REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.28 悪霧(7)

(――な、何とかしないとッ!)

 

 気付かれた――魔人同士の反応で――暴露を恐れてひた走る視界で、出くわした狂人たちが鼻と口から霧を噴いてばたばた倒れる。噴き出たそれらは四方から集まったものとともに合流――膨れ上がった霧の塊は住宅地域を抜け、大流動の影響でゆがんだ石の土台が不規則に並ぶ地域で速度を緩めた。

 住宅地域の北――西に行けばルルフパレスとルルりんシアターがあり、北北西にしばらく進めばコリア・ヴィレッジがある不整地地帯――

 霧の塊はスウッと地上に降りて黒ずみながら人の――額からねじ曲がった角を生やす痩せぎすな黒鬼の形を取り、追い付いて荒い息を吐くユキトを妖しく発光して迎えた。

 

「くふふ、慌ててるよ。慌ててるね! まずいのかなあ? そうかもねえ~」

「くッ――!」

 

 繰り出されたナックルダスターは空を切り、ドォンと首にぶち当たるカウンターのラリアットがユキトをのけ反らせ、よろめかせる。そこへグォッとたたみかけるハイキック――かろうじて左腕でガードすると、飛びしさった魔人・首藤は両手の平それぞれから発生させたエネルギーをバスケットボール大に凝縮し、ブンッ、ブンッと続けざまに投げつけた。

 

「――うッ、おおおッッ!」

 

 飛びのくそばでの爆発――爆炎に隊服を焼かれながら吹き飛び、ユキトはゆがんだ石の土台に肩や背中をしたたかぶつけて止まった。

 

「……くっ……!」

 

 いびつに変形した土台に手を突いて起き上がり、ライトンで悪鬼を照らす――フルバーストして全身に光を帯びる魔人・首藤のパワーは、中途半端にバーストするユキトをしのいでいる。1対1では勝ち目が無いとたじろいだとき、南からライトンの光が複数近付き、フルオープンだったコネクトに潤が映る。

 

『ユキト、無事なの?』

「潤……!」

 

 ヘブンズ・アイズをチェックすると、潤と警備隊の仲間数名が接近していた。コネクトで連絡を取り合って駆け付けたのだ。それを見た魔人が歯茎むき出しの口で低く笑って両腕を前へ突き出すと、赤黒い爪が尖る指先からブオオオオオオッッッッッと噴き出した霧が、たちまち数百メートル四方を濃く包み込む。魔人はステルス・モードにしているようで、位置はマップ上に表示されていない。視界が満足に利かず、不意打ちを受けるリスクがある状況では、加勢の足も鈍らざるを得なかった。

 

「――さぁ、楽しんじゃおうよ! そうだねッ!」

 

 節くれ立った黒い右手がユキトの胸倉をつかみ、乱暴に引きずって土台に背中からドガッッと叩きつけ――大石が粉々になるほどの衝撃に、少年の表情が激しく砕ける。

 

「ねぇ! ねぇッ! アタシの仲間になってよォッ! なってあげなさいよォッッ!」

「――黙れッッ!」

 

 聞かれないようにコネクトを強制終了させ、ユキトはのしかかる怪物から逃れようと脇腹を繰り返し殴ったが、強固なバリアのせいで本体にはほとんどダメージを与えられなかった。

 

「冷たいんだ! ああ、ひどいなッ! ひどいッ! ひどいッ! ひどいッ! ホントよねえッッ!」

 

 ズンッと体重がかかり、凶暴に首を締められて苦悶する中、意識が急激に薄れていく。首の骨が折れるのが先か、窒息死が先か――足をばたつかせ、黒い手首をつかんで必死に外そうとしたが、圧倒的な力は強まる一方だった。

 

「――仲良くしてくれると思ったのにさァ! だったら死ねよッッ! そう、死んでッ! 死んでッ! 殺してやるから、くッッたばれェェ――――――ッッッッッッッッッッ!」

「――ぅああああァァァァァァ―――――!」

 

 全身から光が燃え上がり、爆発した力が黒い手を強引に外す。恐怖、憤怒、そして憎悪――相乗的に増幅させたユキトは拒絶の叫びを発してこぶしを振るい、濃霧を散らしながら速射砲のごとき轟音を響かせて殴り合った。血が飛び、骨が砕ける音が連続する闘争――それは、狂える殺意のすさまじい激突――そして、血に汚れたずたぼろの少年が我に返ったとき、ひどくひび割れたナックルダスターが、どす黒い胸を陥没させて地面に両膝を突かせていた。

 

「……どうひて……かな……何で、だらう、ね……」

 

 ひしゃげた胸部に震える手を当て、ねじれた左右の角が折れた首藤架穂は、あご骨が砕けて変形した口から血をぼたぼた垂らした。

 

「……ア……らシ、ここに……トバされるま……で、何も……悪いこと……ひてな……かったのに……罰が当たる……ようらこと……本当に……何も……そう……らよね。な……のに……どうひて、こん……な……どう……ひて? ど……うし……て? どうひ……てだらう……ね……くふふ……ふふふふふぅうううううううううううううううううううううううううう………………………………―――――――――――――」

 

 黒い肉体がぼろぼろっと崩れ、光のちりに変わって霧が薄れゆく中をはかなげに立ちのぼる。そして、アザース・キルのボーナスを上乗せしたポイントが、半ば放心状態のユキトに振り込まれた。

 

「……倒した……僕が……?」

『もう限界だったのです』

 

 見上げた先に浮かぶワンはきらめき、首藤架穂のアストラルはデモン・カーズの影響でぼろぼろになっていたのだと無感情な響きで告げた。

 

『――そうでなければ、完全に魔人化した彼女を倒すことはできなかったでしょう。命拾いしましたね』

 

 仰ぎ見ていたユキトから光が消え、ひどいだるさに襲われた体が巨岩を背負ったように重くなる。ガクッと膝を折ってへたり込む周りで霧が晴れていき、潤たちの声と駆け寄る足音がぼんやり聞こえた。瞑目してうつむいていたユキトはざわめきでまぶたを上げ、信じられないものを前にした様子で遠巻きにされていることをいぶかしみ、自分を照らすライトンの光が集中するところに目をやって――胸に杭を突き刺されるような衝撃にぐらついた。

 

「はッ!――――」

 

 赤黒い爪が生える、節くれ立った黒い手――隠していた魔人の手があらわになって衆目を集めていた。死闘に際して内側から発したすさまじいエネルギーと壮絶な打撃の衝撃にさらされ続けたナックル・ガントレットは、これまでの戦いで蓄積したダメージと合わせてついに限界を迎え、砕けて消えてしまっていた。狼狽して左手を重ね、胸に抱えて隠そうとするユキトに潤は立ち尽くし、その周りで動揺する警備隊員たちが、ありのままをコネクトで報告していた……