REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.32 荒廃(2)

 

「――ほら、起きなさいよ! 斯波っ!」

 

 半ば強引に掛け布団がはがされ、ユキトは壁側を向いて横たわるグレーのスウェット姿をさらした。渋い顔でまぶたを上げ、仰向けになると、カーテンもろとも全開にされた掃き出し窓からぼんやり差す、病み上がりのような陽が映る。

 

「ほら、早く起きて!」

「……何なんだよ……」

 

 手錠の鎖を鳴らしてのろのろ起き、壁を背にしたユキトは、ベッド脇で腰に手を当てて立つ少女――キャメル色のパーカーに白地のロゴプリントTシャツ、グレーのショートパンツ姿の紗季に口を尖らせた。

 

「部屋の空気入れ替えてる間、ちょっと散歩しようって誘ってんの。日に当たるとか適度な運動するの大事だって、エリーちゃんも言ってたよ」

「エリーちゃん?」

「エリーちゃんのお母さんはホームヘルパーさんなんだって。だから、介護のこととか詳しいのよ。ほらっ!」

「お、おい、腕引っ張るなよ! 第一――」

 

 慌て、宙でカメラレンズを向けるカンシくんを一瞥するユキト。

 

「――そんなこと、警備隊が許可したのかよ?」

「させたわよ。メンタルヘルスのためってことで法務マネジメント局に動いてもらってね。法務マネージャーは辞めたけど、それくらいの影響力は残ってるんだから。なので、心配いらないのっ!」

「ちょっ、ら、乱暴だぞ!」

 

 引っ張り出されたユキトは洗面所に連れて行かれ、うるさい指示に渋々従って洗顔し、寝癖がついた髪をブラッシングした。そうして、あらためて鏡に向き合うと、いくらか表情が晴れて見えた。

 

「しゃんとしたわね、それなりに」横で紗季が微笑む。「医療アプリドクター・メディカに診てもらってるお陰で、順調に回復してるみたいね」

「……体調は、波があるけど落ち着いてるよ。メンタル系の薬は、屯用とんようで一応もらってる……気持ちはありがたいけど、僕、やっぱり……」

「いつまでも暗いところにいるの、良くないよ。調子はまずまずなんだから、少し外の空気を吸えば気分も変わるって」

 

 ぬくもりが、赤黒い爪の奇怪な右手をつかむ。厚く硬い皮膚を通る温かさを感じ、ユキトは並んで鏡に映る少女を見つめ、瞬きした。

 

「無理にとは言わないけどさ、行こうよ」

「……休日にこんな世話焼いてるなんて……暇だな、お前……」

「うるさいな。よそ行きに着替える?」

「いや……このままでいいよ」

「そう。じゃ、行こっか」

 

 連れられるまま玄関に行き、スニーカーを履いて外に出たユキトは揺らめくおぼろ雲を見上げ、雲間から漏れる淡い陽光に目を細めた。視線を感じて横に目をやると、自宅近くの詰所前に警備隊員が2人立っていた。

 

「……付いて来るんだよな?」

「あんたの見張りが仕事だからね。気にすることないよ」

「うん……」

 

 手錠をはめた両手をスウェットシャツの下に潜らせ、腹を膨らませたユキトはでこぼこした地面のところどころからいびつな石の土台がのぞく不整地地帯を紗季とぶらぶら歩いた。その後ろを、少し離れて黒隊服が付いて来る。そんな状況からついうつむき加減になる視界に、南に広がる住宅地域が否応無く映り込む。

 

「……みんな、僕を怖がっているんだよな……?」

「委員会が正しい情報を繰り返し伝えたから、最近はそうでもないわよ。行ってみる?」

「……いや、今は……」

 

 紗季はうなずき、少し沈黙した後、遠慮がちに尋ねた。

 

「……ねぇ、加賀美さん、たまに顔出すの?」

「……来ないよ……」

「……そうなんだ……ジョアンは?」

 

 ユキトは黙って首を横に振った。ルルフの前で土をつけて以来、ジョアンは姿を見せなくなっていた。

 

「……高峰さんがらみで一悶着ひともんちゃくあったらしいもんね……あいつ、何だか知らないけど、あたしのことも避けるのよ。ひどくない?」

「……今は独りでいたいんだろ、きっと……」

「……あいつ、高峰さんに狂わされてるよね……」

 

 ため息を漏らしたとき、テクノポップなコール音が少女を呼ぶ。着信に応答した紗季は、新たに法務マネージャーに就任した沢城麻綾とやり取りし、深刻な表情で通信を終えた。

 

「……どうかしたのか?」

「うん……シンが事件を起こして……それで沢城さん、相談してきたんだ……」

「事件……?」

「……同じチームの人に重傷を負わせた……下手をしたら、殺していたかもしれないって……」

 

 紗季は小石が転がる荒れ地に視線を落とし、ひと際苦しげにため息をついた。

 

「……どうして、こんなことになってんだろ……」