。赤く染まる胸を手で押さえたクォンは、アックスガンのトリガーを引いたキムにがく然としてつり目を大きく見開いた。

 

「……な、何するんですか、族長?」

「テメエ、俺たちを売ったな……!」

「ええっ? ま、まさか、そんな……」

「そのムカつく面に書いてあるんだよッ! このクソ犬がァッ!」

 

 アックスガンが立て続けに薬莢を飛ばして火を吹き、クォンの体が張り手を食らうような格好で後退して幹にぶつかり、そのままもたれる。バリアでダメージは軽減されるが、それでも弾丸は体に食い込んで組織を傷害していた。

 

「内通者がいなければ、佐伯たちが準備万端であの場に現れるはずがない。邪魔な俺たちをはめて警備隊に始末させるつもりだったんだろ、この犬野郎ォッ!」

「……くっくっくっ、ひどい誤解です。勘違いですよ、族長ぉ」

 

 もたれていた木からゆらりと背を離し、クォンが血に濡れた手で黒髪をかき上げて額を赤く汚す。

 

「――警備隊になんからせません。絶対にね。アンタも手下の2人と同じようにボクがちりに変えてやりますよ」

「あぁ? テメエ、チュとオに何を……」

「ノッポのアホとデブのマヌケは、死にましたよ。アンタが霧の中を必死に逃げている間に、1匹ずつ不意打ちを食らってね。そんな訳でボーナスポイントがたんまり入りました。がっぽり、がっぽり」

 

 クォンの両手に血糊ちのりの付いた黒光るショートスピアがそれぞれ握られ、くるくると楽しげに踊る。

 

「……バカな……この畜生がァ――ッッ!」

 

 突進したキムがアックスガンを振り下ろし、斧の刃がクォンの左肩からみぞおちの辺りまでざっくりと切り裂く。仕留めた――しかし、思いの外あっけなく――と、断末魔の叫びを上げて引きつる顔を間近でにらみつけたキムは、バリアを破って背中から肺に突き刺さる衝撃にのけ反って悲鳴を響かせ、ガクッと片膝を突いて振り返った。そこにはにんまりとするクォンが立ち、血を滴らせるショートスピアを握った右手を突き出して切っ先を額にピタリとあてがった。

 

「くくく、どうしてボクがアホとマヌケをあっさり殺せたと思うんです? はい、教えてあげますよ。相手を幻惑するこのスペシャル・スキル――ミストのお陰です。すごいでしょう?」

「……ミ……ミスト、だと? まさか、それは……!」

「そのまさか、まさか。霧の魔人と同じスペシャル・スキルですよ。遺跡襲撃の夜、あいつにどっぷり憑依されたことをきっかけに覚醒したんです。それからボクは、この力を使いこなせるように人知れず励み、アンタらを始末する絶好の機会をうかがっていたんです。借りは、ちゃんとキッチリ返す主義なんでね」

 

 黒い槍先が額に食い込んで血が流れ出し、肺の片方をやられてあえぐ顔が青ざめていく。

 

「……お、おい……ま、待て……待って、くれ……! ハァ……あ、謝るから……す、すまな、かっ、た……だ、だから、もう、こん、な冗談は……ハァ……やめよう、ぜ……同じ、韓国系、を……手にかけるほど、人でなしじゃない、だろ……?」

「あれあれあれ~? 肝心なことをお忘れみたいですね、族長?」

「は……?」

「ボクは人じゃありません。クソ犬です。畜生ですからッッ!――」

 

 渾身の力で押し込まれたショートスピアが頭蓋骨を砕いて脳を破壊し、絶命して倒れたキムの体が光のちりになって崩れていく。火葬場の煙よろしく上昇して消滅するちりを眺めるクォンは両手のショートスピアをイジゲンポケットにしまい、腹を抱えて哄笑した。

 

「――ははははははっっ! アンタらは警備隊に殺されたことにしといてやるよっ! そうすれば、残ったメンバーは恐怖でいっそう団結する! そして、生き延びるためには一番賢くて強い者――つまりはこのボクに従うしかないと悟るのさ! はは、北韓のボクが南のヤツらを――さんざんこのボクをバカにしてきた連中をあごで使ってやる! あははははははっ!」

 

 ひとしきり笑ったクォンは表情を整え、ヘブンズ・アイズで合流地点を確かめて霧の中を軽やかに走り出した。