REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.32 荒廃(4)

 

 引き戸をずるずる開けて外に出ると、空は恐ろしいほど真っ暗になっていた。

 動かすたび響く、ひび割れるような痛み……歯がみし、シンは前のめりの体を引きずって警備隊事務所から離れた。急きょ改定されたコミュニティ・ルールに基づき、警備隊事務所裏手のグラウンドで半裸にされ、集まった野次馬がいびつな石の土台越しに見物する前で出血と腫れで真っ赤になるほど背中を鞭打たれ、気の遠くなる期間身を粉にしなければ支払い切れない罰ポイントを科せられて、ようやく釈放されたところだった。

 

「……シンちゃー……」

 

 荒れた金髪を揺らして顔を上げると、ジュリアが警備隊事務所から漏れる明かりに照らされて立っていた。鞭打ちでぼろぼろの身を心配し、釈放されるまで事務所前で待っていたのだ。目を伏せるシンに近付いたジュリアは脇に回り、黒Tシャツが隠す背中を気にかけた。

 

「シンちゃー、せなかなおしたん? まだなんやったら、うちがポーションつこうたるよ?」

 

 シンは奥歯をギリッとかみ締めた。裂けるようなうずきが魂をさいなむ。刑罰による身体及び経済的なもの、公衆の面前で鞭打たれた恥辱といったものとは違う、もっと根源的な傷には無垢な優しささえひどく染みた。わき上がる混沌としたいら立ちをこらえていると、ジュリアは不安を募らせてしつこく声をかけ、感情をいっそう逆撫でした。

 

「――ねぇ、いたいんやろ? ちゃんとなおしたるから、ちょっとみせて――」

「さわるなッ!――」

 

 一瞬理性が飛んだシンが我に返ったとき、地面に尻もちをついたジュリアが顔をしかめていた。背中を見ようと黒Tシャツに触れたところ、いきなり右手で突き飛ばされたのだ。震える右手……それをけだものでも見るように凝視するシンは、嘲笑を耳にして前方に視線を転じ、黒い隊服姿の矢萩、真木と入谷の3人を認めて表情を切れ上がらせた。

 

「あーあっ! ひっどぉーい!」

 

 入谷玲莉が甲高い声を上げ、シンを指差す。

 

「――女の子に暴力だぁ~ サイテーェ~ DV、DV~♪」

「釈放を歓迎してやろうと来てみたら――」と矢萩。「思いがけないものを見せられたな」

 

 入谷、含み笑いする真木と矢萩は近付き、目をむいてにらみつけるシンの前に立つと、腕組みをして挑発的に首を傾げた。

 

「女に手を上げるとはな。とことんクズだな、クソイジン」

「――んだとォッッ!」

 

 逆上して飛びかかり、矢萩を地面に倒してこぶしを振り上げる――だが、殴るより先に入谷のブルウィップが鼻面をビジィッと打ってのけぞらせ、さらに真木の槍の石突きがあごをゴッと突き上げて後ろに吹っ飛ばす。仰向けに倒れたシンは真木と入谷に左右の腕をつかまれ、引き起こされたところで矢萩の鉄拳をみぞおちに食らってうめいた。

 

「中塚はな、貴様に撃たれて重傷を負った上、多額の罰ポイントと自宅謹慎を言い渡されたんだ。この落とし前はどうつけてくれるんだ?」

「……ッせーなッ! キズなんか、そのばでなかまがポーションガンガンつかってなおしただろうがッ! そもそも、あのクソザルがふざけたマネしやがるからだろうがよッッ!」

「何だ、その口の利き方はァ!」

「やめて! やめてや!」

 

 シンを助けようとするジュリアを、入谷が突き飛ばす。つかむ力が抜けた隙にシンは入谷の腕を振りほどき、真木を殴り飛ばして矢萩に体当たりすると、馬乗りになってこぶしを振るった。

 

「――オレはちがうんだッ! クズなんかじゃねェ! クズなんかじゃねェッッ!」

 

 真木と入谷が取り押さえようとして手を焼いていると、騒ぎを聞きつけた警備隊員が事務所からわらわら出て来て、シンを羽交い絞めにして双方を引き離す。矢萩たちは仲間に押さえられながらシンに罵声を浴びせていたが、事務所の外階段を下りて来る佐伯が目に入ると、押し黙ってばつが悪そうにした。

 

「……何事だ?」

 

 そばに来た佐伯がべそをかくジュリアを一瞥し、シンと矢萩たちを見て厳しく問い質す。

 

「大したことじゃありません」

 

 視線をまともに合わせず、矢萩が弁解する。

 

「――偶然ここで出くわしたら、こいつが絡んできたんです。中塚と親しい俺たちに難癖を付けてきたんです」

「そうです。ひどい逆恨みなんですよ」と、入谷が猫なで声で付け加える。

「――どうなんだ?」

 

 佐伯が顔を斜に向けると、拘束されたシンは地面にペッとつばを吐き、血走った目を一段と尖らせた。

 

「ぅるせェんだよッ! さっさとこのキタねえてをはなさせろ、ボーズザルッ!」

 

 反抗的態度に佐伯はいかめしい眉をひそめ、はらはらしながら成り行きを見ているジュリアに「付き合う相手は選んだ方がいい。自分をおとしめることになるぞ」と忠告して困惑顔から矢萩たちに目を転じ、いかなる事情があるにしろ、みっともない真似はしないようにと諭した。

 

「――警備隊の一員として、ヤマトオノコ、ヤマトナデシコとしての自覚を持て。我々は、人々の手本にならなければいけないのだぞ」

「……はい、申し訳ありません……」

 

 むすっとした矢萩が頭を下げると、真木と入谷もそれに倣って謝罪する。佐伯は警備隊員たちに命じてシンを放させ、ガンをつける相手に厳然と言い渡した。

 

「さっさとここから立ち去れ。留置場に逆戻りしないうちにな」

「ペッ!」

 

 また唾を吐いて佐伯たちとジュリアに背を向け、シンはカーゴパンツのポケットに両手を深く突っ込んで薄闇の方へふらふら歩いた。後を追おうとしたジュリアは拒絶のとげを生やす曲がった背中に足を止め、胸に手を当てて切なげに表情を崩した。その横顔を盗み見る佐伯は、自分を密かににらむ矢萩に気付くことはなかった。