REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©NaG∀T∴

Mov.30 夜陰に消える絆(2)

 

 ふっ、と目を覚まし、紗季は闇に溶けた天井を寝ぼけまなこでぼんやり見た。ショートヘアと枕とに半ば埋もれた耳が、遠くでざわめく風の音を微かにとらえる。ベッドの中で腕をもぞもぞさせ、掛け布団の上にボフッと右手を出し、まだはっきりしない頭で時計アプリ起動を命じると、目の前に浮かんだデジタル表示がまだ未明だと知らせた。

 

「……何で目覚ましてんだろ、あたし……」

 

 昼間の面会が頭をよぎり、ヘブンズ・アイズを開いて3Dマップ上にぽつんと映るユキトのプレハブハウスを見つめる。大流動でゆがんだ石の土台が無秩序に並ぶ荒れ地に立つ、寄るなさげなちっぽけな家……拡大しても、本来そこに表示されるユキトのキャラクター・アイコンは無い。封印の手錠をはめられた少年はヘブンズ・アイズやコネクトさえも使えなくなり、周りから切り離されていた。

 

「……ひどいわよ、こんなの……もう一度、新田さんたちと話してみよう……」

 

 もやもやを持て余し、寝返りを打つ――と、掃き出し窓に引かれたカーテン越しに外の足音、それから、向かいの家のドアをノックする音が聞こえた。

 

(……白橋しらはし君のとこだ……こんな夜中なのに……警備隊関係……?)

 

 むっくと起きてベッドから出ると、チェック柄のパジャマがオレンジカラーのジャージにパッと変わり、素足は靴下で覆われる。キッチンを通り、スニーカーを履いて玄関に立った紗季は、そっとドアノブを回してドアの隙間から外をうかがった。向かいの家の前でライトンが光を発し、そのそばに立つ人影が見える。そして、ドアから相手が出て来てひそひそ話が始まった。

 

(……どうしたんだろ……?)

 

 胸騒ぎを覚えてドアをぐっと開け、紗季はライトンを出現させて近付いた。ブタ鼻から放たれる光が照らすのは、警備隊の隊服を着た白橋と松川。どちらも紗季より一つ二つ年下の少年。

 

「白橋君、こんな時間にどうかしたの?」

「あ、篠沢さん。すみません、起こしてしまって……」

「それは別にいいんだけど、何かあったの?」

 問いに白橋は口ごもり、松川が横から「何でもない」とぞんざいに口を挟む。

「――警備隊の職務内容について話す義務は無い。さっさと戻れ」

「は?」

 

 松川の態度に『イジン』へのさげすみを感じ取った紗季は、ヤマト主義がこういう人間を量産するんだと腹を立て、ライトンの光を居丈高な顔に思い切り当てた。

 

「――何なの、そのムカつく言い方? ヤマト主義によると、あんたたち純血日本人は人の手本となるべきなのよね? あんたにどういう教育をしてるのか、佐伯さんによーく確かめてみるわっ!」

 

 胸ぐらをつかまんばかりの剣幕にたじろぐ松川にずんと迫り、おろおろする白橋の前で紗季は何があったのかと問い詰めた。

 

「――あ、あいつが逃げたんだよっ!」

「あいつ? あいつって誰よ!」

 

 口を割ってしまった松川は、半ばやけくそに続けた。

 

「あいつだよ! 斯波ユキトだ!」

「斯波が? いつのことよ!」

「ちょ、ちょっと前だ。だから、警備隊総出で捜索するんだ!――い、行くぞ、白橋!」

「あ、ああ。――そ、それじゃ、失礼します」

 

 松川が逃げ出し、頭を下げた白橋が後を追う。黒い隊服が夜陰に紛れるのを見送った紗季は、ついいつものようにユキトにコネクトしようとしたが、無情なエラー表示が出ただけだった。

 

「……何やってるのよ、斯波……」

 

 荒れ始めた風に乱される栗色の髪を押さえ、紗季は消えた仲間を捜すように闇に目を凝らした。