REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.37 未明の離脱(6)

 

 未明の薄闇に紛れ、ユキトはひやりとする空気を乱して荒れた地面を蹴った。アラート発報する間を与えずにカンシくんを破壊し、詰所の夜勤者が居眠りしているのを確かめて走り出した彼の心臓は、濃紺の空の下で激しく高鳴った。

 

(……しばらく眠っていてくれよ……!)

 

 手錠無しの信頼を裏切るのは心苦しいが、仕方なかった。ヘブンズ・アイズで人気が無いのを確かめながら急ぐ前に、やがてでこぼこした石垣のシルエット――そして、そのそばに立つ三つの人影が浮かび上がった。

 

「――すみません、お待たせして」

 

 頭を下げ、はあっと息を吐いたユキトに、新田は自分たちも今来たところだと言って左肩を軽く叩いた。

 

「無事に抜け出せて良かった。君のことが一番心配だったんだ」

「うまくやったんだね、斯波」

「まあね」

 

 紗季にうなずいたユキトは、薄暗がりに立つ者たちをあらためて見た。新田は、調査隊のとき着用したカーキ色の制服とプロテクター、コンバットブーツ。紗季はオレンジジャージにスニーカー、エリーはTシャツとカーディガンにガウチョパンツ、スニーカー――ユキトはグレーのスウェットパーカー&パンツにスニーカーで、新田以外は明け方にふらっと出歩っているような服装だった。

 

「――行きましょう、新田さん」とユキト。「警備隊に気付かれないうちに」

「そうだな」

 

 新田は石垣に近付き、崩れて坂になっているところを注意して下りて行った。その後にユキトと紗季が続き、斜面にしがみつくような格好のエリーが坂の下に足を付いたところで4人は視線を交わし合い、行く手に広がる黒い岩石砂漠の揺らめきを――その上空で、雲の切れ間からこちらをのぞいている赤い星を見つめた。

 

「……あの星を追って行った先にディテオがいる……」こぶしを固める新田。「――行こう、みんな!」

 

 意気込んで歩き出した途端、強烈な光が左側からカッととらえる。驚いて光線を手で遮るユキトたちは、自分たちをライトンで照らす複数の人影に目を凝らし、それが警備隊の制服を着ていると気付いて狼狽した。

 

「落ち着きなさい」

 

 ピシリと鞭を鳴らすような声にユキトはたじろぎ、砂を踏んで冷ややかに歩いて来る後藤アンジェラ、そして彼女より前に出ようとずかずか接近する潤に半歩後ずさった。その後ろでは新田と紗季が身構え、その陰でエリーがこわばった小柄な体を微かに震わせていた。

 

「……見張りは、付いていないと思っていたのに……」と、新田が歯がみする。

「気付かれるような見張りは、見張りとは言えませんよ」

 

 間合いぎりぎりで足を止め、後藤がメガネレンズの奥でグレーの瞳をひらめかせる。

 

「……どうするつもりなんだ? 拘束するのか?」

「いいえ。私たちは、ハーモニーを代表してあなた方を見送りに来たのです」

「見送り? 勝手を認めるのか?」

「止めても無駄でしょう? それなら、出て行ってもらって構わないと佐伯リーダーはおっしゃっています」

「そうか……その見送りが君たち……佐伯君が出て来るまでもないってことか……」

「身の程を知りなさい」と、潤が声を荒げる。「佐伯リーダーが、あなたたちのためなんかにわざわざ足を運ぶはずないでしょう!」

 

 言葉を叩き付け、潤はユキトをにらみつけた。まなざしからひしひしと伝わる怒りがよく分からず、ユキトはただ硬直するばかりだった。

 

「加賀美隊員、そのような言い方は失礼ですよ」

「偉そうに……! 佐伯リーダーに取り入って副隊長になったからって……!」

「加賀美隊員、あなたはれっきとしたヤマトナデシコでしょう? それならば、もう少し美しい言動を心がけなさい。佐伯リーダーが嘆かれるわ」

「――ッ……!」

 

 長い黒髪が今にも逆立ちそうな潤を抑えると、後藤は再びメガネレンズ越しに新田たちを見、行く手を左手で示した。

 

「そういう訳ですから、遠慮なく出発していただいて構いません。ただし、定期的にコネクトで連絡を入れて下さい。安否は気になりますので」

「……そんなこと言って、本当はディテオの情報が欲しいんじゃないのか?」

邪推じゃすいですね。私たちは仲間じゃありませんか」

「……いいさ。俺は必ずディテオを倒して黒の十字架を手に入れ、このゾーンからみんなを解放してみせる。君たちは、遺跡でのんびりしていればいい」

「期待していますよ、新田さん」

「……行こう」

 

 新田は同志に声をかけ、先頭に立って黒い海原を歩き出した。それに引っ張られて紗季、エリーが続き、ユキトも潤から逃げるように足早に後を追う。空の赤い輝きを道しるべに、陽が燃え尽きて沈む方角へ歩む影たち……それらはだんだんと小さくなり、暗い流動の波間に消えていった。