濡れて黒ずんだ木々が湿った暗緑を揺らしてざわめき、張り出した数多の根が大蛇のようにのたくる……流動の乱れに引きずられて天候は崩れ、太さを増した針状の雨がグレーのスウェット上下に突き刺さってべしょべしょにし、髪やまつ毛から
「……冷たい……冷たいな、くそっ……!」
手錠がはまる手を上げ、濡れ顔を冷えた左手の甲で何度も拭う。雨に打たれ、寒さに震える自分が、どうしようもなく惨めだった。
『どちらに行かれるのですか? 斯波ユキト』
ワンが頭上に現れ、冷淡にきらめく。しかし、ずぶ濡れの少年の目は、どろどろの地面に落ちたまま漂い続ける。向かう先なんてあるはずもなく、それ以前にヘブンズ・アイズが使えないので、今どこにいるのか分からなかった。
『――どちらへ? 斯波ユキト』
「……関係ないだろ……!」
やけっぱちに返し、ゴリゴリした根や小石を踏み続けて痛む足をふらっと動かす体は、気まぐれな流れに翻弄されるままあちらへこちらへやられ、何度も幹にぶつかり、よろめき、ドシャッと倒れて泥で汚れた。
『考えなしに動き回るのは、自殺行為ですよ』高みからの忠告。『今のあなたは、無力なのですから』
「……うるさい……!」
ぬかるみに左手と節くれ立った黒グローブ状の右手を突いてふらふら起き上がり、うな垂れた濡れねずみは黒髪や頬から
「……いいんだ……どうなったって……」
『そうですか。それなら、結構ですが』
茂って半ば覆う枝葉を、起伏し、這いずるぬかるみを強まる雨が無情に連打する。独り悲嘆に暮れていたユキトは雨音に混じって打ち寄せる気配に顔を上げ、ぬめっとした薄闇の奥を見て慄然とした。混沌とした樹間にぼうっと浮かぶ、いくつもの揺らめく奇怪な影――くねる木々の間を縫って近付くにつれて輪郭をはっきりさせるそれらは、
「――ッうわああアアアアッッッ――――――――!」
無様な悲鳴を上げて逃げ出した少年はフォル・ミル側に押し戻そうとする流れにあがき、突き飛ばす力につんのめって転がるようにひた走った。
「――どッ、どうして――どうして逃げてるんだよ、僕はッ?――――――」