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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.33 獣、現る(3)

 背もたれに力無く寄りかかり、シンは岩石砂漠を塗り潰した闇をうつろな瞳に映していた。

 外敵警戒――8時間交代で遺跡の四方をそれぞれ2人1組で警戒する任務――

 日付が間も無く変わる時刻、担当する遺跡西側の巡回を終えたシンと相方の由多ゆたミハイルは、電球がさびしくともるパイプテントの下で、それぞれアウトドア用ラウンジチェアに座って休憩していた。

 

「……ふぅ、眠いなぁ……」

 

 チェア二つ分ほど隔てた横で、ミハイルが気だるげに伸びる。シンより五つ上の20歳、ロシア系クォーターでくせっ毛のブルネットに碧眼、彫りの深い顔にどことなく退廃的な陰影がこびりついた青年。

 

「――……人間の五感を重視するとか言ってないで、こういう見張りは監視アプリに任せればいいんだよ。それか、全部警備隊がやるか、さ。何が人手が足りない、一般メンバーにも関わらせて防衛意識を持たせる、だ……なぁ?」

 

 シンは無反応だった。意識が揺れると、たちまち様々な記憶がよみがえって胸を執拗にえぐる。母親……父親……その2人から生まれた自分……荒んだ孤独な人生……そして、ジュリア……――

 

「――なぁ、無視するなよ。おい」

 

 ノイズに顔をしかめ、右に傾けてにらみつけると、ミハイルは苦笑して前を向き、おもむろにイジゲンポケットから出した黒光る電子たばこを吸って煙をフゥーッと吐き出した。漂ってきたその異臭にシンは表情をねじれさせ、強烈なガンを飛ばした。

 

「クセぇんだよ、テメー! ナニすってんだッ!」

「ん? 何だ、お前知らないのか? SOMAだよ、SOMAぁ……」

「ソーマぁ?」

「そうだよ……はあぁ……すげぇ、とろけるぅ……」

 

 ミハイルはだらしなく緩んだ唇から煙を漏らし、左手にパッと出現させたもう1本の電子たばこをシンへ伸ばした。

 

「おい、特別にやるから吸ってみろよ」

「……テメー、ばいにんか」

「そんなところさ。気に入ったら、次から買ってくれ。ほら、吸えば夜勤の疲れも何もかも忘れて気持ち良くなれるぞ」

 

 指に挟まれたSOMA入り吸引器が、ゆらゆら揺れる。にらんでいるうち、いつしかシンの目はその黒を追っていた。

 

「――少しくらい気を抜いたって平気だよ。流動も穏やかだし、モンスターなんか襲って来やしないって。万が一のときは、警備隊に通報すればいいんだしさ。まさか、SOMAにビビってるんじゃないよな?」

「ああッ?――よこせよっ!」

 

 からかうミハイルから奪い、シンは黒光る吸引器を見据えた。

 SOMA――陶酔をもたらすドラッグ――過剰摂取は精神に、アストラルにダメージを与える――

 聞きかじった知識を一通り思い浮かべたのち、投身する勢いでくわえ、思いっきり吸う――と、体内で快楽が爆発し、射精しそうになったシンは咳き込んで体を前に折り曲げた。

 

「ははは、おい、大丈夫かぁ? 落ち着いて優しく吸えよ。キスするみたいにさ」

「るせェ……! だまってろッ!」

 

 シンは気付かれないように左手で下腹部を押さえ、唇に吸い口を当てた。じゃじゃ馬を慣らすように吸っては吐きを繰り返すと、生じた快楽の波が次第に高くなって押し寄せ、全身を飲み込んでいく……

 

「……どうだ? たまらないだろ?……」

 

 ふらっと立ち上がってそばに来たミハイルが、弛緩した顔をのぞき込む。シンはまぶたを閉じて外界を遮断し、刻み込まれた記憶を削り落とそうとSOMAを貪った。そして……エクスタシーにおぼれていたシンは、不意にラウンジチェアごと倒されて小石散らばる地面に顔を打ち、痛みでまぶたを開けたところで両腕を後ろに回され、ガチャッと手錠をかけられた。

 

「気になってパトロールに来てみれば……SOMA吸引かよ、クソガキ」

 

 脇腹に黒革靴の先がドグッとめり込む。うめきながら仰向けになったシンは、自分を囲んで薄笑いを浮かべる矢萩と三人衆を見上げ、うなった。

 

「……テメーら、ニャンのつもりら……!」

「『ニャンのつもりら』だって! こいつ、ラリっちゃってるよ! あはははははッ!」

 

 指差して入谷が爆笑すると、矢萩と中塚が嘲笑し、真木がくぐもった笑いを漏らす。

 

「落とし前をつけさせに来たんだよ」と矢萩。「中塚に重傷を負わせ、この俺を殴ったことのな」

「中ちゃんは謹慎中、アタシとマギくんは非番なのにわざわざ出て来たんだからね。覚悟しなよ。うふっ」

 

 矢萩は後ろで眺めているミハイルに褒美だとSOMA入りカートリッジを放り、真木に目配せした。

 

「――おらッ……!」

 

 枯草の束に似た金髪を真木がむんずとつかみ、脱力したシンを無理矢理立たせてパイプテントから離れた薄闇に放り出す。無様に転がる封印の手錠をはめられたシンを見て矢萩たちはげらげら笑い、各々イジゲンポケットから出したSOMA入り電子たばこをくわえた。

 

「さすがはミスター・ケミストリー特製高濃度SOMA」矢萩が、ふうーっと煙を吐く。「ざまあないな」

「バケんにゃよ、テメぇ……! ブッころすろ!」

「ふん、舌も満足に回らないくせに。まあいい。お前に撮れたてほやほやの面白いものを見せてやるよ。――おい、中塚」

 

 いびつな笑みを浮かべる中塚がうなずくと、そばにハチ型マシン――動画撮影アプリ『MoBee』が出現し、その横に開いたウインドウが倒れているシンに見える位置へすうっと移動する。その画面を目の前にしたシンは、わめき出した映像に心臓麻痺を起こしかけた。

 

「……ジュ、ジュ……リ……」

 

 それは、まさにの所業。

 猿ぐつわをかまされ、後ろ手に手錠をはめられながら必死にもがく少女を容赦なく辱める獣の映像――それを、シンは火あぶりにされるような表情で凝視し続けた。