REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.34 私刑(1)

 

 揺らめく地平が恐る恐るまぶたを上げると、まるで空爆を受けたか、破壊を喜びとする蛮族になだれ込まれたかのような無残な光景が、うっすら浮かび上がる。焼け焦げ、押し潰されて大半が瓦礫がれきに変わり果てたプレハブハウス群……その中で、傾いた外壁にぼう然ともたれ、地面にへたり込んだぼろぼろの若者たち……遺跡を奇襲したラー・ハブの群れに抗戦し、からくも全滅させた彼等が被った被害は甚大だった。

 陰鬱な雲越しにくすんだ陽が差し、不安定にたゆたう空があらわになるにつれ、放心状態だった者たちは1人、また1人と立ち上がり、先の不安や冷めやらぬ恐怖を紛らわそうと運営委員会事務所前広場に集まって新田たちがいる建物を見上げ、警備隊事務所前で遺跡周囲の警戒や行方不明者捜索の指揮を執る佐伯を見守った。

 

「……もう、襲って来ないよな……?」

 

 疲労色濃いかすれ声でつぶやいたユキトが、スウェットパンツのポケットの中で黒い右手指を曲げ、群れの中から首を伸ばして西の砂漠地帯、それから土に戻った地面を見ると、目を赤く泣き腫らした紗季が隣で湿ったハンカチを握り締め、2人の左右に立つ警備隊員――加井広夢と村上薫が目を向ける。

 

「やめてよ。人が……ジュリアも……もう、嫌よ……!」

「……そうだな……」

 

 ハンカチを目に当て、鼻をすする紗季にうなずき、ユキトは運営委員会事務所を見上げた。外壁がところどころ焼け焦げた建物は、ひどくみすぼらしくて頼りなげだった。購入時にオプションでかけた保険で修理は――手続きさえ踏めば一瞬で――可能なのだが、同じく被害を受けた横の警備隊事務所に倣って元通りにするところまで気が回っていないらしかった。

 

「……あの子、残念だったわね」

 

 村上が腕組みし、ジュリアをいたむ。

 

「……警備隊からも犠牲者が出たわ……あいつらのせいでコミュニティはめちゃくちゃ、わたしの家は丸焼け……あんまり高くないコース選んだから、保険金――じゃなくて保険ポイントだけじゃ損害をカバーし切れないし……斯波君が怪物パワーで手を貸してくれなかったら、わたし自身もどうなっていたことか」

「そういう表現、どうかと思いますけど」と、紗季が濡れた目を尖らせる。

「ああ、ごめんごめん。でも、感謝しているのよ。こうしておとなしく戻ってくれてもいるし。だから、手錠もかけてないでしょ」

「……ありがとうございます……」

「お礼なんか言わなくていいんだよ、斯波。そもそも、手錠をはめる必要なんて無いんだから」

「しょうがないじゃない。みんながみんな、あなたと同じ考えじゃないんだしさ。――ん? どうしたの、加井隊員?」

 

 険しい横顔に気付いた村上がユキトたち越しに問うと、加井は怒りを煮え立たせて、「あいつらですよ。ふざけやがって……!」と、対象を視線で刺した。そこ――不安でそよぐ集団の外、運営委員会事務所横には、朱のパジチョゴリに赤ベストを合わせたトリオ――腕組みし、にやにや笑いながら広場を眺めるキム・ジュクとチュ・スオ、オ・ムミョンがいた。

 

「……被害に遭った俺たちを笑っていやがる……! あのモンスターども、南じゃなくて北のコリア・ヴィレッジを襲えばいいものを……!」

「ホントよね。マジで」

 

 警備隊コンビのやり取りに紗季のまつ毛が切なげに下がり、キムたちを見据えたユキトが目元に憤りを浮かべたとき、トリオとは反対の斜め前方に現れた黒い一団が注目を集める。黒地に『Pretty Angel』の金文字入りTシャツを着るルルりんキングダムメンバー、それに続いて黒いショートドレス姿の高峰ルルフがツインテールをきらめかせながら側近の鎌田、北倉と登場し、メンバーに命じて広場にいる者たちに何かを配り始めた。ユキトがいぶかる紗季たちと見ていると、気付いたルルフはいたわりがこもる微笑み――しかし、どこか女優のそれを思わせる――をたたえて側近と近付いて来た。

 

「ユッキー、無事で良かったね~――あ、皆さんもこのたびは大変でしたね。――はい、ユッキー。これはルルからの気持ちだよ」

「え?」

 

 ユキトは差し出されたカード――黒ショートドレス姿のルルフが沈痛な、それでいて色香を匂わせる面持ちで映り、左上にポイント額らしい数字が並んでいる――を見つめ、引き寄せられるように受け取った。

 

「これは……?」

「お見舞いの特製ギフトカードだよ。StoreZで好きな物を買うもよし、大事に取っておくのもよし。――カマック、ロベー、皆さんにも配って」

「了解しましたッッ、ルルりんッッ!」

「かしこまりました。――さぁ、どうぞ」

 

 半ば強引に手渡されて紗季は困惑し、警備隊コンビはカードをにらんで渋面を作った。

 

「……あのさ――」村上が、カードをピラピラ振る。「こんなもの配って、わたしたちを手なずけようっての?」

「無礼なッッ! ルルりんの美し過ぎる善意を踏みにじるつもりかッッッ!」

「そうですよ~ ルルは、被害に遭った皆さんに手を差し伸べたいだけですよ~」

「よく言うよ」加井が、団子鼻で笑う。「自分たちだけさっさと遺跡の外に逃げて、防戦や消火活動に協力しなかったくせに」

「ユッキー~ ルル、ひどい言われようだよ~ 怖いモンスターが襲って来たって聞いて、みんなと避難しただけなのに~」

「え、あ、ああ……――ん?」

 

 迫るたわわな胸にどぎまぎし、鼻を鳴らされてぱちぱち瞬きしたユキトは、ルルフの後方でにわかに起こったざわめきにツインテールの陰から顔を出し、ハッとした。若者たちが慌てて開ける道を通り、視界を足早に横切って警備隊事務所へ歩く潤――その後ろでは、後ろ手に手錠をはめられたシンが松川に引っ立てられてふらつく。ユキトに目で追われる潤が、事務所前に立つ佐伯の元に着いて「重要参考人を連行しました」と報告すると、横に並んだ松川がシンを突き飛ばし、両膝を突かせた。