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REBEL∝VECTOR

小説/イラスト/詩/俳句 ©永都由崇

Mov.28 悪霧(6)

 

 ――各自仲間と合流し、火災場所に急行して消火作業を行うとともに暴徒の鎮圧に当たれ。全員にコネクトで消火装置と催涙弾を送るので、イジゲンポケットにダウンロードして適宜使用せよ。なお、この混乱には霧状の物質が関係しているという未確認情報がある。各自バリアを強めて防御するように。以上。――

 

 佐伯から警備隊員全員へのコネクトを受け、ユキトは重だるい体を押してベッドから出、立ち上がったところでくらっとしてふらつき、フローリングの床にドッと膝を突いた。

 

「……くそ、こんなコンディションなのに……霧状の――って、まさか……」

 

 首藤架穂――魔人の影が脳裏にまた浮かぶ。憎悪で顔をゆがめ、ひび割れたように痛む頭を振ってそれを打ち消すと、ふらつきながら立ち上がってざわめく胸を左手で押さえ、乱れた呼吸の手綱を握ろうとした。

 

「……行かないと……命令なんだから……」

 

 着ているスウェットを隊服にチェンジすると、ドアをドンドン叩く音が耳に飛び込む。ダイニングキッチンを通って玄関に行き、ドアを開けると、隊服姿の潤がライトンを頭の横に浮かべて立っていた。

 

「潤……」

「行きましょう。みんな、もう各現場に向かっているわ」

 

 潤は警備隊員の顔で急かした。何となく気まずい感じのまま調査に出かけ、帰還してからまだ顔を合わせていなかったユキトは目を瞬いたものの、そのまま流れてうなずき、イジゲンポケットから出した黒革ブーツを履いて外に出た。

 

「……顔色が悪いみたいだけど、大丈夫なの?」

「……まだ疲れが残っているだけだよ……」

「ならいいけど……霧みたいなのが人を狂わせているらしいわ。もしかして、ユキトたちが戦った怪物と関係あるのかしら?」

「……分からない……とにかく、火を消さなきゃ……」

 

 『怪物』という表現に胸を裂かれる苦痛を覚え、ユキトは目をそらしてヘブンズ・アイズを開いた。確認すると、ユキト宅近辺はまだ無事なものの住宅地域のあちこちから火の手が上がっており、周りの家から異変に気付いた者たちが続々出て来て空に立ちのぼる煙を見上げ、避難すべきかどうか逡巡する。

 

「火の粉が飛んで来るかもしれないわ。家をしまった方がいいわよ」

「あ、うん……」

 

 アドバイスに従ってユキトが自宅外壁に手を当てると、プレハブハウスが所有者の意思に応じて消え、イジゲンポケットに収納される。すると、それを見ていた者たちもならって辺りを空き地に変えていく。

 

「これで安心ね。さ、まず一番近い現場に急ぎましょう」

 

 うなずき、ライトンを点灯させたユキトは、フルオープンのコネクトから入る他の警備隊メンバーからの状況報告を聞きながら潤と急行した。プレハブハウスの間を駆けて火災現場に近付くと、前方の赤らんだ暗がりから着の身着のまま逃げる者たちが飛び出し、警備隊の隊服を見てすがりつく。

 

「――か、火事が……俺の家が……」

「あっ、あいつら、急に襲って来て……!――ああっ!」

 

 無秩序な足音が迫り、奇声を発する狂人数名がわらわら現れる。ジャンキーのそれ以上に尋常ではない目付きをした者たちの口から漏れ出る、霧のようなもの。つんのめりながら逃げて行く者たちを尻目にナックルダスターを握り固め、出現させた抜き身の日本刀――ともえを正眼に構えると、狂える少年少女たちは新たな標的にハンドガンやアサルトライフルをぶっ放し、魔法で生み出した炎の弾を投げ付けた。

 

「――はあッ!」

 

 横に跳んでかわした潤がタクトを操るように巴を振ると、きらめく刀身から生じた何本もの氷柱つらら――氷系魔法アイシクルが狂人たちを撃ち、ユキトがセーフティを外して投げた催涙弾が白煙を噴きながらその足元を転がる。相手もバリアを張っているので催涙効果は期待できなかったが、ひるんだところにコンビは突っ込み、蹴散らされてばらばらと逃げる者たちを追って走るうちに燃え上がるプレハブハウスの前に到った。

 

「――ユキト、消火をっ!」

「う、うん」

 

 支給された消火装置使用を思考すると、ユキトの背中にコンプレッサーやタンクなどが組み合わされた装置が、手元には持ち手が付いたノズルが現れる。圧縮空気泡消火システム――CAFSを装備したユキトは炎熱をバリアでガードして近付き、警備隊が行った消防訓練を思い出しながらノズルを燃え盛るプレハブハウスに向け、圧縮空気を含んだ泡を火元へブオオッッと放射した。潤が放つ氷系魔法の加勢を得ると、火は次第に勢いを失って消える。続いて2人は延焼する周囲の消火に取りかかった。

 

「――よし、この調子なら――」

 

 表情が緩んだそのとき、複数の熱線がバリアを破ってCAFSを貫き、肩や背中を焼いてユキトをよろめかせ、片膝を突かせる。後方からの不意打ちに潤が返した氷柱を光の盾――防御魔法シールドでガカッと防ぎ、くぐもった笑いに合わせて口から霧を吐く襲撃者――潤のライトンの光を浴びて浮かび上がったのは、まぶしさにつり目を細めた白パジチョゴリ姿――

 

「……クォン・ギュンジ……!」

 

 立ち上がったユキトは損傷したCAFSをしまい、真皮しんぴに達する火傷の苦痛をこらえて向き直ったところで、クォンが額に右手の指先を当てて力をためているのに気付いた。

 

「――〈コンセントレイション〉!」

「パワーを高めているわ!」

 

 急ぎバリアを強める2人の視界でテニスボール大の火の弾が数十発生し、クォンの前でくるっと円環を作る。そして火の弾は尾を引きながらぎゅんぎゅん回転して炎の輪を成し、ターゲットへ次々飛び出した。炎系魔法〈ガトリングファイヤー〉――補助魔法で威力を高めたそれは、腰を入れてガードするユキトたちを衝撃で吹っ飛ばし、消火途中のプレハブハウスの外壁にド、ドッと叩き付けた。被弾個所を焼かれ、浅くない熱傷を負いながらすぐさま起き上がり、地面を蹴って左右から挟み撃ちを仕掛ける2人だったが――

 

「――あッ?」

 

 アイシクルを放とうとした潤が、ガム状に粘る泥に変わった地面に足を取られる。〈マッドグラウンド〉――動きを鈍らせる補助魔法にユキトも黒革ブーツをとらえられ、大股で近付いて来たクォンのパンチを左頬へまともに食らってぶっ倒れた。クォンは斬りかかる潤にガトリングファイヤーを見舞って転がすと、起き上がろうとするユキトを蹴飛ばして馬乗りになり、両手首をつかんでドッと地面に組み伏せた。と、押し付けられたナックル・ガントレットの下で右手がカアーッと熱くなり、悪寒が全身を駆け巡る。

 

「くふふ、くふふ、くふふふふふッ!」

「――やっぱりお前かッ! よくも秋さんを!」

「やっぱりそうだ! うん、そうだったんだよ! くふふ!」

 

 馬乗りになったクォン――魔人・首藤架穂は、ナックル・ガントレットを握った左手に力をかけ、だみ声をはずませた。

 

「アンタだったのね、山で会ったときからアタシを感じさせてたのは! やっぱり、そうだよ! うん。こいつは――」

「!――」

 

 瞬間、フルバーストしたユキトは声をかき消す叫びを発して起き上がり、振りほどいた光る右こぶしを相手の顔面に力一杯叩き込んだ。グシャッと潰れた鼻から血の筋を引き、のけ反って吹っ飛んだクォンは地面に倒れ、その口からエクトプラズムのごとく流れ出した霧が誘う動きを見せながらフゥゥッと上昇して屋根の上を飛んで行く。それを見上げたユキトは、倒れている潤には目もくれずに追った。