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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.34 私刑(2)

TEM†PEST

「ステルス状態で、西の砂漠地帯をふらついていました」

 

 松川が手柄顔で報告し、うなだれ、背中を曲げた姿を見下ろして興奮気味に続ける。

 

「――口臭からすると、こいつ、SOMAを吸っていたみたいですよ」

 

 周囲につられ、警備隊事務所前に紗季たちと流れたユキトは、遅れて場に現れた矢萩と三人衆の苦虫をかみ潰したような横顔を目にしていぶかった。それが、人知れずシンの口を封じる機会を逸したからなどとは知る由も無かった。

 

「ご苦労」

 

 佐伯は決闘前のような表情でねぎらい、抜け殻然としたシンを見下ろし、腕組みをして「聞きたいことがある」と、言葉の刃をさやから抜き放った。

 

「――これまでの捜査で、ラー・ハブたちは遺跡の西から地面を砂に変えて侵入したと判明している。昨夜、西側の警戒に当たっていたのは、行方不明の由多ミハイルとお前。地面の異変について報告があったなら、少なくとも警戒態勢を取ることはできただろう。お前たちは、きちんと任務を行っていたのか?」

 

 尋問からいつになく荒んだ雷光がぎらつき、気おされた群衆は静まり返った。

 

「――聞いているんだッ! 答えろッッ!」

 

 くすんだぼさぼさ金髪が荒々しくつかまれ、うつむいていた顔がガバッと仰がされる。焼け野原じみた表情をゆがめたシンは、視界の端に映った人影に目を引かれ、まぶたをびくんと跳ね上げた。

 佐伯から距離を置いて横手に立つ矢萩と、肩の上にMoBeeを浮かべた中塚――

 事実をしゃべれば、吉原ジュリアが暴行されている映像をばらまく――

 無言の脅迫にシンは結んだ唇をもだえさせ、その裏で粉々に砕けそうなほど歯をかみ締めて瞳を燃えたぎらせた。映像を拡散される前に殺そうにも、封印の手錠をはめられていてはどうしようもなかった。

 

「吸っていたんですよ、こいつは!」

 

 矢萩が横からシンを指差し、声を張り上げる。

 

「――SOMAを吸ってサボっていたに決まってるんだ!――そうだろ、松川?」

「は、はい。その可能性は大きいと思います。――ですよね、加賀美隊員?」

「松川隊員の言う通りです。口臭の程度からすると、警戒任務中に吸引していたのは、ほぼ間違いありません」

「……どうなんだ?」

 

 佐伯は、あてがった問いの切っ先を食い込ませた。今回の惨劇以前なら、口を入れてきた矢萩やシンの様子に違和感を覚えたかもしれなかったが、ジュリアがシンの身代わりになるのを目の当たりにした彼は、どろどろとした得体の知れない渦で意識を濁らせてしまっていた。

 

「――どうなんだと聞いているッッ!」

「――るせェッ、このヤローッッッ!」

 

 絶叫し、しわを燃え上がらせて牙をむく――騒ぎを聞きつけて運営委員会事務所から出て来た新田やエリー、後藤たちが加わった人だかりの前で、シンは炎を投げ込まれた火薬庫のように怒鳴り散らした。

 

「――ああッ、そーだよッ! ガンガンすってやったぜッ! あんなクソしごと、マトモにやってられねーんだよッッ! もんくあんのか、このクソヤローどもッッッ!」

 

 あ然――

 そして、激高――

 

 罵声をまき散らされた群衆はたちまち猛火に変わり、潤たちの後ろから激しい非難と罵詈雑言ばりぞうごんでシンを焼いた。メンバーの多くが寝込みを襲われて家を破壊され、死傷者も出ている。警戒を怠って異常を見逃すことが無かったなら、ここまでの被害にはならなかったかもしれない――皆が憎悪するのは、至極当然だった。

 

「……貴様……!」

 

 佐伯は痛んだ金髪をむしらんばかりに引っ張り、顔を近付けてえぐるようにすごんだ。

 

「――……死人が出ているんだぞ……! 吉原ジュリアも死んだ……貴様のせいでッッ!」

「……んなコトわかってんだよッ! テメーなんかにいわれなくたってッッ!」

 

 髪から手が放れ、左頬にドギャッッとめり込んだこぶしがシンを殴り倒す。さらに佐伯はしゃがんで髪を左手でつかむと強引に立たせ、顔面を何度も何度も繰り返し繰り返しぶん殴った。まるで別人のようなその凶暴さに潤や矢萩、たじろぐ集団に交じるユキトは、ただただ目を見張るばかりだった。

 

「お、おいっ! やめろ、佐伯君ッ!」

 

 新田が若者たちをかき分けて前に出、血で汚れたこぶしを振るう右腕をつかむ。だが、佐伯は力任せに振り払い、かたきに対するまなざしでにらみつけた。

 

「あなたの甘さが、こういう事態を招いたんです! そんな人間は、リーダーを辞めるべきだッ!」

 

 佐伯は絶句する新田から顔を背け、群衆を煩わしげににらむと、潤たちに「誰も来なくていい」と命じて、鼻血をだらだら垂らすシンを引きずりながら広場の外――南へと歩き出した。

 

「ちょ、ちょっと、佐伯さん!――」

 

 駆け寄ろうとする紗季を、さっと黒い壁が阻む。立ち塞がった潤は、遅れて追い付いたユキトに眼光をひらめかせ、紗季をドンッと突き飛ばして後退させた。

 

「加賀美さん……!」

「出しゃばるのも大概にしたら?」

「出しゃばるって――佐伯さん、シンをどうするつもりなんです?」

「処罰だ」

 

 頭を振り向けずに返し、佐伯は業火のような声で締めくくった。

 

「――こいつには、犯した罪にふさわしい罰を与えてやる……!」

「そ、それってリンチじゃないですかッ! ちゃんと裁判を――」

 

 食い下がる紗季を潤と松川が拘束し、それをやめさせようとするユキトを加井と村上が押さえて封印の手錠をかける。矢萩と三人衆をはじめとする隊員たちがバリケードになって立ち尽くす新田や無表情の後藤等周囲をけん制する中、佐伯は、ぼた、ぼた……と血の跡を残すシンを引っ張って住宅地域を抜け、フィールドに続くゆがんで曲がりくねった石段を下りると、闇を宿してざわめく森へ入って行った。それを、怒りで病んだ群衆は、黙って見送っていた……

 

【――……シン・リュソンさんは、戻りませんでした。帰って来た佐伯さんの話では、私刑の途中逃げ出して森の奥に消えたということでした。もし、それが事実だったとしても、封印の手錠をはめたままでは早晩モンスターにやられてしまう……そう思いながら、私は波立つ薄暗い空をただ仰いでいることしかできませんでした。ジュリアちゃんたちが亡くなり、シンさんがいなくなったこの事件、そして『アップデート』をきっかけに、私たちは本格的に瓦解していったのです……――】